ワッフルつめあわせ
・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・従業員同士、仲良くすること
ドヨウの日、お昼ごはんを交代で食べた後、アレッタには休憩の時間が与えられる。
厨房の横に設けられた、シャワー室や更衣室に並んで存在する、簡素な卓と椅子、それからぐるぐる回る針が二本ついた『トケイ』が置かれたその部屋の椅子に腰かけて、アレッタはしばし呆ける。
(私も、頑張らないと……私じゃ、サキさんみたいには出来ないし)
ぼうっと休んでいると、ふと今、アレッタの代わりに仕事をしているのであろうサキのことが頭に浮かぶ。
サキは、この前から雇われ出した店主の姪であり、店主の料理作りの助手を行う傍らでアレッタと同じく給仕をしている娘である。
成人したてだと最初の紹介の時に言っていたから、恐らくアレッタより年下であろうサキは、アレッタの目から見てとても頭が良くて何でも出来るように見える。
サキは給仕をしているが料理人を志望しているらしい。朝の、準備の時間には厨房で野菜の皮むきなど、比較的簡単な内容ではあるが店主の下ごしらえの準備を手伝っている。
更にサキもまた店主と同じ異世界人であるためか自分と比べると頭が良いうえに『ガッコウ』なるところに通って学問を身に着けたらしく、未だに数字の計算が出来ず、お会計を任せて貰えないアレッタと違い、異世界の文字も書けるし計算もできる。会計でも一回も間違えたことがない。
無論、客あしらいや料理を運ぶ時の丁寧さなどではそれなりの期間ここで働き続けてきた自分の方が上手いという自負はアレッタにもある。
何しろここで雇われてからずっと、自分の世界に住まう様々な人々の接客をほぼ一人でこなしてきたのだ。
しかしそれでも、やはり簡単に文字を書きこなすところや、アレッタにはさっぱりわからない計算を簡単にこなしていたりとか、客からメニューについて問われた時に詳しく答えたりするようなところを見ると、やはりサキは自分よりずっと優秀で、自分はいらないと言われるのではないか、と時折不安になる。
そんな事情もあって、アレッタはサキとはあまり打ち解けてなかった。
「どもども。お疲れさん。となり、いい?」
「……あ、えっとどうぞ」
だから、サキが笑顔でフライングパピーの箱と、取っ手がついた陶器の杯を二つ持ってやってきて、当然のように隣に座っても良いかと聞いてきたとき、アレッタは目を白黒させながら頷くしかなかった。
「うん。じゃあ座るね。あとこれ。叔父さんがアレッタの好みはココアだって言ってたかココア貰ってきたんだけど、これでいい?」
サキは遠慮せずにアレッタの隣に座り、アレッタに杯の片割れを差し出す。
中から漂ってくる甘いココアの香りにアレッタは少しだけ頬を緩めて、すぐ隣にサキが座っているのを思い出して恐縮する。
「……えっと、そのありがとう、ございます」
「ん~、いいのいいの。そんなに気にしないで。あたしは、アレッタちゃんと仲良くしたいだけだし」
堅い表情のアレッタに、サキは朗らかに答える。サキにとってアレッタはぜひとも仲良くなりたい相手である。なにしろサキの人生でも初めての異世界人の知り合いであり、何より自分を含めてたった二人しかいない土曜日の同僚なのだ。
「え? その、仲良く、ですか?」
だが、そんなサキの言葉をアレッタは思わず聞き返した。確かに店主を初めとした異世界の人々やサラやシアのように、何かとアレッタを気にかけてくれる人はいるが、それはアレッタが異世界食堂雇われている従者だからこそであって、サキのように気安い友人のような関係を求められたことは無かった。
だからこそどうしていいか分からず、アレッタは困惑していた。
「そうだね。まあ、アレッタちゃんが私と仲良くするのは嫌だって言うんならまあそれもしゃあないかな、とは思うけど、やっぱり同じ釜の飯を食った仲なわけだしね。それに土曜日は叔父さんと私とアレッタちゃんしか仕事仲間いないんだしさ、仲良くしたいなって」
そんな風に困惑するアレッタに対し、サキは何の気負いもなく言葉を掛ける。
元々、サキにとってアレッタはさほど怖いと思う存在ではない。ちょっと日本以外で生まれ育っただけの同僚である。
本人が言うには魔族らしいが漫画やアニメに出てくるような、生贄やら戦いやらが好きな血みどろで怖い存在というわけでもなく、角が生えてる以外には特に何かが変わるわけではない、普通の外国人の女の子に見える。それなら何故か日本語が完璧に話せる分だけ、同じ大学の海外留学生よりもはるかに付き合いやすいと言うのが、サキの感想であった。
「そ、そういうことなら……その、これから改めてよろしくお願いしますね」
そんなサキの気持ちが伝わったのか、アレッタはぎこちなく笑いながらサキと仲良くすることを了承する。
「うん。よろしくね」
その言葉を受けて、サキはアレッタに笑いかけて言う。まだ表情が硬いが、それはこれからの課題と言うやつだろう。
「んじゃまあさっそく、お近づきの印にってことで……これ、一緒に食べよう」
その笑顔を保ったまま、サキはつい先ほど、従業員価格で買ってきたものが入った箱を開ける。
「え? ……これ、もしかしてケーキ、ですか?」
その中に入った者に、アレッタは目を丸くする。
箱の中に入って淡い茶色を帯びた黄色の生地や、ココア色の生地、それからほんのりピンク色の生地で同じ色のクリームを挟んだ菓子。
よく、人間の司祭様やお貴族様、それから魔族の女傭兵たちが好んで食べている、ケーキと呼ばれる菓子によく似ていた。
「ん~、近いんだけどちょっと違うかな」
全部で三つ入っている菓子の一つ、黄色のカスタードが挟まれたものを取る。
上の階にあるケーキショップ、フライングパピーで今日にちなんで特別販売していた三種類のセット。
余りに美味しそうだったので買ってはみたが、流石に一人で全部食べるのはお腹的にもカロリー的にも色々ときついと思っていたので、ちょうど良いと思いつつ、半分に割る。
「これはね、ワッフル。焼きたてのあったかいのも好きだけど、こういう冷たくてしっとりしたのも美味しいよね」
その菓子の名を告げながら、サキは心持ち大きい方をアレッタに差し出す。
「遠慮しなくていいよ。っていうかアレッタちゃんにも半分食べて欲しい」
おずおずと、だがどこか期待していることを感じさせる瞳で見返してくるアレッタに、サキは笑顔で食べるよう促す。
「じゃ、じゃあ魔族の神……じゃなくて、サキさんに感謝します……」
混乱しているのか、少し変な食前の祈りを捧げつつアレッタはワッフルを受け取って、齧りつく。
そんなアレッタの口をワッフルは柔らかく受け止めた。
ふんわりとした柔らかな生地はほんのりと甘い。卵とミルクの味がするその生地の奥に詰められているのは、柔らかな卵の味がする甘いクリーム。ほんの少しだけお酒の香りと苦みを甘い香りを放つ黒い粒々がぽつぽつと見えるクリームの甘さに、アレッタは思わず警戒を溶かされて顔を綻ばせる。
(……やっぱり、本当に美味しいな)
美味しいものを食べることがこれほど楽しくうれしいことだと知ったのは、この異世界食堂に来るようになってからだ。そして、こういう美味しいものを食べるときは、自然に頬が緩むようになった。
(うんうん。やっぱこの子、美味しそうに食べるね本当に)
やはりこの娘は美味しいものを食べているときが一番かわいいと思いつつ、二つ目も半分に割って分けてやる。
アレッタはごく自然に二つ目を受け取る。
今度は濃い茶色をしたものに、真っ黒なクリームが挟まれたものであった。
(あ、これ、チョコレートのお菓子、かな?)
その色合いにアレッタは自らの好物であるチョコレートの風味を想像しつつ食べる。
「……う。ちょっと苦い……?」
だからこそ、食べてみて予想と違う味がしたことにちょっと驚いた声を上げる。
そのワッフルは甘い。もちろん甘いのだが、それとは別に香ばしい苦みを感じた。
チョコレートの甘さを引き立てている苦さが、今まで食べた菓子よりちょっと強かった。
「あ、苦いのダメだった?」
その様子に、サキはちょっとだけ失敗したかと言う顔をしつつアレッタに尋ねる。
それにアレッタはもう一口齧ってみた後、笑顔で感想を言う。
「いえ! 苦くて甘くて……こういうのも、美味しいと思います!」
苦いからかえって甘さもしっかり感じ取れる。その風味をアレッタは確かに気に入った」
「うんうん。じゃあこれが最後。木苺入りの奴ね」
そう言うと最後の一つを半分に割って渡す。
綺麗なピンク色の中にところどころ真っ赤な実が混じったクリームと、同じくピンク色の生地で作ったワッフル。
もう戸惑い無く受け取って食べたアレッタは、ちょっと驚いた顔をした。
今度のクリームは、甘い。
ほんの少しだけ酸っぱさを感じたが、それに負けないくらい甘い。
……そう感じた直後に、はっきりとした酸っぱさを感じた。
クリームに混ぜ込まれた、小さなベリーは、甘さよりも酸っぱさが強かったのだ。
そして、その酸っぱさが口の中をさっぱりさせて、その直後にクリームの甘さを感じ取らせるのだ。
(これ、甘くて、酸っぱくて……)
甘みと酸味。それらが交互に来る。その風味をやんわりと包むほんのり甘酸っぱい生地と共に食べれば絶品であった。
ただ甘いだけでない三種類のワッフルを食べて、アレッタは自然と笑みを浮かべていた。
それをホットミルクを飲みつつ見て、同時に同じようにワッフルを食べるサキの顔も自然と笑み崩れる。
美味しいものを食べるのはサキも好きだが、その美味しいものを食べる人を見るのも同じくらい楽しいと、サキは思う。
(また今度、他の物を差し入れしてみようかな)
その笑みに、サキはふとそんなことを思うのであった。