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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野


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13話

「また、逆戻りしたみたいだな」


訓練が終わり武具の片付けをしていると、背後から声が飛んできた。


「何がだ」


問い返すと、バーツは肩に掛けた剣を外しながら、こちらを一瞥する。


「とぼけるなよ、ロアン」


乾いた笑いを浮かべるが、目は笑っていない。


「腑抜けた顔が続いてるぞ、最近。どうした」


言われて、返す言葉がすぐには見つからなかった。

理由はいくつも出てくるのに。


「……なあ、バーツ。変なことを聞くかもしれないが」


剣帯を締め直しながら、俺は低く言った。


「俺は、誰かを忘れていないだろうか」


バーツの動きが止まる。

言葉にした途端、心臓が音を立てた。


兵舎の中には金属の触れ合う音と、他の騎士たちの話し声が続いている。

俺たちの間だけ、奇妙に音が抜け落ちた。


「本当に、変なことだな」


バーツは短く息を吐いた。


「なぜ、そんなことを考えた?」


「分からない」

「だが、俺の中で、何かが欠けている気がする」


正直に答えた。

次を続ける前に、俺は言葉を切った。


「変なことを聞いて……すまない」


バーツは眉をひそめた。

瞬きの間に、いつもの軽い表情に戻って肩をすくめる。


「酒場の踊り子と、喧嘩でもしたのか」


不意にそんな言葉が落ちてきた。

俺は顔を上げる。


「どうして、それを」


バーツは腕を組んだ。


「さあな。風の噂ってことにしてくれ」


冗談めかした口調だが、目は逸らさない。


「喧嘩じゃない。普通の関係に戻っただけだ」


客と、従業員の。

俺は短く言った。


バーツは小さく頷く。


「そうか」


それ以上踏み込まなかった。


「さっきの質問について、俺は分からない」


謝罪とも、線引きとも取れた。


「これは、今の話なんだが」


バーツは俺の方を見たまま、言葉を選ぶように顎に手を当てた。


「お前はもっと、感情で動いてもいいんじゃないか」

「少なくとも、昔のお前はそうしてただろ」


昔の俺。

ゆっくりと跳ね返る。


前ばかり見て、失敗した後からいくらでも理屈をこねていた。


進みたいかどうか。

そんな基準で、生きていた頃。


「そう……かもな。ありがとう、バーツ」

「俺は、なにもしてないさ」


そう言うと、彼は片手を軽く振った。

声音が妙に重い印象を受けた。


「本当に、俺は見ているだけだ」


バーツの最後の呟きは、独り言に近かった。

どういう意味かわからず、俺は聞き流すしかなかった。





感情で動いていい、とバーツは言っていたが。

現状の俺にできることとは、何かあるのか。


町を歩き、神父に話を聞いた。

バーツにも、問いを投げた。


残る可能性があるとすれば、酒場のミレディか、ゲラルト。

バーツが知らないことを、彼女たちが知っているだろうか。


考えは、すぐに行き止まりになる。


俺は、もう一つの心残りに思考を移した。


エリシア。


あのときは正しいことを言ったと、そう思っている。

互いに誠実さがない、だから距離を取った。


それなのに。


胸の奥に残る、後ろ髪を引かれるような感覚。


空が、ゆっくりと赤く染まっていく。

俺は浜辺の近くまで来ていた。


彼女が、お気に入りだと言っていた場所。


砂は昼の熱を失い、靴底に冷たく伝わる。

波が寄せては引き、同じ音を繰り返す。


俺は立ち止まった。

先客がいたからだ。


外套に身を包み、浜辺に一人立っている。

沈みかけた夕陽と、強まり始めた潮風を、一身に受けていた。


逆光の中で、彼女の輪郭だけが浮かび上がる。


――綺麗だな。


そう感じた自分に苛立ちを覚えたが、

背を向けることも、しなかった。


俺は砂を踏みしめ、歩いた。

足音に気づいたのか、彼女が振り向く。


「……ロアン?」


目を見開いた。

まるで、ここに俺が現れることを想像していなかったかのように。


俺は少し距離を保ったまま、口を開いた。


「隣、いいか」


短い言葉。

エリシアは何も言わず、ただ瞬きを繰り返した。


一筋の水跡が、彼女の頬を伝った。


それが涙だと気づくまで、少し遅れる。

彼女は拭おうともしなかった。


夕陽が、海に沈む。

赤く染まった光の中で、エリシアはゆっくりと息を吸い、吐いた。


「……どうぞ」


ほんの少しだけ、立つ位置をずらす。


俺は隣に立った。

肩が触れない距離。


何を言うべきかなんて、分からない。

それでも、今の俺は、彼女の隣へ行くことを選んだ。

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