第90想 魔法試験・最終局面――過去と確率が牙を剥く
「ヒヒヒ……いいぜぇ!」
天野龍人は肩を揺らし、愉快そうに笑った。
灰色の髪に走る白いメッシュが、神域の無機質な光を反射する。
「俺もよォ……お前とは一度、やってみたかったからなァ!」
その瞳には、かつての仲間を見る温度など微塵もない。
あるのはただ、勝敗と愉悦だけ。
「俺とお前――どっちが上か……」
天野は両腕を広げ、叫ぶ。
「決着、付けようぜ!!!」
次の瞬間。
≪攪乱魔法!!≫
≪補助加速魔法!!≫
燈也の姿がぶれ、空間が歪む。
同時に身体が軽くなり、視界が一気に開けた。
「……陽動のつもりか?」
天野は余裕の笑みを浮かべている。
「まだだ…。」
≪補助強化魔法≫
≪魔断!!≫
燈也は歯を食いしばり、右腕へと魔力を一点集中させた。
血流に乗って魔力が駆け巡り、腕の周囲に淡く光る刃が形成される。
「――はあああっ!」
圧縮された魔力は唸りを上げ、一直線に天野へと迫る。
「おっと……」
だが天野は、まるで結果が分かっていたかのように軽く身を引く。
≪フォールスカット≫
次の瞬間――
燈也の視界が、一瞬だけ歪んだ。
「かはっ…?」
燈也の喉から、短い呻きが漏れる。
身体に走る衝撃。
だが――攻撃したのは、自分のはずだった。
(くっ……何故だ……?)
燈也は歯を食いしばる。
(何故、攻撃した俺の方が……ダメージを受けている!?)
天野は、その反応を待っていたかのように嗤った。
「クヒヒッ!
運が悪かったみたいだなぁ……不知火」
余裕たっぷりの声。
勝利を確信している者の、それだ。
「……っ」
「種明かし、してやろうかぁ?」
天野は指を鳴らす。
「ハァ……ハァ……」
息を荒げながら、燈也は吐き捨てる。
「……余計なお世話だ!!」
だが、内心は焦っていた。
(とは言ったものの……)
視線を鋭くする。
(迂闊に攻撃は出来ねぇ……
アイツの秘密を、暴かねえと……!)
再び、魔力を練り上げる。
≪攪乱魔法!!≫
空間が歪み、視界が揺らぐ。
「懲りずに……同じ技かァ?」
天野の嘲るような声が響く。
≪魔断!!≫
燈也は再び魔力の刃を振るった。
だが、その切っ先が向いたのは――天野ではない。
「……っ!」
狙い澄ました斬撃は床へと叩きつけられた。
「どこを狙って……ッ!」
次の瞬間。
轟音が擬似空間を震わせる。
床が大きく砕け、割れた石片と衝撃波が跳ね上がり、天野の足元を直撃した。
「……クヒヒッ」
一瞬、天野の身体が揺れる。
だがそれも束の間、すぐに愉快そうに喉を鳴らした。
「なるほどなァ……」
砕け散った地形を見下ろし、感心したように続ける。
「直接、俺を攻撃するんじゃなくて……
地形を利用して、間接的に攻撃するってわけか」
その視線が、ゆっくりと燈也へ戻る。
――完全に見抜かれていた。
「いいぜ……発想は嫌いじゃねぇ」
だが、天野は肩をすくめ、余裕の表情を崩さない。
「――だが、残念」
ゆっくりと顔を上げ、歪んだ笑みを浮かべる。
「せっかくのお前の作戦も……」
一拍置いて、言い切った。
「俺の前じゃ、効かないんだよ」
だが次の瞬間、燈也が低く笑った。
「……そうでもねぇぜ」
「ほう……」
天野が目を細める。
「もう気付きやがったか?」
「ああ」
燈也は一歩前に出る。
「ここは俺の心が生んだ幻想……
正しくは、“思い出した”って言った方がいいかもしれねぇ」
天野を真っ直ぐに見据え、続ける。
「お前……運を操ってるんだな?」
「……クヒヒッ」
天野は、隠すことなく頷いた。
「そうだ。俺のスキル――
《悪運強運》は、確率を操る能力だ」
誇らしげに、そして楽しそうに言い放つ。
「だがな、不知火。
思い出したところで――」
指を鳴らす。
「お前の“運”が、俺に勝てねェ限り……
勝ち目はねェぜ?」
「確かにな……」
燈也は拳を握りしめる。
「だがよ」
一瞬だけ、笑った。
「それなら――
最後までやってみなくちゃ、分からねぇだろ?」
「クヒヒッ!!」
天野は腹を抱えて笑う。
「いいじゃねぇか……!
そういうの、嫌いじゃねぇぜ!!」
目をぎらつかせる。
「良いギャンブラー魂だ……
そう来なくちゃ、面白くねぇ!」
だが、すぐに忠告するように指を立てた。
「ただし、気を付けろよ?
そうやって身を滅ぼすギャンブラーは――
掃いて捨てるほどいるからなぁ」
「フッ……」
燈也は鼻で笑う。
「ご忠告、ありがとよ!!
まぁ――」
視線を鋭くする。
「滅ぶのは、テメェの方だけどな」
≪魔法弾!≫
燈也の指先から、貫通力を高めた魔法弾が放たれる。
一直線に、天野の胸元を狙って――。
「今度は遠距離か……」
天野は舌打ちする。
「甘ちょろいんだよ」
低く囁くように詠唱する。
『さぁ張りな。攻めるか、外すか――
当たりを引くのは、いつも俺だ』
≪フォールスカット!!≫
次の瞬間、魔法弾の軌道が歪み、
燈也の身体へと“結果”が跳ね返る。
「ちっ……!」
燈也は後退しながら歯を食いしばる。
「遠距離に対しても発動するのか……
それなら――」
詠唱を切り替える。
≪補助魔法≫
光の鎖が空間を走り、天野の四肢を絡め取った。
「……お?」
天野の動きが、止まる。
「捉えた」
燈也は静かに言う。
「これなら――
流石に避けられねぇだろ」
全身に魔力を集中させ、腕を振り上げる。
≪魔断!!≫
「クヒヒッ……それはどうかな?」
天野の嗤い声が、空間に溶けた瞬間だった。
≪セカンドディール≫
――視界が、歪む。
「……っ!?」
燈也が反射的に振り向いた、その時にはもう遅い。
天野の姿は正面から消え、次の瞬間――背後に、気配。
「なに――!」
背筋を冷たいものが走る。
「てめぇの手の内なんぞ、とっくに読んでんだよ」
耳元で囁かれる、勝ち誇った声。
「――終わりだッ!!」
天野が両腕を広げ、魔力を一気に収束させる。
空間そのものが軋み、確率が“収束”していく感覚。
『賭けはここまでだ。
揃った瞬間――運命は、確定する』
≪ジャックポット≫
放たれた一撃は、避けるという選択肢すら許さない。
“当たる未来”だけを選び抜いた、必然の攻撃。
「しまっ――!」
燈也は咄嗟に魔力を展開する。
≪魔法障壁!!≫
半透明の防御膜が前面に広がる。
だが――
「ぐっ……!」
轟音。
障壁は砕け散り、衝撃がそのまま燈也の身体を打ち抜いた。
地面を転がり、息が詰まる。
「……く、そ……」
防御は間に合った。
だが、完全ではない。
確かな痛みとダメージが、全身に残る。
天野は、その様子を見下ろしながら肩をすくめた。
「惜しかったなァ……
ほんと、もう少しだったのによ」
余裕の笑み。
勝利を確信した者の表情。
(……やっぱりな)
燈也は歯を食いしばる。
(腐っても……Sランク。
強ぇ……)
触れるだけで勝てる。
それが分かっているのに――
(それすら、出来ねぇ……!)
「どうした?」
天野が手を広げる。
「もうフォールドするか?」
その言葉に、燈也はゆっくりと立ち上がった。
「……んなわけ、ねぇだろ」
視線を上げ、天野を睨み据える。
「幻だろうと……
先輩の仇が、目の前にいるんだ」
拳が、震える。
怒りか、恐怖か、それとも――覚悟か。
「てめぇをぶん殴るまで……」
低く、噛み締めるように言い放つ。
「俺は、絶対に引き下がらねぇ!!」
脳裏に浮かぶ、先輩の背中。
そして――仲間たちの顔。
逃げる理由など、どこにもなかった。
≪魔力最大解放!!≫
燈也の身体から、魔力が奔流のように溢れ出す。
空間が震え、神域の白と黒が大きく揺らぐ。
「……イヒヒッ」
天野の目が、爛々と輝いた。
「そうだ……その目だよ」
愉悦に満ちた声。
「最高じゃねぇか」
腕を構え、迎え撃つ。
「来いよ!!
てめぇを返り討ちにして――」
口角を大きく吊り上げる。
「俺が“最強”だってこと、認めさせてやるからよォ!!」
燈也は、一歩踏み出す。
「行くぞ!!!」
過去とトラウマ、そして運命そのものを賭けた戦いが、
今――最終局面へと突入する。
次回予告 『第91想 魔法試験・最終局――確率を超えた意志、因縁の決着』
確率を歪める能力の使い手にして主人公と同じSランクを持つ者同士の戦い。
死闘の果て、勝つのはどちらだ?
運か、意志か。
過去か、今か。
トラウマを超えたその先で、
燈也が掴む結末とは?
魔法試験、最後の試練。――ついに決着。




