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中華粥

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・泥酔してのご来店は危険なのでおやめください。

 夜も遅くなり、人影もほぼ絶える午後九時になると、異世界食堂はその日の営業を終える。

「ではな。また来る」

「「ありがとうございました」」

 銀色の大鍋を軽々と担いだ最後の客である常連を、早希とアレッタは二人そろって見送ると、辺りに弛緩した空気が流れた。

「よし! 今日もお疲れ様。アレッタ」

「はい。お疲れ様です。サキさん」

 二人はお互いに労を労う。早希が異世界食堂で働き始めて三ヵ月。まだ早希が入ったばかりの頃のぎこちなさはすっかり消え、お互いに打ち解けあっている。

「さってと、じゃあ後はごはん食べて掃除して帰ろっか」

「そうですね。私、お腹が空きました。今日はマスターが……」

 自然とほころんだ笑顔で雑談に興じていた、その時である。チリンチリンと来客を告げる鈴の音が響いたのは。

 

 

 王都から王国一の港町を結ぶ街道は、王国の交易を担う重要な街道として整備されてきた。

 道は整備され、荷物を満載した馬車を率いる交易商人や立派な馬に乗った騎士や役人、そしてそれらの護衛として雇われた冒険者や傭兵たちが行きかい、一日の間に何人もの人とすれ違う。

 街道筋には彼ら目当ての宿屋や酒場、色町などで潤う栄えた街がいくつもあり、賑わっている。

 ウルリックはそんな街道筋にある街の一つに住まう、元傭兵である。

 三年ほど前に、街で知り合った娘に惚れて引退を決意し、元傭兵の腕と経験を買われて、給料は安いが精々暴漢やゴロツキを倒す程度で命の危険はほとんどない街の衛視になった彼は平穏に暮らしている。

 ……そして衛視には得てして街の厄介ごとが持ち込まれるものなのである。

 

 ウルリックは目の前の男の頼みに思わず眉をしかめて聞き返す。

 「はぁ? 店を探してほしい?」

 ウルリックの言葉に、目の前の、ソウジュンと言う名前らしい真っ白な髭を蓄えた老人は大きく頷いた。

 「そうじゃ。あの夜に入った、あの店を探して欲しいのじゃよ」

 そう言ってウルリックに。

 何でもこの老人は三日ほど前、知り合いの家で火酒を大量に飲んで家に帰る途中、とある料理屋に入ったらしい。

 そこではソウジュンが長年食べたくて仕方がなかった料理を出していたとのことで、是非ともまた行きたい、らしいのだが問題があった。

「あの日は火酒を大量に飲んでいたから……」

 言い訳をしつつ、ソウジュンはウルリックを見つめ返す。

「……何かを食べた後、気が付いたら家の物置で寝てたので、どこのなんていう店かまったく覚えていない、と」

 その流れでソウジュンが何が言いたいのか分かったウルリックはうんざりしながら。

「そんとおりじゃ。美味い粥を食ったのは覚えてるんじゃが、それ以外さっぱり覚えとらん」

 そう、目の前のじいさんは、酒で記憶が飛んで、どの店に入ったのかまったく覚えていないらしい。

 おまけに子供たちはみな家を出ていて誰もおらず、更に何年か前に奥さんに先立たれたとかで誰も一緒に住んでいない。

 そのため、このじいさんが入った店がどこにあるのかは誰も分からない状態だった。

「だがじいさん。それならそれで、この町の店回ればすぐ分かるだろ? なんで俺のところに来る」

「いや、それは多分違うんじゃよ」

 とにかくこの町の料理屋だとわかってるならば店に行くか聞き込めば分かるだろうと思うウルリックに、ソウジュンはふるふると頭を振って言う。

「あの日はのう、遅くまで飲んでから帰った……月明かりが無かったら多分帰りつけんかったわい」

「……なるほどな。確かにそんな遅くまでやってる食いもの屋は無いな」

 ソウジュンの言葉にウルリックは納得する。

 幾らこの町が栄えてる宿場町だと言っても、そんな夜中までやってる店は、色町で春を売ってる店くらいしかない。

 料理屋なんて日が暮れて辺りがすっかり夜になってしまえばどこも店じまいで、簡単な飯を出す酒場でもそれより少しは遅くまでやってる程度だ。

「それにのう、うっすらとしか覚えとらんが、あの店はまるで昼間みたいに明るかった。もう夜中なのにじゃぞ」

 ぼやけた記憶でも、そこが卓の木目が見える位明るい場所だったことくらいは覚えている。

 それだけ目立つ店ならば、分からないはずもないと、ソウジュンは思っていたのだが。

「そうか話は分かったが、悪いなじいさん。俺は力になれそうもないよ」

 話を聞いたウルリックが、溜息と共に返す。

 この街で衛視になってそこそこ経つが、そんな場所は聞いたことがない。

 多分酒の酔いが回りすぎて夢でも見たんだろう。

「……ダメか。街に詳しい衛視でも分からんか」

 ソウジュンの方も半ばウルリックと同じ考えは持っていたのだろう。

 余りがっかりした様子もなく、溜息を一つついただけで、がっかりしつつも諦めたように立ち上がる。

「まあ、何かわかったら教えてやるよ。ま、そういうわけだから俺は仕事に戻るよ。じゃあな」

 そんなソウジュンの様子にウルリックはふと可哀想になってそんな言葉を掛ける。

「ああ、頼むぞい。若いの」

 ソウジュンの方もウルリックのそんな言葉がうれしく思えたのか少しだけ笑顔を取り戻して二人は別れる。

 ……その時の約束果たされたのは何日かしてからであった。

 

 それから何日かした後、街を巡回していたウルリックは一人の盗人を捕まえた。

 テッドと言う、冒険者風の格好をした、流れのハーフリングであった。

 彼はウルリックが何気なく気を掛けていた老人の家にこっそりと忍び込もうとしていたのだ。

「違うよ! 僕はちょっと勝手にお邪魔しようとしただけで、盗んだりするつもりは無かったよ!」

 そんな、ウルリックにどやされてつかまり、何ともいえぬ言い訳をするハーフリングに、ウルリックは尋ねた。

「じゃあなんだってこんなところに忍び込んだんだ? ここはじいさんが住んでいるだけで何も無いぞ?」

 そう言うと、テッドは少しだけ考えて、まあいいかと言う顔で言った。

「実はここの物置部屋に『扉』が現れるんだ。前は空き家だったからよかったんだけど、何年か前からじいさんが住み着いちゃってさ。けどここのじいさんは知らないみたいだから、使わせてもらおうかなって」

「扉? なんだそりゃ?」

 意味が分からず尋ねるウルリックは、他の仲間(どうやら本当に冒険者の一員だったらしく、今街に何人か滞在しているようだ)テッドから話を聞いた。

 そして、知ったのである。この家に住む老人……ソウジュンが気にしていた店の場所を。

 

 そしてソウジュンとウルリック、そしてテッドは三人そろって普段余り使われていない物置部屋にむかい、扉をくぐる。

 猫の絵が書かれた黒い扉が開かれ、チリンチリンと音が響いた。

 

 薄暗い物置小屋の先にある扉の先には明るい部屋が、本当に料理屋があった。

「じゃあ僕はあっちで食べてくるから! あ、あと他のみんなには内緒だからね!」

 案内する代わりに牢屋に入れるのを勘弁してやると言う条件で案内させたテッドは我慢できないとばかりに慣れた様子で空いた卓につき、金髪の魔族の給仕に色々と料理を注文し出す。

「いらっしゃいませ……って、え? この前のおじいちゃん?」

 その場に残った、黒髪の人間の給仕がソウジュンの姿に気づいて、ちょっと驚いた声を上げる。

 彼女は覚えていた。閉店間際にへべれけに酔っ払って店に入ってきて、店主が作っていた『賄い』を美味しそうに食べて満足して帰った珍客のことを。

「おお! やっぱりここであったか! ……道理で町中探しても見つからんかったはずじゃわい」

 懐かしい西の大陸風の顔立ちをした娘を見て、ようやくソウジュンがあの日のことを思い出す。

 あの日、古い、まだ自分が船乗りだった頃の同じ船に乗った仲間であった友人が老いて引退すると決め、この街に来たと聞いたとき、ソウジュンは彼を訪ねた。そして船を降りるときに餞別としてもらったのだというこちらでは非常に貴重な西大陸の米を使った酒を懐かしさに任せ、夜も遅くなるまでずっと酒を飲み交わした。

 そして、寝床と間違えてこの店の給仕と店主でもある料理人しか残っていなかった店に入ったソウジュンは、どうせ夢の中か何かなのだろうと無茶な注文をした。

 酒のあとにあいた小腹を埋めるような料理、それも東大陸ではほとんど出回らない米を使った料理を作れと言ったのである。

「……無茶な注文をしとるとはわかっとるが、あれを……前に来た時と同じ料理を頼みたい、出来るかの?」

「えっと、少々お待ちください。なにぶん作るのに時間がかかる料理ですし、元々賄いですので、出せるか聞いてきます」

 ソウジュンの言葉に黒髪の娘は店主に出せるかを尋ねに行き、答えを貰って戻ってくる。

「……いちじか……ええっと、昔の単位だと半刻くらい? かかりますが、それで良いならば出せるそうです」

「分かった。では待たせてもらうが良いかの?」

 娘が言う時間の長さがどれくらいだかは良く分からなかったが、とにかく待てば出してくれると聞き、ソウジュンは一つ頷いて了承する。

 どのみち暇な老人なのだ。少々待つくらいは問題ない。

「……そういうわけでな、衛視さん。ワシは待つが、お前さんはどうするかの?」

「ここまで来たら俺も付き合うよ。適当に酒でも飲みながら待つさ」

 ソウジュンの問いかけにウルリックは付き合うことを決める……ハーフリングにとっては非常に美味いらしいここの料理や酒がどんなものなのか、興味があった。

「分かりました。それじゃあお二人はこちらへ。ウルリックさんは文字を読めますか? 当店では料理の名前を書いたメニューがあるんですが」

「ああ。読めるぞ。持ってきてくれそれと、エールはあるかい?」

「エールは無いですね。似たようなのならビールがあります」

「じゃあそいつを。それと適当に腸詰でも持ってきてくれ」

 そんな話をしながら卓に座る。

 温かなお湯を含ませて絞った布で手を拭い、氷を浮かせ、何かの果実の汁を混ぜた冷たい水を飲んでいると、給仕が酒を運んでくる。

「ほう! この酒は美味いな! ねえちゃん! もう一杯頼む!」

 早速とばかりに澄んだ硝子の杯に入れられた真っ白な泡が乗った黄金色のエールを味わうウルリックの姿に、ソウジュンは思わずごくりと唾を飲む。

(ううむ。我慢、我慢じゃ……)

 元々相当な酒好きであるソウジュンも本当ならば飲みたいところだが、今日は酒を飲まぬと決めていた。

(あの粥、あれを食う前に舌を酒で濁らせるわけにはいかぬ……食うまでは、我慢じゃ)

 先日食べたときは、酒で酔っていたせいか味の方は余り詳しく思い出せないのだ。ただただ懐かしく、そして美味かったという記憶しか残っていない。

 だからこそ、今日はあの粥を食うまでは酒は一滴も飲まぬと決めていたのである。

 

 そして、この店の店主らしき男が、ようやくそれを持ってくる。

「お待たせしました。中華粥です」

 そう言うと店主は木で出来た鍋敷きをそっと敷き、その上に土で出来た分厚い、小さ目の鍋を置いて、更に側に塩漬けの野菜や黄金色のパンを並べ、最後に。

「鍋は熱くなってるんで、直接触らないように気をつけて、こっちの茶碗に盛って食べてください。ザーサイと揚げパンはお好みで。それじゃあ、ごゆっくり」

 その言葉と共に、濡れ布巾で鍋の蓋を取った瞬間。ふわりと、柔らかく広がった甘い香りに、ソウジュンはごくりと唾を飲む。

(ああ、この香り)

 果物とは違う、まだ熱い米が炊き上がった時の香り。前に来た時には、その香りに思わず酒が抜けたような感覚すら覚えた。

「……なんだか美味そうなスープだな」

「やらんぞ。これを食うためにワシは待っとったんじゃから」

 少しだけ物欲しそうなウルリックを無視してソウジュンは粥に手をつける。

 鍋に添えられた、陶器で出来た白い大き目の匙で、ところどころに鶏の肉と、丸まった桃色のシュライプが僅かに浮いている、純白の粥を碗によそう。

 熱々の、湯気を上げる粥をそのまま匙で掬い、ふうふうと息を吹きかけて冷まして、一口。

(うむ! ……うむ)

 その瞬間に口の中に広がる粥の味に、ソウジュンは深く頷いた。

 白い粥の味付けに使われたほのかな塩の味にシュライプと鶏肉から溶けだした旨みが混ざり合う。

 一度油を吸わせて花開くように弾けた米は淡い甘みを持ちつつもスープをよく吸っていて、噛みしめるたびにそれを吐き出す。

 その粥に混ぜられた柔らかで独特の噛み応えを持つ鶏の皮と、ぷつりと口の中で切れるシュライプが程よくどろりとした粥に歯ごたえを与える。

 先日食べたときには美味だと言うことしか覚えていられなかった粥の味に、ソウジュンは深い満足を覚えた。

(だが、これだけではない)

 その味を堪能したところで、具と、粥のために用意されたザーサイなる野菜の漬物を取る。

 コリコリとしたザーサイは、ほんのりとした酸味と、塩気、それから故郷の魚醤にも似た独特の風味があった。

 それだけでは味が強すぎるが、これを粥と合わせると粥の柔らかな味が程よく噛みあい、これがまた、美味い。

 そして、油に通し、細かく切り分けられた揚げパンを粥に落として食う。

 油で揚げたことで軽くなったパンがゆっくりと汁を吸う。それを待たずに食べれば軽い食感が、そして充分に汁を吸ってから食えば揚げパンから染み出し、揚げパンの油を含んで風味が変わった汁が楽しめる。

 そうして食べて行けば、鍋一杯にあった粥は無くなり、代わりに満足感だけが残った。

「ふぅ……」

 溜息をつき、ソウジュンは深く満足する。

 今度は酒を楽しんでから食おう。

 そう思いながら。

今日はここまで。

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