忠告と勘違い
夏休みが終わる直前の空気は、どこか中途半端だ。
まだ暑いのに、夕方になると風が少しだけ涼しい。
蝉の声も、前ほど必死じゃない。
私は自分の部屋で、カレンダーを見つめていた。
(もうすぐ学校)
夏休み中、私は特別なことを何もしなかった。
部活にも入っていないし、旅行にも行かなかった。
友達と遊ぶことも、数えるほどしかなかった。
……朝倉くんとも、ほとんど話していない。
連絡先は知っている。
でも、理由がないと送れない。
理由があっても、送る勇気が出ない。
(どうせ、迷惑だし)
そんなふうに考えて、スマホを伏せる。
その夜、真帆からメッセージが来た。
明日、久しぶりに会わない?
私は少し考えてから、返事をした。
うん。いいよ
次の日。
駅前のカフェは、冷房が効きすぎていて、私はカップを両手で包んだ。
「ひなの、元気そうじゃん」
真帆はアイスコーヒーを飲みながら言った。
「……普通だよ」
「その“普通”、信用できないんだけど」
私は苦笑した。
「真帆は?」
「私はまあまあ。でさ」
真帆は、少しだけ表情を改めた。
「学校、もうすぐだね」
「うん」
「朝倉くんと、夏休み中、連絡取った?」
その名前が出た瞬間、胸が反射的に縮む。
「……取ってない」
「だと思った」
「……」
真帆は、しばらく黙ってから言った。
「ひなのさ。忠告、していい?」
「……なに」
「今のままだとさ」
真帆は、ストローをくるっと回した。
「誰かが、諦めるよ」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……誰かって?」
「さあ」
真帆は、わざと曖昧に言う。
「ひなのかもしれないし、相手かもしれない」
「……」
「でもね」
真帆は、私をじっと見た。
「ひなのが“何もしない”って選択を続ける限り、状況は絶対変わらない」
私は視線を落とした。
「……変えたいって、思ってない」
それは、半分本当で、半分嘘だった。
変えたい。
でも、壊したくない。
「ひなの」
真帆は、少しだけ声を落とした。
「自分が傷つくのが怖いからって、相手を待たせ続けるのも、結構残酷だよ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「……私、そんなことしてない」
「してる」
真帆は、きっぱり言った。
「気付いてないだけ」
私は、首を振った。
「……考えすぎ」
「ひなの」
真帆は、ため息をついた。
「それ、逃げだよ」
私は何も言えなかった。
二学期初日。
教室は、少しだけ日焼けした顔で溢れていた。
夏の話題が飛び交う中、私は自分の席に座る。
……斜め前。
朝倉くんは、もう来ていた。
少しだけ髪が短くなっている。
それだけで、胸がざわつく。
(見ない)
そう思って、ノートを出す。
朝倉くんは、振り返らなかった。
それが、少しだけ寂しい。
休み時間。
真帆が小声で言った。
「……ねえ」
「なに」
「気付いた?」
「……何に」
「朝倉くん、あんたの方、全然見ない」
胸が、ちくっとした。
「……そう?」
「前はさ、無意識に目で追ってた」
「……気のせいだよ」
「ひなの」
真帆は、言葉を選ぶように間を置いた。
「諦めるって、突然じゃないんだよ」
私は、何も言えなかった。
放課後。
私は、図書室に逃げた。
静かな場所なら、考えなくて済むと思った。
でも、しばらくすると、足音が聞こえた。
……朝倉くん。
彼は、少し迷ったように立ち止まってから、私の前の席に座った。
「……久しぶり」
小さな声。
「……久しぶり」
それだけ。
沈黙。
前よりも、空気が重い。
(なんで、こんなに……)
私は耐えきれなくなって、口を開いた。
「……夏休み、どうだった?」
朝倉くんは、一瞬驚いたように目を上げた。
「……普通」
「そっか」
会話が、また終わる。
でも彼は、席を立たなかった。
しばらくして、彼が言った。
「白石」
「なに?」
「……何か、あった?」
その問いかけに、心臓が跳ねる。
(何かあったのは、私の方?)
私は、無意識に身構えていた。
「……別に」
朝倉くんは、少しだけ目を伏せた。
「そっか」
それ以上、何も聞かない。
その優しさが、苦しかった。
(聞いてほしかったのに)
(でも、聞かれるのが怖かった)
矛盾した気持ちが、胸の中で絡まる。
帰り道。
私は一人で歩きながら、真帆の言葉を思い出す。
誰かが、諦めるよ
(……誰が?)
私?
朝倉くん?
分からない。
でも、分からないままでいられる時間が、少なくなっている気がした。
私は、立ち止まって空を見上げた。
夕焼けが、夏の終わりを告げている。
(私、何を勘違いしてるんだろう)
(何を、見ないふりしてるんだろう)
答えは出ないまま、
季節だけが、静かに次へ進んでいった。




