第98想 仲間集めは一筋縄じゃない――元演劇部員・黒子の心を開け!
旧校舎。
人の気配がほとんどない廊下の突き当たり、薄暗い資料室の前。
「……ここか」
燈也が足を止める。
扉の前には、一人の女子生徒がいた。
黒髪を肩口で揃え、無表情のまま古い台本をめくっている。
「光野黒子……だよな」
燈也が声をかける。
彼女は顔を上げ、三人を一瞥した。
「……何の用」
声は淡々として、温度がない。
「突然ごめんなさい」
怜花が一歩前に出る。
「私たち、演劇部を再建しようとしていて――」
その言葉を聞いた瞬間、黒子の指が止まった。
「……帰って」
視線を落としたまま、短く言う。
「話くらい聞いてくれてもいいでしょ」
聖妓が食い下がる。
「あなた、演劇が好きだったんでしょ?」
「……だった、ね」
黒子は小さく息を吐く。
「部活は廃部。顧問もいない、場所もない。今更何の意味があるの?」
「それを、もう一度作るんだ」
燈也が静かに言う。
黒子は一瞬だけ燈也を見るが、すぐに視線を逸らした。
「無理よ。そんなの、夢物語」
「……っ」
聖妓が言い返そうとするが、怜花がそっと袖を掴む。
「あなた達みたいに、熱意だけで突っ走っても傷つくだけ……」
黒子は淡々と続ける。
「――私はもう傷つきたくない」
古い台本を胸に抱きしめる。
「演劇部は――私の中で、終わってるの」
「光野さん……」
怜花が悲しそうに呟く。
「だから、悪いけど」
黒子は背を向ける。
「私を、巻き込まないで」
扉が閉まり、静寂が戻る。
「……断られたな」
燈也が小さく言う。
聖妓は拳を握りしめ、悔しそうに歯を食いしばった。
「……それでも」
低く、強い声。
「私は諦めない」
燈也はその横顔を見て、静かに息を吐いた。
「……ああ、それでこそだ。」
校舎裏。
人目につかない、錆びたフェンスに囲まれた一角。
「なあ……頼みがある」
壁にもたれた男子生徒が、落ち着きなく周囲を見回しながら囁く。
「部活動設立を賭けたレースに参加する部活を片っ端からぶっ潰して欲しい。
特に演劇部にはSランクの野郎がついてるみたいなんだ。」
「へぇ~演劇部?」
向かいに立つ不良が、面白そうに口角を上げる。
「平和ボケした連中の割には、面白い用心棒連れてるじゃねぇか。」
男子生徒は声を潜め、唾を飲み込む。
「正直……邪魔なんだよ」
「こっちはこっちで、どうしても部を作りたい理由がある」
「でも正面からやっても勝てそうにない」
「だから――」
不良は察したように、にやりと笑った。
「潰したいってわけか」
「レース前に、足折っときゃいいんだろ?」
「そこまでは……」
男子生徒は一瞬たじろぐが、歯を食いしばる。
「でも、勝つためなら多少の“事故”は仕方ない」
その様子を、少し離れた場所から見下ろす影があった。
廃材の上に腰掛け、石を指先で弄ぶ男。
「……くだらねぇ話だな」
低く、擦れた声。
不良たちが一斉に背筋を伸ばす。
「だが――」
男はにたりと、歪んだ笑みを浮かべる。
「弱そうな奴を泣かせるってんなら」
「話は別だ」
石を手で握りつぶす。
「魔法だの、正義だの」
「綺麗事言ってる奴ほど――」
「折れた時の顔が、最高なんだよ」
不良の一人がへらへらと笑う。
「さすがっすね、兄貴」
「じゃあ、やっていいっすか?」
男は立ち上がり、服の襟を正す。
「好きにしろ」
一拍置いて、吐き捨てた。
部活動設立レースの裏側で、確実に“悪意”は動き出していた。
その日の夜。自室には、落ち着いた静けさが流れていた。
椅子に腰を下ろした燈也は、湯気の立つマグカップを手に、少し考え込むように視線を落とす。
「……でさ。今度は部活動再建だ」
向かいに座るリエラが、首を傾げる。
「部活動?」
「ああ。演劇部」
燈也は短く答え、少し間を置いて続けた。
「転校してきた真条聖妓が、再建したいらしい」
その名前を聞いた瞬間、リエラの指先がわずかに止まる。
「……聖妓」
「確か中学の……」
「同級生だ」
燈也は苦笑する。
「正義感だけは昔から一級品でさ。融通きかねぇし、突っ走るタイプさ。
案の定、魔法執行部に突っかかって即却下されたよ。」
「ふふ……想像できるわ」
リエラは小さく微笑んだ。
「でも、あなたが関わるってことは……
また放っておけなかった、のね」
「まぁな」
燈也は肩をすくめる。
「魔法が使えないのに、魔法に頼らずに何かを成し遂げたいって」
「……そういう奴、嫌いじゃねぇ」
リエラはその言葉に、静かに目を伏せる。
「でも、部活動設立って、簡単じゃないでしょう?」」
「条件付きだ」
燈也は指を折りながら説明する。
「部員四人以上、顧問、それに――」
「魔法執行部とのレースに勝つこと」
「レース……」
リエラが少し驚いた声を出す。
「ふふっ…ずいぶん派手ね」
「だろ?」
燈也は苦く笑う。
「今は仲間集めの真っ最中だが……正直、難航してる」
「元演劇部員にも断られた」
「……それでも、やめるつもりはないんでしょ?」
「ああ」
即答だった。
「聖妓は引かねぇ…
昔から、正義って言葉を盾にしてでも前に進む奴だ」
リエラは燈也を見つめ、柔らかく微笑む。
「あなたも、似ているわ。
傷つくと分かっていても、手を伸ばすところ」
「やめろよ」
燈也は照れたように視線を逸らす。
「ただの腐れ縁だ」
「ふふ……」
リエラは小さく笑い、窓を見つめる。
「でもね、燈也くん」
「誰かが本気で夢を追う時――」
「支えてくれる人がいるって、それだけで力になると思うわよ」
燈也は一瞬、驚いたようにリエラを見てから、静かに頷いた。
「……ああ。そうだな」
窓の外では、夜風がカーテンを揺らしていた。
次回 『第99想 魔法が使えなくても、正義は撃てる』
演劇部再建を目指し、動き出した燈也たち。
だがその裏で、レースを妨害しようとする悪意が静かに牙を研ぐ。
魔法を使えない少女・真条聖妓が示した“正義”の戦いは、
一人の少年の心を動かし、そして新たな波紋を呼ぶ――。
集まらない部員、迫るレース本番。
理想と現実がぶつかる中、試されるのは覚悟。




