昼の一幕
以前に文芸部の作品として書いたモノです。
「いやあああああああああああっ!」
悲鳴が、日曜日のまったりとした空気を引き裂いて響いた。
「ああああああ……」
これは妹の声だろう。全く、姉も妹も声だけはかわいいんだから困る。
聞こえたのはリビングの方向だ。
僕は少し早足でリビングへと、階段を降りていった。
リビングには、家族が勢揃いしていた。
まず、涙目になって母に何か言い散らしている我が妹。
次に、妹の言うことを聞き流しつつ洗濯物を畳んでいる母。
プラモデルでも作っていたのか、指に塗料がついたままの姉。
額にうっすらと浮かんだ汗をタオルで拭きながら妹と母を見やる父。その手には、ゴルフのパターが握られている。
そして、最後に僕。
食事の時ぐらいしか全員がそろうことは無いのではないだろうか。
それだけ、みんなさっきの悲鳴が気になったと言うことか。
相変わらず妹は母に何かを訴えているが、何がそこまで妹を駆り立てるのだろうか。
疑問に思っていると、父が母に尋ねた。
「母さん、あいつは何を言ってるんだ?」
「さあ…冷蔵庫のプリンがどうとか ~って、さっきから言ってばかりで…」
「全然要領を得ないわけね、了解」
途中から会話に割り込んだ姉が、勝手に頷いて妹に向かって歩いていく。
「いや、何が了解なのさ」
たまらず、僕は姉を呼び止める。
この姉は平時から、どこか暴力的な面がある。
僕は男だからまだいいが、妹は女で、しかもまだ中学生だ。
この姉のげんこつは痛かろう。下手すれば泣き出すかもしれない。
そんな時、責められるのはいつも僕だ。
それは少し、というかかなり、遠慮したいことだ。
「何って…要するにあいつがこの騒動の原因なんだろう?だったら、とっちめれば問題解決じゃないか」
「いや、これっぽっちも解決してないから。一フェムトメートルたりとも解決してないから」
「いーじゃんか別に。あたしは早くダブルオーライザーの塗装に戻りたいんだよ。まだつや消し終わってないし」
「後にしなよ…」
そう。この姉、女性にしては珍しく、大のガンダムファンなのだ。
その勢いは目を見張るようなものがあり、姉の部屋の奥半分はガンプラで埋まっている。
どうせ今日もまた、プロみたいな腕前の塗装テクニックを披露していたのだろう。
若干、努力の方向を間違えている気がするが。
「で?妹は何で泣いてるのさ?」
「あたしが知るか。こういうのは本人に聞いた方がいいに決まってる」
言うと、姉は妹の元へ向かっていった。
「おい、鈴。さっきから何を言ってやがる。あたしの楽しい楽しい塗装タイムを邪魔しやがってコンチクショウめ」
「だってぇ…私のプリンが…」
「あん?プリン?」
姉は首をかしげる。
いや、姉だけではない。
家族全員が首をかしげたい気分だったろう。
「プリンが…一個五百円のプリンが誰かに食べられてたの…」
なるほど。そういうことだったのか。確かにあのプリンは美味かった。
一個と言わず二個でも三個でも食べたくなる味だったから、相当高価な物だったのだろう。
妹も、それがわかっていたから、大事にとっておいたのだろう。
で、それが誰かに食べられていたから思わず悲鳴をあげてしまった、と。
「許さない。絶対に許さない。ね?お姉ちゃん?」
「なんでそこであたしに振るんだ。犯人か。犯人即決定なのか」
「だって、こんなのお姉ちゃんしかあり得ないじゃん。ね?証拠十分。判決、お姉ちゃんが犯人」
「証拠不十分だ、馬鹿。大体、あたしにはアリバイがある」
「へー…。アリバイねえ…」
妹は疑わしげな視線を姉に送る。
「なんだよ…そのじとーっとした目は…」
「べっつに~?」
「大体、アリバイを調べるなら他の人も調べろよ!なんであたしだけで終わってるんだよ!」
あ、姉のやつ。自分が追い詰められたからって僕たちまで巻き込もうとしてやがる。
「…わかった。じゃあ、ここにいるみんなが容疑者ってことだね?」
「ああ。それで平等だろう」
姉が一つ、満足げに頷いてソファに座る。
おいおい、冗談じゃない。これから妹に取り調べだって?
「と、いうことだ。母さん、父さん、よろしく」
「まあ、仕方ないか…」
「いい暇つぶしになるわ~」
あ、両親が乗り気だ。
これは時間がかかるかもしれない。
「では、これより取り調べを開始したいと思います」
妹が一人がけのソファの上に立って宣言する。
僕ら四人は向かい合った、三人がけのソファに押し込められた。
実に窮屈だ。
「まず、お姉ちゃんのアリバイから、どうぞ」
「あたし?あたしは…昼ご飯が終わったのが十二時半だろ?そっから三十分くらいソファでごろごろし
て、それから部屋に戻ってガンプラの塗装してたな。んで、ここに来たらどっかの妹に犯人扱いされたな。」
ふむ。まあ、普通の休日の過ごし方だろう。
プラモ作りが果たして普通なのかはこの際おいておくとしよう。
「その間、冷蔵庫には?」
「ああ、一回行ったな。ソファから起きてすぐだから…一時ぐらいか?」
「犯行現場への接近は一回、と…」
「もういいだろ?あたしゃ疲れた」
姉がソファに戻ろうとして、こっちの状況を見て僕の隣に立った。
実に賢明な判断と言えよう。
「じゃ、次はお兄ちゃんお願い。」
妹は、次のターゲットを僕としたらしく、今度は僕の前に
「アリバイ、と言ってもなあ…昼食の後、リビングで姉とテレビを見て、その後、部屋で漫画を読んでい
たぐらいだけど?」
「あれ?お前いたっけ?」
「寝てたからね…」
「ああ、そっか」
「冷蔵庫には?」
「部屋に行く前に一回、それから十分位してからもう一回」
妹の疑惑のまなざしを受け流す。
「具体的に、何をとったの?」
「コーラを持って行って、二回目はグラスに氷を入れに」
「ふむん…」
あごに手をやり、考え込む妹。
何か僕の供述でおかしい点でも見つけたのだろうか。
「ん、お兄ちゃんはまあいいや。じゃあ次はお父さんね」
「おいおい…父さんにまですんのかよ…」
さすがにやりすぎでは無かろうか。
「お兄ちゃんは黙ってて!これは死活問題なんだから!」
ちょっと言っただけなのに、妹はすごい形相でこちらをにらんできた。
正直、すごい怖い。
「俺ぁあんまり動いてないぞ?昼終わった後、庭でパター練習やって、その後リビングで筋トレしてたんだが?」
「父さん…また筋トレしてたんだ…」
「おう。日課だからな。欠かすわけにはいかないわな」
そう言って、腕を折り曲げる父さん。
その腕には、はっきりと自己主張をするこぶがある。
日頃から筋トレをしているたまものだろう。
「冷蔵庫に行ったりは?」
「庭から帰った時に一回だけだな」
「OK、ありがと。お母さんは?」
父さんへの尋問は終わったらしく、今度は母さんの前に向き直る妹。
「お昼の片付けをして、その後洗濯物を干してたんだけど…気づかなかった?」
「ううん、全然。」
妹は首を振る。
「あ、そうそう。その時にお父さんと一緒に庭にいたわよ?ねえあなた?」
「ああ、確かに居たが…そんな事まで言わんといかんのか?」
「できれば言っておいてほしかったかなー、って」
「…すまんかった」
父さん、別に謝る事は無いのでは…、と思ったけれど、妹が怖いので黙っておく。
さて、これで全員の聴取が終わった訳だなんだが…。
妹はどうするつもりなんだか。
「何?全員にアリバイがあるの!?」
妹が怒りを隠さないままに叫ぶ。
「そんなこと言われたってなあ…全員にアリバイがあるんだから仕方ないだろう?」
そうだ。ここらで終わっておかないと、いろいろとまずいだろう。
姉は塗装、父さんは筋トレがまだ途中だ。
そろそろ我慢も限界なのでは無いだろうか。
「絶対にあきらめない!犯人見つけるまで放さないから、覚悟しといてよね!」
「でもなあ…。もう犯人は諦めろよ。小岩井牛乳プリンだろ?プリンならまた買ってやるから。機嫌直せよ」
「お兄ちゃん?」
「ん?どうした?」
何かまずいことでも言ったのだろうか?
妹の声がいきなり平坦になった。
――何でプリンの名前、知ってるの?――
あ。
まずい。
これはまずい。
さすがにまだ早かったか。
どうする?
ちらりと、キッチンの方を見やる。
…やっぱりだ。
よし、これならいける。
「ほら、キッチンのシンク見てみなよ。プリンが捨てられてるだろう?あれだろ?プリンって」
「あ、そっか。そうだったね。うっかりしてたよ」
「全く。しっかりしてくれよ?刑事さん?」
「はいはい」
妹は、母の方へと歩いていった。
…ふう。
なんとかやり過ごしたか。
いやはや、危なかった。
もう少しでばれるところだった。
さて、もう少しがんばるか。
「で?結局のところ犯人はわかったんだろうな?」
姉が静かに切り出す。
「ふっ…」
妹は一瞬言葉を切った後、語気を強めた。
「なんと…わかったんだなこれが!」
………え?
「いやー、むずかしかったよ、なんてったって、アリバイの時にしかぼろを出さないんだもん」
「ほう、そんな頭脳犯が居たのか。すごいな」
父さんが何か言っているけれども、それすら耳に入らない。
どこだ。どこでミスをした?
アリバイは完璧だったはず。
即興にしてはあり得ないぐらいすばらしい出来だったはずだ。
妹がそれを見破った?
馬鹿な。
……まさか、姉か!?
いや、姉はプラモしか興味が無いはずだ。
じゃあ誰が?
わからない。わからない。わからない。わからない。
「さて、ずばり言うよ!」
やばいやばいやばいやばい。
「犯人は……お姐ちゃん、お前だ!」
………え?
「無実だ!」
怒髪天を突く、と言った勢いで立ち上がる姉。
「ではなく…真犯人は、お兄ちゃん…あなただ」
………は?
「いや~、まさかあれが嘘だとは思わなかったよ。ソファでテレビ。あれ、嘘でしょ?」
「いや、僕はちゃんと、テレビ見てたよ…?」
「じゃあ、あの時間、テレビ何やってた?」
「いいとも増刊号だろ?」
「今日は特番で、いいともはサッカーに切り替わってたんだよ?」
「え…」
妹が、してやったり、と言ったような顔をしている。
姉も、どこか楽しげな表情だ。
「で、お兄ちゃん…プリンの名前、言ってみて?」
何を今更。
「小岩井牛乳プリンだろ?そこのシンクにあったぞ?」
「うん。確かにプリンは小岩井牛乳プリンだよ。でもね、」
?何か間違ってたんだろうか。さっぱり見当がつかない。
「シンクにあるのは、コーヒーゼリーだよ?」
「なっ…!?」
まさか。プリンのカップと、ほとんど変わりないじゃないか。
「びっくりしたよ。あそこまでカップのデザインが変わらないなんてね。」
「いや、僕は部屋に居たんだよ?どこで食べるのさ。」
「…お兄ちゃん、部屋にマイスプーンがあるとか言ってなかったっけ?」
確かに、ある。
部屋にアイスを持って行って食べる時に、わざわざスプーンを取りに行くのがめんどくさいから、部屋にはスプーンがおいてある。
「さて。ほかには何かある?」
妹が、とびっきりの笑顔で僕に問いかける。
――ああ――
――やっぱり、悪いことはしないほうがいいね――
――僕の、負けだよ――
「そうだよ、僕が。………犯人だ。」
オチが弱いですね。
精進します。