第89想 魔法試験・最後の関門――越えられぬ過去、越えるべき今(3)
うっそうと茂る森の擬似空間。
絡み合う蔦と高く伸びた木々が空を覆い、薄暗い影が地面に落ちている。
その中心で――
怜花は巨大な蜘蛛と対峙していた。
「きゃ……糸が!」
鋭く放たれた粘つく糸が、怜花の腕と脚に絡みつく。
引き寄せられる感覚に、心臓が跳ね上がる。
「終わりダ。小娘……」
蜘蛛の声は、空気を震わせることなく、直接脳内に響いた。
嘲るような、愉悦を含んだ笑い。
「……っ、助けて……!」
喉から漏れた小さな声。
その瞬間、怜花の脳裏に二つの言葉がよぎる。
――気持ちだけでは、夢は届かない。
――夢を実現させるには、力がいるのよ……。
そして、もう一つ。
――燈也さんがいないあなたに、勝てるわけがないじゃないですか?――
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……いや……」
怜花は、震える唇を噛みしめた。
「だめ……ここには、燈也さんはいないんだから……」
糸に絡め取られながらも、必死に顔を上げる。
「これは……私が、私自身で乗り越えなくちゃいけない試練……」
仲間たちの姿が浮かぶ。
それぞれが、恐怖と向き合い、戦っているはずだ。
「……きっと、皆さんも一生懸命戦っている……」
怜花の瞳に、弱さの奥にある強さが宿る。
「だから……私だけ、諦めるわけにはいかないんです」
魔力が、静かに集まる。
『光よ、束ね
逃げ場なき輪となれ』
≪縛光結界≫
淡い光の輪が広がり、蜘蛛の動きを縛り上げる。
「キヒヒッ……その程度ノ魔法、効かん」
蜘蛛は脚を軋ませ、結界を押し返そうとする。
だが――
怜花は、まだ諦めていなかった。
「……それに」
小さく、しかし確かな声。
「……約束したんです」
脳裏に浮かぶ、燈也の言葉。
――明日の試験も、一緒に頑張ろうぜ――
胸の奥が、温かくなる。
「どんなに……どんなに怖い敵でも……」
怜花は、正面から蜘蛛を見据えた。
「……絶対に、ここで勝って――
皆で、試験をクリアするんです!!!」
『照らせ!』
≪初級光魔法≫
眩い光が放たれ、蜘蛛の視界を奪う。
さらに、怜花は両手を掲げ、詠唱を続けた。
『夜空に散る無数の願い
光となりて、雨のごとく
彼の者に、裁きと救いを』
≪広域光魔法 星光の煌めき≫
無数の光が、星の雨のように降り注ぐ。
蜘蛛の巨体は光に包まれ動きを止めた。
止めた蜘蛛にライセンスが触れる。
「……やった……」
糸がほどけ、怜花はその場に崩れ落ちそうになりながらも、立ち続ける。
「やりました……!」
蜘蛛は、静かに消えゆく中で、最後に問いかけた。
「お前ニハ……
この先、更なる困難ガ待ち受けてイルダロウ。
ソレデモ……お前は行くのか?」
怜花は、迷わなかった。
「はい」
まっすぐな瞳で、はっきりと答える。
「私は……最後まで、諦めません」
そして、微笑んだ。
「それに……燈也さんとなら、きっと乗り越えていけるはずです」
「……フッ」
蜘蛛は、どこか満足そうに笑う。
「せいぜい……ガンバるとイイ……」
そう言い残し、完全に光へと溶けていった。
森に、静寂が戻る。
怜花は胸に手を当て、深く息を吸った。
恐怖は、まだ残っている。
それでも――確かに、一歩前へ進めた。
♢♢♢
「最後の試練……油断は出来ない」
燈也は神域の静寂の中で、ゆっくりと息を吐いた。
白と黒の命を感じない世界。
(皆は……大丈夫だろうか?)
仲間たちの顔が脳裏をよぎる。
「クヒヒ……」
その思考を読んだかのように、目の前の男――天野龍人が下卑た笑みを浮かべる。
「周りの心配でもしてんのか?
相変わらず甘ちゃんだなァ……」
「……テメェに言われる筋合いはねぇよ」
燈也は低く吐き捨てる。
「……久しぶりに会ったっていうのに、冷たいなァ」
天野はゆっくりと歩み寄り、距離を詰めてくる。
「俺とお前の仲じゃないか? なァ……相棒」
「相棒だと……?」
燈也の声に、怒りが滲む。
「ふざけるな!!」
「ヒヒ……そう怒んなよ」
男は肩をすくめ、愉快そうに笑った。
「まあ、無理もねぇか。
大好きな“先輩”を殺したのは――この俺なんだからなァ」
その一言で、世界が歪んだ。
「……テメェ……」
歯を食いしばる。
喉の奥が、ひくりと震える。
「ほう?」
男は、燈也の表情を楽しむように顔を近づける。
「あの時……
何も出来ずに見殺しにしたお前が…」
耳元で、囁く。
「毎日毎日、悪夢に魘されてる泣き虫が……
随分と吠えるようになったじゃねェか?」
「……っ」
「ヒヒヒ……」
嗤い声が響く。
「まだトラウマが、直ったわけじゃねェだろ?」
胸の奥に、あの日の光景が蘇る。
血の匂い。
伸ばした手は、何も掴めなかった。
(……落ち着け)
燈也は、強く目を閉じる。
(こいつは本物じゃねぇ……
俺の心が生み出した幻想だ)
ゆっくりと目を開き、真っ直ぐに男を睨み据える。
「……俺は」
一歩、前に出る。
「テメェをぶっ倒して――」
恐怖も、後悔も、怒りも。
すべてを抱えたまま、拳を握り締める。
「このトラウマを……乗り越える!!!」
かつての仲間。裏切りの象徴。
そして――燈也自身が越えるべき、最大の壁。
最後の試練が始まる!
次回 『第90想 魔法試験・最終局面――過去と確率が牙を剥く』
燈也の前に立ちはだかるのは、かつての相棒――天野龍人。
裏切りと後悔、消えないトラウマが牙を剥く中、
確率を歪める“悪運強運”が戦いを支配する。
心が折れるか、過去を超えるか――
神域で始まる、因縁と覚悟の決着。




