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ハンバーグふたたび

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが余り活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・土曜日は定休日ですので、正面の扉は施錠させていただいてます。

商店街にある喫茶店で、山方早希(やまがたさき)は履歴書の最後の確認をしていた。

(―――よし、これなら大丈夫、かな)

一通り間違ってないことを確認して、ほっと息を吐いて封筒に履歴書をしまう。

先週……早希が成人式の準備に勤しんでいる間に実家に同居している暦おばあちゃんが話をしてきてくれたらしく、普通の厨房アルバイトと同じ待遇でいいなら雇ってもいいと言っていた。

一応面接を『休みの日』にやるとは聞いてるが、よっぽどのことが無ければ合格にするとも聞いている。

(……初めてのアルバイト、かあ)

二十歳にして初めての経験となるアルバイトに、早希は気合を入れる。

学生の本分は勉強。アルバイトにうつつを抜かして学業をおろそかにするなど言語道断と言い切る父との前々からの約束であった。

二年生までの講義で必修科目以外の必要単位を全て取得して、自分で自分のやったことに責任を取れるように成人した後なら父の目が届く叔父の経営している料理屋でアルバイトをしてもよい、と。

(うん。大丈夫だよね。叔父さんのお店、結構評判いいみたいだし)

早希とて大学生である。

友達にはアルバイトをしている子が男女を問わずいくらでもいるし、高校時代に叔父さんの料理屋で働いていたという地元出身の友達もいた。

その友達曰く『時給はちょっと安いけど、賄いが美味しいお店。あと上のケーキ屋が社員割引きで安く買えてお得』とのことだった。

結構古い店な分、年頃の娘が友達と遊びに行ったり、デートで行くような店ではないが、味は良いらしい。

まさに早希が『修業』を積むには良い店に思えた。

(やっぱり料理人になるんなら料理屋で働かないとね)

決意も新たにコーラを飲みほして立ち上がる。

早希の夢は料理人になって、いずれ自分の店を持つことである。

子供の頃から料理が好きで、共働きで帰りが遅い両親の代わりに、小学校中学年の頃には料理を作るようになった。

作ったことのない料理を初めて作るのも好きだったし、作ったことがある料理をどうすればもっと美味しくできるかを工夫するのも好きだった早希は、探求心と努力によってすぐに料理の腕を上げた。

料理が全くできない曾祖母が新たに家族の一員として共に暮らすようになった中学生の頃には小遣いとは別に食費を貰い、食材の買い出しからやるようにもなったし、高校の頃には両親にも自分の分のついでに作った『愛娘弁当』を渡すようになった。

そんな早希にとって、料理屋で働くのは、将来の夢につながる大事なステップである。

だからこそ、父を拝み倒し、それなりに大変な思いをして交換条件を片づけて早希はアルバイトにこぎ着けたのだ。

「よし、行こう」

叔父さんのお店の定休日である『土曜日』の昼前、早希は決意を込めて一言呟くと、目的のビルに歩いていく。

商店街内の喫茶店から徒歩三分のところにある、羽の生えた犬の看板が目印のビルの地下一階にその店はある。


洋食のねこや


そここそがこれから早希が足を踏み入れようとしている場所であった。

「ここが叔父さんのお店かあ……暦おばあちゃんが言ってた通りだね」

暦おばあちゃんから何度も何度も聞いた話の通りの概観に、思わず感嘆する。

ネコの絵が描かれた黒い扉のすぐそばに『本日定休日』と書かれた看板が立っているが、向こう側からは人の気配を感じるから叔父さんもちゃんといるはずだ。

「確か、この鍵でいいんだよね」

成人式の時、早希に会いに来た暦おばあちゃんから渡された鍵を取り出す。

ねこやの正面の扉の合鍵で、これを使えば定休日でも入れると言っていた。

(そういえば早希なら多分大丈夫だからって言ってたけど、何が大丈夫なんだろう?)

そんなことを考えながら、そっと鍵を開ける。

カチャリと音を立てて、閉じられていた扉が開いた。

「すいませーん。お邪魔しま」

そんな言葉を掛けつつ、チリンチリンと鈴の音が響く扉をくぐった早希は、思わず固まった。

(……え? 今日、定休日なんだよね?)

明るい店内と、様々な料理の匂い、それからお客でそれなりに賑わっている様子。

どう見ても営業中である店内を思わず見渡して、気づく。

(あれ? なんかみんなファンタジーっぽい格好してる?)

今店にいる客を見てみれば、剣を下げている者、キラキラのドレスを着ている者、アラビアンナイトにでも出てきそうな格好をしている者など、全員が普段は見かけない格好をしていた。おまけに顔立ちも明らかに日本人じゃない人が大半であった。

(……コスプレパーティーかなんかでお店貸してるとかかな?)

目の前の様子に、一応自分なりに結論を出したそのときだった。

「あの、いらっしゃいませ。ようこそ。ヨーショクのネコヤへ」

近くから声を掛けられ、振り向く。

そこに立っていたのは、高校生くらいの少女だった。

明らかに日本人じゃない顔立ちで、染めているわけでもなさそうな金髪を、髪ゴムでくくっている。

耳の上あたりには黒い、まるで角か何かのような変わったデザインの髪飾りをつけているが不思議と似合っているように見える。

猫のアップリケがついたエプロン付の、ウェイトレスの制服らしき服を着ていることから察するに、この店の従業員であろう。

もしかしたら、どっかの大学の留学生というやつなのだろうか。

「あ、どうも。日本語お上手ですね……って言ってもお客じゃないんですよ私」

「え?」

とりあえず店の関係者には間違いなさそうだと判断し、早希は不思議そうな顔をしているその少女に事情を説明することにする。

「えっと、定休日に面接するって聞いてたんですけど叔父さん……このお店の店主さんはいらっしゃいますか?」

「えっと……少々お待ちください」

早希の言葉に首を傾げながらも、従業員らしい少女は早希の言葉を伝えに奥への厨房へとむかう。

(あ、良かった。ちゃんと叔父さんいたんだ)

それからすぐ正月などに挨拶に来るのと同じ顔をした叔父さんが出てくるのを見て、ちょっとほっとする。

「早希ちゃん!? ばあちゃんなんも言ってなかったのか!?」

「えっと……?」

叔父さんから聞かれ、困惑する。

どうやら、叔父さんは暦おばあちゃんが何か早希に伝えてると思ったらしい。

もしかして、今日のこの店内の様子が何か関係あるんだろうか?

「まあ、なんだ。とりあえず詳しい事情は後で説明するが、今ちょっと立て込んでるんだ。もう少ししたら時間作るから、待っててくれ。

 ついでになんか食べて行ってくれよ。おごるからさ。うちは割と何でもあるから、何でもいいぜ」

そんなことを考えていると叔父さんから席に案内されて、水とおしぼり出されつつ、そんな提案を受ける。

「え? いいの?」

「おう。メシ屋でただ待ってろてのもな」

叔父さんの言葉に早希は思わず聞き返すと叔父さんが頷く。

「……分かりました。じゃあ」

叔父さんにそう言われて、早希は考える。

確かに今ならちょっと早いお昼時で、何かを食べるにはちょうど良いだろう。

考えてみれば早希は叔父さんの料理の腕前はよく知らない。

暦おばあちゃんによれば『ダイキと同じくらい』の腕前らしいのだが、そのひいおじいちゃんのことも早希はよく知らないのである。

(どうせなら叔父さんの腕前が分かるようなものがいいよね。だったら……)

何を頼むかちょっと考え、早希は頼むものを決める。

「ハンバーグでお願いします。ご飯も」

洋食の定番。ついでに結構腕の差が出る料理でもある。

「分かった。ソースはどうする?」

どうやらこの店ではソースもある程度選べるらしい。

「えっと……和風おろしって出来ます?」

「ああ、紫蘇入れても大丈夫か?」

「はい。お願いします」

そう言われ、早希はとっさに好物のソースを答える。

「はい。ご注文承りました。少々お待ちください」

注文に対してちょっと気取った言葉で応え、叔父さんは厨房へと戻っていく。

「それでは、ごゆっくりどうぞ。えっと、早希様」

それを見届けたあと、ウェイトレスらしい少女もぺこりと頭を下げてパタパタと他の客の注文を取りに行ってしまう。

(それにしても、変わったお客さんが多いな、ここ)

二人がいなくなったことで余裕が出来た早希は改めて店内を見渡す。

古いけど、掃除はしっかりしているらしく、落ち着いた雰囲気の店内に集う客は、早希の目には奇妙に見える。

(話してるのは日本語なのに、日本人っぽくない人ばっかだし、それにどういうところで買ってるんだろうあの服)

あるものは一心不乱に料理を食べ、またあるものは顔なじみらしい他の客と料理をつつきながら話をしている。

それ自体は料理屋であるここでは珍しくも無いのだろうが、それを日本人離れした顔立ちと服装の客が、日本語で交わしていると、なんとも不思議に見える。

(暦おばあちゃんは『ちょっと変わってるけど、いい店だから大丈夫』って言ってたけど……)

一体どういう店なのか、先ほどウェイトレスがもってきたレモン水を飲みながらちょっと不安に思っていると、頼んだ料理が来る。

「お待たせしました。和風おろしハンバーグです」

じゅうじゅうと鉄板の上で香ばしい肉の焼ける香りが漂い、早希の胃袋を直撃する。

その上には刻んだ紫蘇の葉を混ぜ込んだ、ポン酢が混ざった大根おろしのソースが掛けられ、それがまだ熱い鉄板におちてじゅうじゅうと腹が減る音を立てる。

付け合せは、フライドポテトにさやいんげんのソテーと、キャロットグラッセという定番。

すぐ近くに置かれた、ライスと味噌汁が湯気を立てて早希の食欲を刺激した。

「それじゃあ、ごゆっくり……オムレツ焼き終わったら時間作れると思うから、ちょっと待っててくれ」

そう一言告げると、叔父さんはまた厨房に戻ってしまう。

(オムレツ? ……まあいっか)

店には店の事情があるのだろう。

そう割り切って、早希は早速とばかりに箸を手に取り、手を合わせる。

「いただきます」

友達は変だと笑うがなんとなく言わないと落ち着かないのでちゃんと言ってから、早速とばかりに箸を伸ばす。


作ってもらった料理は美味しいときに食べてやらなきゃならない。


それが、忙しい両親に代わって色々と世話を焼いてくれた、暦おばあちゃんの教えである。

実際、料理だけはからっきしだった暦おばあちゃんは、早希の作る料理はたとえ失敗作でもちゃんと食べてくれた。

……その後、きっちりダメだしをしてくるのも、料理の腕を上げるのには役立った。

それに食べるのは大好きだった、作るのと同じくらいに。

「あ、柔らかい……」

まずはソースがかかってないところだ。

そう思いつつ、早希は箸をそっとハンバーグに差す。

だから塗り箸がスッと分厚いハンバーグに沈み込む感触に、早希は期待する。

ハンバーグは柔らかかった。生焼けのミンチの粘りつくような柔らかさではなく、ちゃんと火を通した柔らかさだった。

(……うん。ちゃんと火も通ってる)

切り取ることで肉汁が溢れた断面がしっかりと灰色に染まっているのを見て、納得しつつ、口に運ぶ。

(……あ、おいし)

豚肉、牛肉、塩コショウ。

恐らくはごく一般的な材料から作られたのであろうハンバーグは美味だった。

シンプルに肉と肉汁の味が感じられ、やや粗挽き気味で肉の食感を残している。

目新しさは無いけど、丁寧な仕事。

その味に早希は好感を覚える。

(うん。ご飯もおみおつけもちゃんとしてる)

その肉の余韻が残っているうちにご飯とみそ汁を一口食べて納得する。

炊きたてとはいかないのは店の宿命というやつだが、食べたご飯はふっくらとしている。

ご飯粒が潰れていたりすることもなく、べっとりもしていない。

味噌汁もまた、ちゃんと鰹節と昆布から出汁を取っているのを感じさせ、具が煮込まれ過ぎているということも無かった。

(真面目な仕事だね、うん)

自分で料理をするし、大学に入ってからは生活費の一部を使って食べ歩きをしてもいた早希は、洋食のねこやを気に入った。

お客として来ていたら気に入って、たまに食べに来る位には美味しいお店だった。

(さってと、次は……)

ここなら他の料理も美味しそうだし、今度お客さんとして食べに来ようか。

そんなことを考えつつ今度は一口サイズに切ったハンバーグにソースをたっぷりつけて食べる。

水気を切った大根おろしは噛み締めれば微かな辛みと苦味を帯びていて、すっきりとした酸味と醤油の塩気があるポン酢を引き立てる。

旨みが強いのは恐らく、出汁も少し混ぜているのだろう。

それと、口の中でほんのりと漂う紫蘇の爽やかな風味が肉厚なハンバーグがすっきりと口へと入ってくる。

(うん。これはご飯と一緒に食べるべきだね)

肉を箸で切ってご飯を食べ、味噌汁を飲んでまたハンバーグへと戻る。

ここで働こうと思っていたことやこの店の奇妙な客のことをこの時だけは忘れ、早希は一人の客となって目の前の料理を楽しむ。

「すいません。ここ、ご飯のお代わりってできますか?」

「はい。大丈夫ですよ。ここはライスとパンとスープはお代わり自由です。よろしければそちらのスープも一緒にお代わりいかがですか」

「はい。お願いします」

ウェイトレスに頷いて笑顔で皿と返し、すぐさま持ってきた早希は思う。


―――うん。ここがいい。叔父さんの店だとか、そういうの置いといて、働くならこう言う店がいい。


やがて来たご飯のお代わりと味噌汁で残ったハンバーグを堪能しながら早希は密かに決意する。

自分の腕を磨く料理屋は、ここにしようと。


……その後、お昼時に『オムライス』を目当てに来た客に早希が悲鳴を上げるのはそれから数分後のこと。

とにもかくにも、それが早希が新たな従業員となり、同時に異世界食堂のことを知った日のことであった。

今日はここまで。


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