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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野


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6/12

6話

「明日、少し町を歩いてみませんか」


夕食のため次の日も酒場に来た俺に、切り出したのはエリシアだった。


「探し物のためか」

「ええ、そうよ」

「もう、ひと通りは歩いた」

「それでも」


エリシアは、言葉を選ぶように一拍置く。


「誰かと一緒に歩けば、見えるものも変わるかもしれませんわ」


理屈としては曖昧だった。

とは言え昨日の手前、拒む必要もないと思った。


かくして俺は今日、町の広場へ向かっていた。

訓練を終えたあとの昼下がり。

昼のこの時間帯は露店もまばらで、人の流れも落ち着く。


周囲を見回す。

彼女の姿は、すぐに見つかった。


酒場の従業員服でも、踊り子の衣装でもない。

淡い色の外套に、動きやすそうな靴。


町のどこにでもいそうな格好だが、俺は目を引かれた。

俺が近づくと彼女も気配に気づいたのか、向き返る。


「待たせたか」


自然に、そう声が出た。

エリシアは小さく首を振る。


「いいえ。今来たところです」


そう答えながら、ほんのわずかに微笑んだ。


偶然でも、成り行きでもない。

これは、自分で選んで来た場所なのだろうか。


「それで、どこから歩く」


俺は広場を見渡しながら言った。

エリシアは少し考え、道の向こうを指さす。


「まずはあちらへ行きましょうか。まだ露店が開いていますわ」


歩き出す足取りが、どこか軽く見える。


並んで広場を抜ける。

露店は数こそ少ないが、商人たちは呼び込みを続け、果物や小物を並べている。


エリシアは、ひとつひとつを眺めていた。

香草の束に足を止め、干した魚を覗き込み、飾り紐を手に取っては首を傾げる。


一昨日のような、静かで距離を測るような佇まいとは少し違う。


「こういうの、好きなのか」


俺がそう言うと、エリシアはきょとんとした顔をしてから、すぐに微笑む。


「嫌いじゃありません」


曖昧な答えなのに、その声は弾んでいる。


露店の男に勧められ、焼いた菓子を買った。

エリシアは遠慮なく受け取り、小さく齧った。


「……甘い」


感想を口にする様子が、妙に子どもっぽい。


「ほら、ロアンもいかが?」


そう言って、かじった逆側をちぎって渡される。

俺は横顔を見ながら、感覚をそのまま飲み込めずにいた。


――この女、ただ楽しんでいないか。


そんな不安が、頭をよぎる。


歩幅が揃い、会話が途切れない。

見知った町だが、今日は彼女の後ろを追っているだけ。


「……遊んでないか、これ」


思わず、独り言のように漏れる。


記憶を探すために歩いているのではないのか。

これでは、露店を冷やかす散歩のようじゃないか。


エリシアは足を止め、こちらを見た。


「そう見えますか」


咎めるでもなく、からかうでもない。

静かに問い返してくる。


「違うのか」

「んー……、いいえ」


「少し、楽しいかも」


そう言ってから、ほんのわずかに視線を逸らす。


「……いけませんか」


問いかけは軽いのに、表情が硬い。


俺は息を吐く。


「悪いとは、言ってない」


それだけ言うと、再び歩き出した。

エリシアも、何事もなかったように隣に並ぶ。


露店のざわめきの中で、彼女の足取りは先ほどより遅くなった。


しばらく歩くと露店の並びは途切れ、人の声もまばらになる。

石畳の先がゆるやかに下り、潮の匂いが混じり始めた。


エリシアが足を止める。


「次は……海のほうへ行ってみましょうか」


振り返りもせず、そう言った。


「この町は、海と切り離せない場所ですから」


港がなければ、この町は成り立たない。

物も、人も、噂話も、すべて波に合わせて流れ込む。

俺は頷き、彼女の隣に並んだまま歩き出す。


道の先で、視界が開けた。

防波堤の向こうに、鈍く光る水面が広がっている。

波は穏やかで、空の色を映し込みながら、静かに寄せては返していた。


「……変わらないな」


思わず、そんな言葉が漏れる。


「ええ」


エリシアは短く応じる。


「変わらないものほど、記憶に残りやすいかも」


彼女の経験なのだろうか。


潮の音を聞いていると、頭の奥で波と一緒にかすかに揺れた。


隣に視線を向ける。


エリシアは、海を見つめていた。

その横顔は、とても静かだ。


日が傾き始め、潮の色が少しずつ濃くなる。


「今日は、このくらいにしておきましょうか」


エリシアは海を眺めるのをやめ、ゆっくりと踵を返した。

名残惜しさも、止まる気配もない。


「酒場が、そろそろ始まりますから」


現実的な理由だった。


「酒場で、夕飯食べていきますか」

「……そうだな」


俺は頷き、並んで来た道を戻る。

言葉は少なく、靴音だけが石畳に残った。


「ロアン」


呼ばれて、振り向いた。

エリシアは迷うように視線を泳がせてから、静かに言った。


「……また、一緒に歩きましょう」


俺は一瞬、返事を考える。


「都合が合えばな」

「ええ。それで」


エリシアはそれで十分だと言うように、微笑んだ。


何も思い出していない。

手掛かりもない。


この時間が意味するものは、一体なんだったのだろう。

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