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ジャーキー

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・忘れ物等は場合により、店側で処分させていただくことがございますので、あらかじめご了承ください。

それは、昼の営業の時間に起こった。

「あ、お客さん! 忘れ物!」

食事を終え、お金を払い、そして出て行こうとした客席の床に、大きめの袋が置いてあるのに気づいた早希は慌ててお客さんに声を掛けた。

「あ!? それ……」

早希の言葉に、満足した顔で既に扉をくぐっていた、犬っぽい耳を持つお客さんがしまった! と言う顔をしているのがちらりと見えたまま、扉が閉じる。

「あちゃー……」

早希は思わず言葉を漏らす。

この異世界食堂にお客が来れるのは週に一度、土曜日だけであり、しかも一度帰ってしまうと再び扉が現れる、次の土曜日まで来ることが出来ない。

当然、忘れ物の類を返すことが出来るのは最短でも一週間後だ。だが……

「……生ものだよね? これ」

向こうで作られたのであろう、目の粗い麻袋持ち上げてみるとずっしりと重い。目測だが1㎏以上はありそうだ。しかも少しだが、血の臭いがする。

袋を開けて中をのぞき込んでみて、中身を確認する。

「……お肉かな?」

中に見えたものは、葉っぱらしきものでくるまれた大きな塊。

ピンク色をしたそれは、何かの肉のように見えた。

「おう、どうした? 何かあったか?」

食器を片付けるでもなく、謎の袋を抱えた早希に気づいた店主が、アレッタに出来上がった料理を渡すついでに見に来る。

そしてやってきた店主に、早希は状況を説明する。

「おじさん、どうしよう。これ、お客さんの忘れ物なんだけど、生ものみたい」

何の肉かはよく分からないが、肉……つまりは生ものである。

少なくとも食堂にそのまま置いておくのはまずいだろう。

「だな……取りあえず、冷蔵庫に入れとくか」

店主の方もそれに気づいて厨房の冷蔵庫に一時的に保存することを決める。


そして夜。

「しかし肉か……どうするか」

冷蔵庫から取り出したその荷物を開いて中の物を取り出した店主は、出てきたものにどうしたものかと頭をひねる。

出てきたのは、予想通り、肉であった。

ピンク色で脂身が無い、肉の塊。

元がどんな動物の肉だったのかは分からないが、おそらく胸肉辺りだろうと店主は検討をつける。

「……つっても、見たことない肉だな」

だが、トマスから定期的に買い取っている様々な食材を含めてもその肉が何の肉なのか、店主は見覚えが無い。

考えてみると忘れて行ったのは茶色い肌をした客だったので、もしかしたらトマスが住んでいるという王都からは遠い場所でしか手に入らない、珍しい肉なのかも知れない。

「さて、どうしたものか……」

扱ったことのない食材を前に店主は悩む。

忘れて行った客がこれを引き取りに来れるのは早くても一週間後なのだ。生ものであることを考えると、冷蔵庫では心もとない。

「お肉なんだし、冷凍庫に入れておくのは?」

「いや、量が多いからな。次に来るまでうちの冷凍庫で凍らせとくのはまあ良いにしても、向こうじゃ冷凍肉は一気に食うしかないだろうからな」

早希の言葉に、首を振って店主は答える。

「そうなの? よくあの、耳の長い女の人たちがプリンとか焼きおにぎりとか沢山買ってくじゃない?」

店主の言葉に、早希もまた首を傾げて聞き返す。

特大のオムライスを三つも持って帰る蜥蜴の人は部族のみんなで食べてるとか聞いたが、あの人たちも家族に振る舞って居るのだろうか?

「いや、どうもあれ、よく分からんが腐らなくする魔法で保存してるらしい。俺も向こうのことは分からんのだが、普通は出来ないんだと」

そんな言葉に、店主も前に異世界食堂始まって以来の常連である魔術師の爺さんから聞いた話を思い出す。

食べ物を日持ちさせるどころか百年経っても腐らせない魔法と言うのは、あるらしい。

ただ、かなり高度な魔術で、使えるのは相当な実力を持つ一握りの魔術師か、種族そのものが優れた魔術師であるエルフくらいらしい。

……プリンを持ち帰る客は前者で、焼きおにぎりを持ち帰る客は後者だと、魔術師の爺さんは言っていた。

「えっと……そうですね。魔術で食べ物を腐らせないっていうのは、あんまり聞いたことが無いです。

 前にサラさんが、エルフの残したマジックアイテムにそう言うのがあるとは言ってた気はするんですけど、びっくりするくらい高いって」

サラのところで働くようになって、少しだけ魔法のことも分かるようになったアレッタもその言葉に頷いて肯定する。

冒険者として様々なことを知っているサラや、マジックアイテムを扱う商会の令嬢であるシアには色々教わった。

今ではこの異世界食堂にある様々なものが、マジックアイテムではない何かだとも分かっているのだ。

「しかしとなるとどうするか……」

それから、目の前に置かれた肉の塊を前に考える。

誰が忘れてったかは分かる。褐色の肌で犬や猫見たいな耳や尻尾のある、いつもスパニッシュオムレツを頼んでいく客だ。

今までの経験からすると来週か再来週にはまた来るだろうけれど、あまり魔法に詳しい客では無いと思う。

となると次の来店まで店で保存しておくのは良いが、それだと向こうも持ち帰るときに困るだろう。

「……ジャーキーにでもして見るか。無駄に腐らすよりはマシだろ」

そう考えて店主は結論を出す。

客の忘れ物に手を加えるのはどうかと思わなくもないが、如何せん生もので、次に引き取りに来るのは早くて一週間後だ。

向こうでも保存が利くものに加工するしかない。

「……出来るの?」

「ああ。じいさんが美味い食い物は一回は自分で作ってみないと気が済まない人だったからな。俺も何度か付き合った」

早希の問いかけに店主は頷いて答える。

そう、先代はそう言う人だった。

子供のころから、定休日の日曜日には家や店で、普段作らないような料理を色々作っていた記憶がある。

非常に出来が良くて、いつの間にか新しいメニューに加わったり日替わりで出すようになったものがある一方で失敗したりいまいちだったりして、

やっぱり買った方がいいな、となった代物もいくつかあったのも良い想い出だ。

「へえ……」

そんな風に語る店主の顔に自然と笑顔が浮かんでるのを見て、早希は何となくそれが大事な思い出であることを察する。

「まあ、一週間あれば作れるだろうし、燻製は久しぶりだがやってみるか」

そしてそんなことを思い出した店主はやる気を見せる。

確かジャーキーは爺さんが結構好きだったのもあっていろんな肉で色々試した結果がはずだ。

きっと目の前の肉に合うレシピもあるだろう。


「ああ、どうしようかなあ……」

いつものように異世界食堂の扉を前にアデリアは七日前のことを思い出し、入るのを躊躇した。


切っ掛けは街に現れた飛竜をアデリアが倒したことであった。

神の姿を模していながら知性も無く、竜の吐息も持たず、そのくせ凶暴で空を飛べぬものでは戦うのは難しい飛竜は偽竜とも呼ばれ恐れられる怪物だ。

故にアデリアは神の力により得た翼と爪、尾、そして脚で持って飛竜を落としたのである。


飛竜は厄介な猛獣だが、その身は非常に有用である。

鱗は鉄より硬い鎧に、革は非常に丈夫な外套に、骨と腱は強靭な弓を作る材料に……

竜の翼で持って空を翔るアデリアの渾身の蹴りで頭を砕かれて地に落ちた飛竜は解体されて街の民に分け与えられた。

そしてそのとき、自前の肉体の方が飛竜から作られる武具よりも強いアデリアにもせめて、と大量の肉を渡されたのだ。


アデリアとて獣人である。肉の類は嫌いではない、嫌いではないが限度と言うものはある。

塩気の強い干し肉にしても延々食べ続けるにはきつい量だし、カルロス達一族に分け与えて残った取り分でも一人山の中で暮らすアデリアには多すぎた。

その使い道に困り……アデリアは数少ない『友人』を思い出し、おすそ分けをすることにした。

……その事実を思い出したのは、いつものように料理を堪能して扉を出た直後だったのが致命的であった。


あそこで知り合い少し話をした人間が、あの店の店主は客の『忘れ物』は何年であっても預かり続けると言っていた。

贈り物だと認識していないならば、手を付けるようなことはしないだろう。

だが、加工されていない飛竜の肉は決して長持ちする代物ではない。

……七日たった今、もはや食べられる状態で残ってるかも分からないのだ。


「……でもちゃんと言わないと、だよね」


意を決して、扉に手を掛けて、開く。

チリンチリンといつものように響く扉をくぐると、混沌の使徒らしき角の生えた給仕、アレッタがすぐに気づいて驚いた顔をする。

「いらっしゃいま……あ、アデリアさん! ……あの、ちょっといいですか? 

 マスターが来たら教えてくれって言ってたんです。この前の、その、忘れ物について……」

「うん、いいよ……あの、ごめんね。困ったでしょ、あれ……」

アレッタの言葉にアデリアは困ったように眉を降ろした笑みを浮かべて答える。

何の説明も無しに忘れて行った以上、やはり忘れ物扱いになっていたかと思いながら。

「ええっと……はい。それで、マスターが保管するために保存食にしたので、持って行ってほしい、と」

だが、そんなアデリアの言葉に帰ってきた言葉は、アデリアにも予想外のものであった。

「……保存食? 干し肉とか?」

その言葉にアデリアは首を傾げる。

この店には自分の好物たるスパニッシュオムレツ以外にも色々な料理があることは知っていたが、保存食の類は聞いたことが無かった。

「はい。見た目は干し肉でした……実はお客さんに変なもの食べさせるわけには行かないからってちょっとだけ、

 私も戴いたんですけど、とても美味しかったですよ……それじゃあお席に案内しますね」

「そうなんだ……あ」

どうやら持ち込んだ肉は無駄にはならなかったらしい。

アレッタの言葉に内心胸を撫で下ろしながら、だったらそのままお店の皆で食べて欲しい。

そう答える前にアレッタは店主を呼びに行ってしまう。

そしてすぐに店主がやってくる。

その手には、先ほどアレッタが言っていた保存食が入った袋を携えている。

「いや、すみません」

「流石に生肉のままじゃあお返しするまで持たないかと思いましてね……」

「いえいえ! そんな……実はちょっと珍しいお肉が沢山手に入って、食べきれないので店主さんにおすそ分けしようと思いまして……でもこの前、それを伝えるのを忘れちゃって……」

「ありゃ? そうでしたか……」

アデリアの言葉に、店主も内心胸を撫で下ろす。

良かれと思ってやったとはいえ、客の忘れ物を勝手に調理したのだ。問題だと言われれば反論は出来ない。

「しかしとなると……コイツはお客さんのために作った品なんですが、どうしましょうかね?」

味の方は問題ない……と思う。自分で味見として少しだけ食べてはみたが、味は上々だった。

しかし、相手がおすそ分けとして持ってきたと言う品なら、そのまま全部返すのもそれはそれで失礼だと思う。

「いや、もともとそちらに差し上げるために持っていたものですし、どうぞそのまま食べてください」

アデリアの方もそれを肯定し、緩んだ笑顔で店主に自分のおすそ分けを食べてくれと返してくる。

「……う~ん、じゃあ。ちょいと珍しいものが手に入ったんで、おすそ分けってことでどうですか?」

しばし悩み、店主はそんな結論をアデリアに告げる。

元々の貰い物を全部返すのはどうかと思うし、かと言ってこっちとしては全部返すつもりだったものを自分のものにしてしまうのも気が引ける。

その辺を考えての提案だった。

「ええ? いいですよ……元々差し上げるつもりで持ってきたものですから……」

「……まあ、実をいうと、こちらも食べてもらいたくて作ったのもあるんですよ」

未だに遠慮するアデリアに、店主は更に言葉を重ねる。

「何分、あの肉を使ったジャーキーは初めてなもんで、向こうの人たちに味の感想を聞いてみたいと思ってたところなんですよ。

 アレッタ……うちの従業員は美味しいって言ってくれましたし、口に合わないかも知れませんが、試して貰えませんかね?」

「……分かりました、そこまで言うなら……」

店主の言葉に、アデリアもこれ以上断るのは失礼と思い、頷きを返す。

「良かった。じゃあ食後にお持ちしますんで、ご注文、伺ってもいいですか?」

そんなアデリアの言葉に店主は笑顔と共に、注文を聞く。

「あ、じゃあ……いつものを」

「はい。少々お待ちください」

そうしていつものようにいつものスパニッシュオムレツを注文し、アデリアは食事を楽しむ。

……その後、綺麗な箱に詰められた『お土産』を受け取って帰ったのは、昼過ぎになってからだった。


翌日。

簡素な小屋の中で、アデリアは昨日受け取ったお土産を不思議そうに見る。

「これ……どういうものなんだろう?」

お土産を入れた袋は、アデリアが見たことも無い、不思議な代物だった。

向こう側が見えるほどに透き通っていて、紐で縛ったわけでも、糊でくっつけたわけでもなくぴったりと閉じられている。

(店主曰く、上の部分を横に引っ張れば開けられるし、入り口部分の輪になっているところを指で挟んで引けば閉じられるという)

中のモノが見えるその袋の中には、茶色く干からびた肉が見える。

(干し肉……)

薄く削がれ、水気を飛ばしきった、干し肉。

元はアデリアが置いていった、偽竜の肉から作られたものだ。

元は肉らしいピンク色をしていた肉は、どんなふうに味付けされたのか黒ずんで、自分たちの肌のような褐色をしていた。

よく見ると香辛料もまぶしてあるのかぷつぷつと赤い点のようなものが見える。

すんすんと鼻を近づけて、匂いを確認すると、どうやらトガランのようだ。それに異世界の料理によく使われるガレオと言う実の匂いも混じっている。

それが入り混じった匂いは、鼻の利く獣人である

だが、それとは違う、不思議な匂いも混じっている。あの食堂で、一部の料理から漂ってくるのと同じ匂い。

(確か……食卓の上に置かれてる瓶から同じ匂い……かな? 確かショーユってやつ)

匂いでアデリアは目の前の干し肉がどのようなものかを判断する。

ずいぶん前に店主から聞いた、料理の味付けに使う調味料だった気がする。

塩気が強くて、あの店の料理にはいまいち合わなかった記憶がある。

(……取りあえず、食べてみよっかな)

肉自体は珍しい偽竜の肉、だが味付けはいまいちよく分からない。

だが、あの不思議で美味しい料理を作る店主が変なものを渡すとも思えない。

意を決し、アデリアは一枚のジャーキーを手に取り……噛り付く。

(……うん。しょっぱい)

最初に感じるのは、やはり強めの塩気だ。

ショーユの、塩や香辛料とは違う不思議な風味を帯びた塩気が表面と中を覆い尽くしている。

それはトガランの辛味とガレオの香ばしさと混ざり合って、アデリアにはなじみのない味となっていた。

(……あ、でも美味しいかも)

そしてそのジャーキーを獣人の強い顎で噛みしめて行けば、徐々に味が変わっていった。

水気を完全に飛ばされて硬く乾燥した肉が口の中で水気を含み、かみ砕かれて行くことで、その中にしまい込まれていた肉の味がしみだしてくる。

どちらかと言えば味が薄い、脂気のない偽竜の肉。

だがそれは強い風味を帯びた味付けと混じりあうことで徐々に肉そのものを柔らかい風味へと変えていく。


いつまでも噛み続けていたいような、不思議な風味が砕かれた肉と共に飲み込まれ、口の中から消える。


満足したかと言われれば、満足は出来ない。

口の中から肉が消えてしまえば、徐々に口の中からジャーキーの味は失われしまう。

それが寂しく感じられ、アデリアは思わず新しいジャーキーを手に取り、口に放り込む。

一度は消え去った、あの味がまた帰ってくる。

そしてアデリアは一人黙々と、それを繰り返した。


「……あ、無くなっちゃった……残念」

気が付けば、透明な袋にいっぱい入っていたはずのジャーキーは、すべて無くなっていた。

お腹を撫でれば、そこには確かに満足を感じる。

十分堪能した気もするし、でもまだ足りない気もする。

「また今度、お土産に持って行こうかな」

偽竜と戦う機会なんてそうは無い。

だから、また今度戦って手に入れる幸運に恵まれたら、今度はちゃんとお金を払って、作ってくれと頼んでみよう。

アデリアはそっと、そんな決意をするのだった。

今日はここまで。

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