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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
からっぽな騎士

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25/31

25話

ある日、俺とエリシアは孤児院を訪れた。


この孤児院に、エリシアは時折顔を出しているらしい。

子供たちの遊び相手になっていたのだと、来る途中で聞いた。

前回、子供たちの対応に慣れた素振りだったのは、そのせいか。


「将来はね、ミレディみたいに炊き出しとかしてみたいの」


少し照れたように、でも真剣な口調でそう話していた。


門をくぐるなり、やはり空気が変わった。


「エリシアだ!」


最初に声を上げたのは、奥で走っていた子だった。


「ほんとだ、エリシア!」 「騎士さまもいる!」

「ねえ、あそぼ!」 「今日はなにするの?」


気づくや否や、子供たちが一斉にこちらへ駆けてくる。

四方から声を浴びせられる。

エリシアは困ったように、でも楽しそうに笑った。


「順番ね、順番」


自然と膝をつき、子供たちと同じ目線になる。


エリシアは人気者だった。


「ねえねえ」


人垣の向こうから、一人の男の子が顔を出した。

俺とエリシアを交互に見比べ、急に声を張り上げる。


「やっぱり、カレシだ!」


場が、一瞬静まった。

次いで、ざわっと笑い声が広がる。


「えー?」 「前は違うって言ってた」


子供たちの視線が、一斉に俺に向いた。

エリシアは否定も肯定もせず、ただ笑っていた。俺の方を見て、少し首を傾げる。


「ふふ、彼氏だって。どうする?」


からかうような、試すような声色。

俺は一拍置いてから、わざと胸を張った。


「おう。エリシアの彼氏だぞ」


自慢でもするように言った。

子供たちは目を丸くし、数秒遅れて歓声を上げる。


「やっぱり!」 「すごい!」


エリシアも一瞬、言葉を失ったように見えた。

次の瞬間、耳まで赤く染めて視線を逸らす。


「……ちょっと、急に言うんだから」


小さく抗議する声には、笑いを含んでいた。


あの浜辺で踊った日から、俺たちの関係は一変していた。

実際に何かが劇的に変わった、という感覚ではなかったが。


記憶を取り戻すための大義もなく、町を歩く。

浜辺で並んで腰を下ろし、沈んでいく夕陽を眺めて話す。

どちらかの部屋で、夜を共に過ごす。


特別ではない。

”恋人”と呼べる時間だった。


俺たちは自然に、その関係の中に立っていた。


欠けたままの自分が、誰かの隣に立つことを許されている。

その事実を、疑わずにいられるほどには。


「今日は、遊びに来たぞ」


声をかけると、子供たちは止まり、目を輝かせた。


「ほんと!?」 「やった!」


歓声とともに、全力で突撃してくる。


俺は思わず足を踏ん張り、両腕を広げた。

次々と飛び込んでくる体重と熱。


その向こうで、エリシアが声を上げて笑っている。

俺は子供たちに囲まれながら、ここに立っていた。





その日の晩は、いつもの酒場でバーツと酒を飲んだ。

朝の兵舎でもう一度、何気なく声をかけてみたのがきっかけだった。


「たまには、行かないか」


そう言うと、バーツは一瞬だけ考えるような間を置いた。


「……まあ、いいか」


どこか含みのある返事だったが、約束の時間には姿を見せた。

帰ってきてから、バーツと二人で酒場に来るのは初めてだった。


卓につくと、自然と杯が進む。

昼間、子供たちと遊んだ心地よい疲労感が残っていて、まだ少し浮つく。

その状態で飲む酒は、驚くほど旨かった。


他愛のない話をいくつか交わしたあと、バーツがふっと口元を緩めた。


「踊り子と、付き合いだしたんだってな」


唐突だった。


俺は、思わず杯を置いた。


「俺、バーツに伝えたか?」


バーツは腕を組んだ。


「港町の噂が回る速度を舐めるなよ」

「実は、騎士のほぼ皆が知ってる」


想像以上だった。


「そ、そうか」


口ではそう返したが、内心ではわずかに動揺していた。

噂、というのが引っかかる。


「悪い噂じゃないよな」

「踊り子が、財産目当てだ、とか……そういう」


俺は視線を逸らし、低く続けた。

言い切る前に、バーツが鼻で笑った。


「安心しろ」

「前回ほど、そういう勘繰りはないよ」


そう言ってから、少しおどけた顔になる。


「大方は、羨ましがってるだけだ」

「若い騎士が、綺麗な踊り子と一緒にいるってな」


バーツは、静かな調子で酒を飲み続ける。

沈黙が妙に落ち着いていた。


俺は、杯の中身を見つめた。

ふと、疑問が口を突いて出た。


「……どうして、悪い噂が減ったんだろうな」


バーツは少し考える素振りを見せてから、即座に言った。


「そりゃ、お前が変わったからだろ、ロアン」

「……は?」


思わず、素っ頓狂な声で聞き返してしまった。

バーツは平然と続けた。


「今のお前は女に騙されてる雰囲気じゃない、それだけ」


よくわからない理屈だった。


「そういうものか」


理解できそうだが、釈然としない。


「俺は、変わったのか?」

「さあ、な」


問いかけると、バーツは杯を揺らしながら答えた。

はぐらかすようで、突き放されたようでもある。


「まだ、言えないのか。俺の過去のこと」


視線を合わせないまま、続ける。

バーツの動きが止まった。


「……ああ。俺からは、たぶん、一生言わない」


そう言って、杯を傾けた。


冗談めかす様子はなかった。

重い沈黙が落ちる。


「そうか」


俺はそれ以上、追及しなかった。


「おっ」


不意に、バーツが顎で中央を示した。


「見ろよ。彼女のお出ましだ」


言われて、俺は身体ごと視線を向けた。

舞台に現れたのは、見慣れた紫色の衣装。

薄布が灯りを受けて揺れ、中心にエリシアが立っている。


踊り子としての装いに身を包んだ彼女は、昼間の姿とはまるで別人だった。


ほどなくして、太鼓が鳴った。

笛の音が重なり、酒場の喧騒を縫うように伴奏が流れ始める。


エリシアが一歩、踏み出した。


踊りが始まる。


回転のたびに衣装が広がり、灯りを切り取る。

腕の動きは大きく、身のこなしも普段より誇張されているように見えた。

音楽と足音だけが残る。


――俺が見ているから、というのは自惚れが過ぎるか。


視線を外せなかった。

やはり、彼女の踊りはとても綺麗だ。


バーツも、他の客たちも、自然と口数が減っていく。

皆が揃って、同じ方向を向いていた。


この場にいる全員が。

エリシアの踊りに、見とれていた。


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