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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

苦味

作者: 梅雨前線
掲載日:2026/05/26

はじめて小説書いたので、記念で載せます。

鬱小説、グロ描写が少しあるので注意。

 お金のない私たちにとって、町に一軒しかない駄菓子屋はありがたい存在だった。

 そこにはお金以上の夢が詰まっている。カラフルなゼリーにピーナッツと揚げあられが入っているお菓子、ちょっと高級品なチョコの味がするたい焼き。どれも好きだった。

 小夜はびっくりする程の甘党で、よくいちごミルクに綿あめを乗せて飲んでいた。いつか糖尿病になっちゃうよ!なんて本気で心配したこともある。その激ヤバ飲み物を、私たちは「恋雲ミルク」なんて呼んでいた。


 あれは、いつのことだったかな。忘れたはずがないのに、鮮明なはずなのに、記憶には靄がかかっている。

__私と小夜の、忘れもしないあの夜。


 三木夏実。中学二年生。学力もそれなりに上位で、自分でも優等生だと思ってる。あとよく「みき」って呼ばれるけど「そうぎ」だから間違えないでね。

 私には必ず守っているルールがある。それは毎朝、ホームルームが始まる1時間前に来ることだ。

 でも私だけだと思っていた教室には、いつも一人の女の子がいる。なんでこんなに早く来ているのか不思議だった。だって朝学習をするわけでもなくただ机に突っ伏して寝ているだけ。授業中も同じで、話し合いの場面でも無口を貫いている。

 そのせいで他の誰も話しかけず、朝会う度になんとなく気まずい思いをしていた。


「夏実、今日の給食揚げパンだってさ!」

 給食を毎日飽きずに伝えてくるぽっちゃりで可愛らしい雰囲気を持つ加奈子は、今日も配られた便りにシールを貼ってお楽しみ給食が来る日を心待ちにしている。

 大きな目を輝かせながら配膳をみていたが、急にゴシップでも思い出したのかひそひそと私の耳元に手を当てた。

「あのね。私、揚げパンの日はいつもおかわりするんだけど、どうも他のクラスより一つ足りないんだよね。」

 正直、これ以上ない程どうでもいい話だった。揚げパンが少なかろうが多かろうが、私には関係ない。へえーそうなんだ、と適当に返事をしながら黒板を消していた。

「うわ。」

 誰かが後ろから軽くぶつかる。その衝撃で手の中にあった黒板消しは、見事に粉を撒き散らしながら床に落ちた。

「お〜こりゃ掃除だね夏実。」

 そう言いながら加奈子はちりとりと箒を持ってきてくれたが、肝心のぶつかった生徒は焦ったのか走り去っていった。

「……あ。」

 一瞬、ポケットの中身が見えた。ぐしゃぐしゃに潰された何かが、まるで死骸のように。

「どしたの?」

「…いや…。」

「ってか大丈夫?体調でも悪いの?」

 教室の音が遠のく。

 見てはいけないものを見てしまったと思った。何故か自分も共犯者のような気分になって、嫌な汗をかく。

「全然。ぴんぴんだよ。そんなことより、掃除付き合ってくれてありがとね。」

「あはは、こんなの友達だったら当たり前でしょ。」


 翌日、学校に行くとまたあの子がいた。けれどいつもの様子はない。どんどん私の方向に向かってきて腕を掴んだ。

「お願い、内緒にして。」

 へ。なんのこと。と言いかけたが昨日の、後ろにぶつかってきたときに見えた『何か』を思い出した。ああ、この子だったのか。それにしてもあれ何だったんだろう。気になった私は居ても立ってもいられず、口にする。

「…………あれって、その…何の…死骸。」

 キョトンとした顔で見つめられる。お互いに無言の中、急に彼女は吹き出した。

 あははは、死骸って、腹を抱えて彼女は笑う。

「揚げパンだよ。盗んだの。」

 私は言葉を失った。死骸だと思っていたものは潰れた揚げパンで、かつ盗んだと、堂々と自白された。その時の私の顔は、きっと喜怒哀楽がいっぺんに押し寄せた時くらい奇妙だっただろう。

「……揚げパンは…おいしい、よね。」

 辛うじて出たのは、よく分からない言葉だった。他にもっと聞くべきことも、言うべきこともあっただろうに。

 また彼女は笑う。鳩が豆鉄砲を食らったような顔して。

「君、面白いね。」

 かちかちかちかち、時計の音だけがなっている。朝日が窓辺から入り、その子の顔を照らす。

 私たちの運命は、いったいどこに向かっているのか。


 あれから彼女は朝の時間、私に話しかけてくるようになった。

「ね、優等生ちゃんはこーゆうの大丈夫なの?私、窃盗犯だよ。」

「いや、盗んだことは…その…だめだよ。」

 なのに、なぜか。これ以上触れちゃいけないような気がして。無理矢理暴いたら壊れそうな、そんなものが心に引っかかっている。

「きっと理由があると思ったから。」

「……へー意外。思ったより頭、柔軟じゃん。」

「っばかにしてる?」

「おー怖い怖い。そういうつもりで言ったわけじゃありませーん。」

 こうやっておちょくられるのも何回目か。私は言っとくが、彼女が好きなわけではない。ただ朝いるのが、その子しかいないからって話で…。

「…そう言えば、名前なんて言うの?」

 思えば名前を聞いたことがなかった。名簿を見れば一瞬なんだろうが、何度もいじられてきたからそれは癪に障る。

「…小夜。」

 目を軽く伏せて、小さい声でそう答えた。

「小夜ちゃんか。うん、かわいい名前だね。」

「…そう?」

「凄く…幻想的だよ。ゴッホの描いた星月夜を思い出す。」

「なにそれ。知らない。」

 少し怪訝そうな顔をして、前みたいなポーズで寝てしまった。私はいつも通り不機嫌な小夜に対して、呆れた表情になる。


 そのまま時間は過ぎ、放課後になった。日が沈んできたあとの校舎は、なんとなく怖いような、懐かしいような気がする。

「かーえろっ!夏美!」

 加奈子が後ろから肩に手を回してくる。

 うん、と言おうとした瞬間、小夜が急いだ様子で走り去っていった。

「あ…、加奈子ごめん。今日用事あってはやく帰んなきゃいけないから…ほんとごめん!」

「おけ〜。また明日ねー!ばいばーい!」

 遠のく校舎を背にして、私は小夜を追いかけた。はぁはぁはぁ。運動してない身体で走るのはこんなにもきついのか。やっとの思いで私は叫んだ。

「ねー!!!小夜ー!!」

 小夜はこちらを振り向いて、物凄い顔をした。

「優等生ちゃん、なんでついてきたの!?」

「っなんとなく。だって。」

「何、私のこと好きなの?ストーカー?」

「っ違うよ!その…あまりにも急いでたから、何なのかなって気になって。」

「やっぱストーカーじゃん。」

 そう言われてみれば、最近の私は少しおかしいかもしれない。ふとした時に小夜の表情が気になるのだ。心配、というのが一番近い。

「だって顔があまりにも…蒼白で。」

 まるで、死人みたい。そんなこと口が裂けても言えない。

「私、色白って言われるからね。綺麗でしょ。」

 ドヤ顔で私の方を見て、こっちに近づいてくる。作り物のように端麗な顔は女の私でも少しドキッとする。けれど笑った彼女を見て、ちゃんと生きていると安心した。

「あーはいはい。そうだねー。キレイキレイ。」

「あ、今めんどくさいって思ったでしょ?しかもキレイキレイってハンドソープじゃん。」

「そういう意味で言ったわけじゃないよ!」

 お互い顔を見合わせ、大声で笑う。これがツボにハマったのか中々抜けなかった。

「はーやっぱり面白いよ。三木さん。」

「あれ、私の名前知ってたんだ。」

 そりゃねと言いながら、小夜は急に真剣な表情になる。


「今から私と駄菓子屋行こうよ。」


 やっぱり私たちはまだ中学生だ。放課後の駄菓子屋なんて、大人からしたらそんなに大したことじゃないと思う。きっと日常の、一コマ。

 けれど色とりどりのお菓子はきらきら光ってて。まるで宝石みたいだった。私たちはその中から、それぞれ好きなものを選ぶ。

「んー。綿あめにしようかな。」

「お、センス良いじゃん。やっぱり、いちごミルクと合わせて飲むのが一番でしょ。」

「もー小夜の舌、狂ってるよ。」

 キャッキャ話していると、店のお婆さんが優しそうな目でこっちを見た。

「あんた夏美ちゃん!?前に来ていた子かい?」

「あ、…いや!まあ、そうですね。」

「わざわざありがとね。ほれ、これおまけの飴ちゃんあげる。残り1個だからさ。」

 優しいお婆さんだ…と感動しながら、ありがたく手を伸ばすと、小夜の腕にちらっと模様があるのが見えた。

 帰り、買った駄菓子を川辺で食べることにした私たちはどうでもいい話を繰り返す。

「駄菓子屋のお婆さん、優しかったね。」

「…うん。」

 また、その顔。小夜は時々、何かを懐かしむような、悲しがるようなそんな表情をする。

「世の中には、いい大人もいるんだね。」

 川の魚がぴしゃりと水飛沫を立てる。ほとんど落ちかけた夕陽は、水面をオレンジにしていた。

「…あのね、私…。」

 まるでこの世の終わりに、すべてを悟ったような顔で続ける。


「私さ、絵の具なの。」


 開いた口がふさがらなかった。どういうことか理解できなかった。けれど真剣な眼差しに、恐る恐る耳を傾ける。

「…見てこの腕。気づいてたんでしょ。」

 長袖に隠されていた腕には、大量の傷跡があった。華のように咲き誇る生々しい跡。

「言葉通りだよ。父は芸術家。私の血が、絵の具の材料。」

 その瞬間、景色が歪む。目頭からおびただしい量の涙が流れてくる。まるで川に吸い込まれていくように。


 ああ。私、知ってたんだ。最初から、全部。

「………知ってる。」

 揚げパンを盗んだのも、お金がなかったから。小夜という名前が好きじゃないのも、まさに父がゴッホから取ったから。急いで帰らないと行けなかったのは、怒りで何をされるか分からないから。イカれた頭のじじいは小夜を道具としか見ていない。

 ねえ、思い出しちゃった私は、どうすればいいの。どうしたらいいの。警察に行ったところで、小夜は救われない。だって小夜は。小夜は。小夜は。小夜は。


 もうとっくのとうに死んだ。


 すでに私はもう、中学生じゃない。時は残酷だ。高校生にもなって、まだその影を追っている。朝はやくに登校した日、驚いたんだよ。だって同じ高校に行くはずだった小夜が教室に座ってるんだもん。嘘だと思った。夢だと思った。


 小夜が殺される前の夜、私は警察に行った。虐待されてるって、必死に訴えた。けれど大人たちはよくある話だなんて取り合ってもくれなくて。挙句、その子ちょっと精神病なんじゃないの?なんて言うんだ。絵の具として使われてるなんて、誰も信じちゃくれない。結局、明日行くからなんて話をされたけど、明日じゃだめなの。今日じゃなきゃ。だっていつもより、小夜の帰りが遅くなったから。

 泣きながら私は家に帰った。親はどこか遊び歩いていて家にはいない。取り残された私だけが冷たい玄関に横たわった。ガラケーに、助けてと書かれたメッセージだけがぴかぴか、異様に表示されていた。

 あの夜、私も死んだ。小夜と一緒に。メッセージを見て走った。かちかちかち、と時計の音だけが鳴っている。

 けれど、私が行ったときにはもう、小夜は既に人形になっていた。色が抜けてほぼ白になった小夜の目はまるで何も映していない夜のような黒さをしていた。

 駄菓子屋で笑っていた彼女は所々、綿あめのように溶けてしまっていた。


「未練が、あったのかな。」

 足を川の水に入れた小夜は、此方を振り向く。

「…あのね。夏美。もう、私にかまわなくてもいいんだよ。」

 ただひっきりなしに涙が流てくる。

 小夜も、泣いていた。

「だって生きてほしいから。夏美はまだこの世界にいる。なのにずっと死んでるみたいに、生きてる。」

「私のせいで小夜は死んだの!!!」

 小夜は驚くように私を見る。

「だって…もっと私に力があったら、…何か手段があったら…こんな、こんなことにはならかった。」

「それは違うよ。だって…」

「違わない!!!」

 ぐちゃぐちゃになった顔面で、小夜の言葉を遮った。もう夜になった水面は、あの時の目みたいな色をしていた。今の小夜も、夜に溶けてどんどん黒くなっていた。

「ねぇ、夏美。聞いてほしい。私幸せだったんだよ。放課後のことも全部楽しかった。」

 私の顔にそっと手を置く。

「あの時間だけ私は生きてた。」

 もうとっくに救われてたんだよ、と私に軽く微笑んだ。

「…でも、夏美には現実がある。未来がある。だから。」

____バイバイ夏美。

 待って、嫌だ。まだ別れたくない。

 声にならない叫びを発しながら小夜の体にすがる。けれど既に実体はなかった。すり抜けた拍子で、私は川に落ちる。

 その時、川底に光る何かを見つけた。それは小夜のガラケーだった。


『恋雲ミルク、また飲もうよ。』


 画面の時間はあの夜のまま止まっている。これは最後に小夜が送ろうとしていたメッセージだった。私は一歩一歩、拙い歩きで自販機の前に行く。いちごミルクのボタンを押して、買った綿あめを溶かす。

「…あー、まず。」

 それは酷く甘い。綿あめの良さも、いちごミルクの良さも消えている。

「…でも、生きてる。」

 強烈な甘さと無機質な自販機の光だけが、私を生きていると実感させた。

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