彼のほうがずっと先だった告白
冬の気配は、音よりも先に匂いでやってくる。
朝、校門をくぐったとき、空気が澄んでいて、肺の奥まで冷たさが入ってくる。吐いた息が白くなりそうで、私はマフラーを少しだけ引き上げた。
(もう、冬だ)
秋で終わらせると決めたはずだった。
期待しない。
近づかない。
勘違いしない。
そうやって、静かに距離を保ってきた。
なのに、季節は勝手に進む。
教室に入ると、窓際の席に朝倉くんがいた。
変わらない姿。
でも、どこか疲れているようにも見える。
私は、目を合わせない。
それが、今の私の選んだ距離。
授業中も、休み時間も、私は意識的に視線を落とした。
彼が立ち上がっても、声を出しても、知らないふりをした。
それが、彼のためだと思った。
(私が勘違いしなければ、彼は楽になる)
そう思い込もうとしていた。
放課後。
校内は、いつもより静かだった。
部活の音も、どこか遠い。
私は、いつものように図書室へ向かおうとして――呼び止められた。
「白石」
廊下に響いた声は、低くて、はっきりしていた。
逃げられない呼び方。
立ち止まって、振り返る。
朝倉くんが、そこに立っていた。
「……なに?」
声が、少しだけ震えた。
「今日、時間ある?」
心臓が、嫌な音を立てた。
(また、期待する)
(だめ)
「……用事ある」
反射的に、嘘をついた。
朝倉くんは、一瞬だけ目を伏せた。
それから、ゆっくり言った。
「……少しでいい」
その言い方が、いつもより真剣で、私は断れなくなった。
校舎裏。
人気のない場所。
冬の風が、落ち葉を転がしている。
沈黙が、長い。
私は、先に口を開いた。
「……話って?」
朝倉くんは、しばらく何も言わなかった。
拳を、ぎゅっと握っている。
それを見て、胸がざわつく。
(何を言うつもりなの)
(もしかして、距離を置こうとか)
(それなら、それで……)
「白石」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
彼は、私を見ていた。
逃げない目。
「……俺さ」
言葉が、途中で切れる。
一度、深く息を吸ってから、彼は続けた。
「ずっと前から、白石のこと、好きだった」
世界の音が、一瞬消えた。
(……え?)
理解が追いつかない。
「……何、言って」
「中学のときから」
彼は、淡々と言った。
「多分、白石が思ってるより、ずっと先から」
胸が、ぎゅっと縮む。
(そんなわけない)
「……それ、冗談でしょ」
声が、震える。
「私、そんな……」
「分かってる」
朝倉くんは、すぐに言った。
「白石は、自分が好かれるって、思わない」
その言葉に、息が詰まる。
「……だから、言わなかった」
「……」
「言ったら、白石が逃げるって、分かってたから」
私は、何も言えなかった。
彼は、視線を逸らさず、続ける。
「優しくしたのも、距離を取ったのも、全部……」
一瞬、言葉を探すみたいに、間が空いた。
「我慢してた」
その一言が、胸に突き刺さった。
(我慢……)
「……私」
やっと声が出た。
「私、ずっと、片思いだと思ってた」
「うん」
「私のほうが、好きなんだって」
朝倉くんは、小さく笑った。
「逆」
その笑顔が、少しだけ寂しそうで。
「俺のほうが、ずっと重かった」
その瞬間。
胸の奥で、何かが崩れた。
今まで積み上げてきた「たまたま」と「優しいだけ」が、音を立てて崩れる。
「……じゃあ、今までの」
「全部、本気」
言い切る声。
逃げ場がない。
私は、初めて知った。
自分が思っていたより、
彼の想いは、ずっと、ずっと深かったことを。




