第88想 魔法試験・最後の関門――越えられぬ過去、越えるべき今(2)
学校のような擬似空間。
白い廊下、整然と並ぶ教室の扉、窓の外には不自然なほど静かな夕焼け色の空。
見慣れたはずの光景なのに、空気だけが異様に張り詰めていた。
その廊下の中央で、郷夜は一人、足を止めていた。
その正面――
腕を組み、冷え切った視線を向けて立つ人物。
魔法教師――ドライツェン・エクレール。
「どうした、風間? 来ないのか?」
低く、抑揚のない声。
教室で聞くよりも、何倍も重く響く。
「い、いや……さすがに先生相手は……」
郷夜は思わず一歩後ずさる。
冗談抜きで、学校一怖い存在だ。
魔物よりも、下手な試練よりも。
「来ないのならば――吾輩から行くぞ」
「えっ……いや! ちょっと待ってくださいって!
それに、もし本物だったらどうするんですか!!」
動揺する郷夜をよそに、ドライツェンは淡々と魔力を解放する。
『光の届かぬ深淵より
影は集い、闇は形を成す
無慈悲なる黒よ、今ここに――』
≪上級闇魔法 ギガ・ザラム≫
床から影が噴き上がり、黒い奔流となって迫る。
「ひいいいいいいっ!!」
郷夜は半ば反射で詠唱した。
『風よ、オレ様の盾となれ』
≪蒼風の旋風壁≫
渦巻く風が前面に展開され、闇の魔法を辛うじて受け止める。
衝撃で身体が後方へ弾かれ、壁に背中を打ち付けた。
「くそっ……シャレになってねぇぞ!!」
「喋る暇があるなら、かかって来たらどうだ?」
相変わらず、表情一つ変えない。
「……っ、くそ!
後で文句言うなよ!!!」
郷夜は歯を食いしばり、魔力を一気に高める。
『情熱は赤く、風は速く!
瞬速でぶち抜け!』
≪赤き瞬風の風弾
≫
赤みを帯びた風の弾丸が一直線に飛ぶ。
廊下の空気を切り裂き、確かな手応えで命中――した、はずだった。
「へっ……どうだ!?」
しかし。
「筋は悪くないが……まだまだ甘いな」
煙が晴れると、そこには――
何事もなかったかのように立つドライツェンの姿。
服に乱れ一つない。
「くそ……無傷かよ……」
思わず膝が笑う。
「大体よぉ、センコー相手に勝てるわけねえだろ!!」
思わず本音が漏れる。
「嘆かわしい……
お前は、何のためにここまで来たのか?」
その言葉に、郷夜の動きが止まった。
「それは……」
脳裏に浮かぶ、仲間たちの顔。
それぞれが恐怖と向き合い、必死に戦っている姿。
「……そうだ」
拳を握りしめる。
「オレ様だけ、ここで諦めるなんて……
そんなカッコ悪い真似、出来るかよ!!」
郷夜は叫ぶように言い切り、胸の奥で荒れ狂う鼓動を必死に抑えた。
(おっ……落ち着け……)
深呼吸する。
(あいつは幻だ。試練が見せてるだけの存在。
ホンモノじゃねぇ……)
視線を上げ、真正面からドライツェンを睨み返す。
「これは相手を倒すための戦いじゃねぇ……」
郷夜は一歩、前へ踏み出す。
「てめえに触れるぐらいなら……
オレ様にだって――」
魔力を一気に解放する。
『疾き風よ、オレ様に従え
紫に染まり、渦となれ』
≪疾風の紫旋風!≫
紫色の烈風が巻き起こり、床を削りながらドライツェンへと襲いかかる。
教室の扉が音を立てて吹き飛び、廊下の空気が悲鳴を上げた。
だが――
『闇よ、集え
影を束ね、黒き壁となりて、我が身を守れ――』
≪幽冥の壁≫
影が蠢き、殻のようにドライツェンの身体を包み込む。
旋風はぶつかると同時に霧散した。
「くそ……!」
歯を食いしばる郷夜。
「甘いのである」
低く、冷たい声。
「生徒が吾輩に当てるなど、本当に出来ると思ったのか?」
ドライツェンは杖を構え直し、さらに濃い魔力を練り上げる。
『罪を知れ
地の底に棲む呪いよ
その身を鎖へと変じ、抵抗を許すな』
≪黒鎖大蛇!≫
影から現れた黒い鎖が、大蛇のように蠢き、郷夜へと伸びる。
「……へっ」
郷夜は、不敵に笑った。
「お前が本物なら……出来ねぇだろうな」
鎖が迫る。
「だがな――
てめぇがニセモノなら……」
鎖が郷夜の身体を貫いた、はずだった。
「オレ様だって――」
その瞬間、郷夜の姿が風の粒子となって霧散する。
「……できるんだよ!!!」
≪碧風の幻影≫
背後から響いた声に、ドライツェンの目がわずかに見開かれる。
「……バカな。変わり身だと……」
「本物は、こっちだぜ!」
郷夜はすでに間合いの内側。
全身に風を纏い、最後の魔法を解放する。
『静寂は終わりだ
ここからは――嵐の番だ』
≪逆巻く暴風の猛進!!≫
爆発的な突風と共に、郷夜は一直線に突っ込んだ。
視界が白く弾ける。
その手に握られたライセンスが――
確かに、ドライツェンの胸元へと触れた。
「……やったぜ」
嵐が止み、郷夜は息を切らしながら笑う。
「オレ様の勝ちだ!」
沈黙の後、ドライツェンは小さく鼻を鳴らした。
「……フン」
その表情に、いつもの厳しさはない。
「見事である。
今の貴様なら――本物の吾輩も、褒めるかもしれんな……」
そう言い残し、ドライツェンの姿は霧となって消えていった。
静まり返る校舎。
「……へへっ……」
郷夜は頭をかき、少し照れたように呟く。
「ありがとよ……ドライツェン先生」
その声は、誰に届くでもなく、
だが確かに――彼自身の成長を証明していた。
次回 『第89想 魔法試験・最後の関門――越えられぬ過去、越えるべき今(3)』
魔法試験、最後の試練。
仲間たちはそれぞれ、心の奥に刻まれた“恐怖”と対峙する。
そして燈也の前に現れたのは、忘れ得ぬ裏切りの男――天野。
果たして彼らは、自分自身を乗り越えられるのか。




