第2話 妹ロイドは電化住宅の夢を見るか?
なんとか傭兵隊を撃退し…って、したのは紗倶羅だけど。でも
「おにいちゃんのおかげだよっ☆」
そう言って、紗倶羅が腕に抱きついてくるのは、正直、悪い気持ちじゃない。
……なんて思ってたら。
「あーーーーっ!」
こ、この声は……
「か、花梨…!」
はい、俺にも人並みにGFがいたりします。同級生の橘花梨。でも、よりによってなんでこんな時にたずねて来るんだよ。
「誰、その女!?」
「い、妹……」
花梨の持っていた紙箱が俺の頬にクリーンヒットし、カスタードクリームが炸裂した。
「お約束な言い訳すなっ!」
「本当なんだよぅ~~~」
「あんたに妹がいるなんて、聞いたことないわよっ!」
「俺だって今日まで聞いたことなかったよ!」
「あのぅ…」
黙って見ていた紗倶羅が二人の間に割って入ってきた。
「おにいちゃん、顔、べたべた」
「あ? ああ、拭きとるよ」
「だめ、食べ物は大切にしなきゃ」
次の瞬間、生あったかい感触が頬に。
「さ、紗倶羅っ!?」
俺の頬に付いたカスタードクリームを紗倶羅の舌がなめ取っていたのだ。
「うぎゃあああああっ!」
俺の悲鳴と、花梨の絶叫はほぼ同時だった。
「そんな話、信じられないわ」
「信じようが信じまいが、事実なんだ」
家の応接間。つぶれ残ったシュークリームで、ふたたび平和なお茶の時間……のはずが、なんだか凍りついたような雰囲気だ。
「とにかく、俺は無実だ、潔白だ!」
「うそ。」
「どうしてうそ?」
「だって、巫女の格好させてる」
俺は、横にちょこんと座っている紗倶羅に視線をやる。確かに巫女装束だ。
「それが何でうその根拠なんだよ」
「だってあたし、見ちゃったのよ?」
「何を。」
「『月は妹に日は巫女に』」
俺は、飲みかけたお茶を噴出した。
「『放課後いも巫女クラブ』『巫女王戦記 妹夢』『妹戦士ミコリール』『巫女以外の何かではない妹以外の何か』……」
「わぁぁーーーーーーっ!」
俺はあわてて花梨を黙らせた。
「け、健康な男の子だからしかたないんだよ、たまには」
「うん、わかってる。そんなことで嫉妬したりしない。だって、絵の女の子たちは私みたいにあなたに触れることはできないもの」
花梨が俺の頬に手を当てる。うんうん。理解のあるGFっていいですなぁ。
「でも……」
ん?
「本当に妹に巫女の格好させるなんてヘンタイよ!」
その手が、指が俺のノドを絞めた。どこぞの格闘技試合で使われた反則技、火曜サスペンスホールドってやつだ!
「わーーー、俺がさせたわけじゃないよ!」
「そうなんです」
ようやく紗倶羅が助け舟を出してくれた。
「わたし、これしか服を持ってなくて」
んなわけあるかっ! ……と言いたかったけれど、あのおやじのことだ、本当にそうなのかもしれないと考え直した。
「と、とにかく。紗倶羅は、培養人造巫女妹であって、やましい関係じゃない。な、紗倶羅?」
「え? そうなの?」
は? あの、紗倶羅さん、なんですか、その残念そうな表情での疑問符は……
「あたし、おにいちゃんにあげるつもりでこの家に来……」
「うぎゃぁあぁあぁあぁっ!」
今日は怒鳴ってばかりで疲れる日だ。
むくれる花梨に、俺は必死で言い訳する。
「これはほら、あれだ! 兄にGFができると、ちょっかいかけてからかおうとする、妹としてよくある反応で、つまりその……」
「もういいわよ」
花梨は右手のてのひらをこちらに向け、俺を止めた。
「ようするに、私があなたを信じればいいんだもん。そうでしょう? こ…こ…(注:まだちょっと抵抗があるらしい)…恋人…どうしは、信じあってこそ。」
「そうそう、お互いに信じようよ」
俺は花梨の手をとった。花梨が、まだ戸惑いながらだけど微笑む。
よかった、これで一件落着…と思ったとき。
「そして、『信じるものはすくい投げ』となるのですね。」
お茶をすすりながら紗倶羅がつぶやいた。
「バカな女を騙すのは簡単よね。愛を言い訳にすれば、なんだって納得しちゃうんだから」
そう言って、両手で持っていた湯飲みをテーブルに置くと、挑発的な笑顔を花梨にぶつけた。
握っていた花梨の手に、急に力がこもる。普通の力じゃない。破壊の意思を持ったパワーだ。
「い、痛い、痛い、痛い!」
「信じらんない! もう絶交よ!」
花梨は、猛烈なパワーで握りつぶしていた俺の手を振りほどいた。
そしてツカツカと廊下を玄関に向かう。
「ま、待てよ!」
「追って来ないで!」
俺は立ち止まってしまった。
こういうとき、言われたとおりにすべきか、それとも無視するべきか。プレイボーイな人なら的確に選択できるんだろうけど、俺にはそこまでの経験と判断力はない。
結局、花梨が口にしたことを尊重することにして、追うのをやめて見送ってしまった。
……時間が解決してくれるさ。
そう、自分に言い訳して。
外で花梨が
「本当に追って来ないの、あのバカ!」
と叫んでから帰ったことなど、知る由もない。
「おにいちゃん、あのひと、帰ったの?」
俺は振り向く。すべての元凶はこいつだ。
ポイッ。
正座したままの沙倶羅を、俺は玄関から外に捨てた。
「おにいちゃん? おにいちゃん!?」
鍵を閉めた扉を紗倶羅が激しく叩く。
「せっかくの静かな連休を壊すな!」
「だめだよ、お父さんが、ずっとおにいちゃんと一緒にいろって…」
「お前みたいな物騒な妹を持った憶えはない! とっとと帰れ!」
紗倶羅は泣き声になる。
「紗倶羅のおうちはここだよぉ……おにいちゃん、入れて、入れてよぉ!!」
俺は、扉を背に座り込んで耳を塞いだ。だけど紗倶羅の声が耳に飛び込んでくる。
「入れて! 入れてよ早く! 早く入れて、入れてよおにいちゃぁ~ん!!」
「女の子が大声で『入れて』とか連呼するんじゃありませんっ!」
恥ずかしくなった俺はもう無視することにして、自分の部屋に戻ってしまった。
紗倶羅を追い出して、1時間くらい経ったころ。ポツ…と、窓に水滴がはじける。
やがて、雨が降ってきた。
雨はだんだん激しくなっていく。
あいつ、傘もってなかったよな…。
ふと、紗倶羅のことが気になって、玄関口へ出てみる。
扉を開けると・・・・
バタッ、と倒れたのはびしょ濡れの……。
「紗倶羅!?」
俺は紗倶羅を抱き起こした。すごい熱だ。
「おまえ、培養人造人間なんだろ!?」
「細胞は普通の人間と同じ…だもん…」
俺は沙倶羅を背に負う。盛大に濡れた巫女装束から水が俺の服にしみこんできた。
「とにかく、濡れた服を替えて温めないと!」
俺は脱衣場に紗倶羅を運び、電気をつけようとした。
「ん?」
何度もスイッチを押すが…つかない。
「さっき…配電盤に弾が当たったから…」
「じゃあ電気が使えないのか!!?」
風呂沸かしは電気。
ストーブも電気。
エアコンも電気、
毛布も電気。
ここは、見事な電化住宅。
「絶・望」という巨大な文字が、俺の頭の上にのしかかってきた気がした。
とにかく紗倶羅をベッドによこたえ、装束を脱がせる。濡れた体をタオルで拭いてやらなきゃいけない。やましい気持ちじゃない。けしてやましいきもちじゃ…
「ねえ、おにいちゃん…」
「ん?」
「これ、『裸のおつきあい』だね♪」
「やめんかーーーッ!」
俺の声が、家を揺らした。
(つづく)