第80想 第五の関門――影との死闘!仲間達の敗北を選別する試験2
別の隔絶された空間では、湿った空気が重く垂れ込めていた。
足元には浅く水が張り、癒水が一歩踏み出すたび、静かな波紋が広がる。
その正面に立つのは、自分と同じ姿をした存在。
穏やかな微笑みを歪めた、“もう一人の癒水”。
癒水は深く息を吸い、両手を前に差し出す。
『泡となり、霞となり 争いの目を曇らせよ』
≪幻泡霧!≫
淡い泡が無数に生まれ、霧のように広がっていく。
視界を覆う水の膜が、相手の輪郭を曖昧に溶かしていった。
「これで……!」
だが。
「そんな目くらましじゃ、勝てませんよ。」
霧の向こうから、余裕を含んだ声が響く。
次の瞬間、強烈な魔力の水流が泡を押し潰した。
『押し流せ!水流の流舞!』
≪中級水魔法 メガ・アクア!≫
圧縮された水流が咆哮を上げ、泡と霧を一気に吹き飛ばす。
逃げ場を失った癒水を、水の塊が真正面から叩きつけた。
「きゃっ……!」
身体が宙を舞い、背中から水面に叩き落とされる。
冷たい衝撃が全身を貫き、肺から空気が漏れた。
「傷つくのが……傷つけるのが怖い?」
セレナの幻影が水の上を歩きながら近づき囁く。
「あなたは優しい。でも、攻撃しなきゃ勝つことは出来ない。……負けたくない理由があるんでしょ?」
その言葉は、優しさを責める刃だった。
「けほっ……分かっています。」
癒水は歯を噛みしめ、ゆっくりと立ち上がる。
膝は震え、腕は重い。それでも、目だけは逸らさなかった。
「私は……ここで、負けるわけにはいかないんです!」
水面が激しく揺れ、癒水の魔力に呼応して渦を巻く。
『集え、水よ
流れは束ね、力は重ね
大河となりて敵を呑み込め』
≪上級水魔法 ギガ・アクア!!≫
圧倒的な水量が集束し、巨大な水流となって解き放たれる。
まるで大河そのもの。癒水の覚悟が、形となって押し寄せた。
「流石ですね。でも……」
ドッペルゲンガーは一歩も退かず、同じ詠唱を重ねる。
≪上級水魔法 ギガ・アクア!!≫
二つの水流が正面衝突する。
水と水がぶつかり合い、衝撃が空間を引き裂く。
しかし――
癒水の水流がわずかに押し負ける。
魔力の密度、覚悟の重さ、その僅差が決定的な差となった。
「そんな……」
水に飲み込まれ、癒水は再び地に伏す。
視界が滲み、胸が締め付けられる。
「覚悟の無い攻撃では、誰も倒せませんよ。」
ドッペルゲンガーは冷たく、だがどこか哀れむように見下ろした。
その様子を眺めていた、セレナが静かに呟く。
「惜しい。甘さを捨てきれない。
それは良さでもあり、悪さでもある。」
癒水の戦意が静かに削れていくのを感じ取り、続ける。
「でも、だからこそ……ここを越えるのは厳しい。
残るは二人。今のところ、一番可能性があるのは……流水かな。」
その言葉を最後に、幻影は霧と共に消えた。
流水とドッペルゲンガーは、霧がかった擬似空間の中央で向かい合っていた。
床に刻まれた魔法陣が淡く脈動し、二人の足元で水面のように揺らいでいる。
「アハハ!もう、降参したら?」
甲高く、耳に残る笑い声。
ドッペルゲンガーは流水と同じ姿、同じ声で、しかし決定的に違う“余裕”を纏っていた。
次の瞬間、ドッペルゲンガーの魔力が一気に膨れ上がる。
『海はすべてを覆い尽くす。逃げ場なき波となれ!』
≪オーシャンアーツ参の技 白鯨≫
水が爆発的に集束し、巨大なうねりとなって脚に纏う。
蹴りと同時に放たれたそれは、もはや単なる攻撃ではない。
逃げ場を塞ぎ、飲み込むための“海”そのものだった。
「まだよ!」
流水は歯を食いしばり、即座に魔法を切り替える。
『流れに乗る』
≪オーシャンアーツ壱の型 流歩≫
脚に集中した魔力が水のように循環し、身体が軽くなる。
彼女は波の隙間を縫うように踏み込み、白鯨の直撃を紙一重で回避した。
着地と同時に、間髪入れず反撃に転じる。
『細く、速く 研ぎ澄まされた水の刃』
≪オーシャンアーツ七の技 緑魛≫
鋭く伸びた流水の蹴り。
圧縮された水刃が空気を切り裂き、一直線にドッペルゲンガーへと迫る。
――だが。
≪オーシャンアーツ七の技 緑魛≫
まったく同じ魔法、同じ軌道。
二つの水刃が激突し、衝撃波が空間を震わせた。
「くっ……!」
流水は弾かれるように後退し、距離を取る。
息がわずかに乱れるのを、自分でも自覚していた。
「アハハ!やるわね」
ドッペルゲンガーは楽しそうに拍手すらしそうな勢いで笑う。
「でも、もう終わり…」
その言葉と同時に、姿が掻き消えた。
「――っ!?」
気配だけが、一瞬遅れて流水の背後に滑り込む。
『静かな海に、赤き影 逃げ場はないわ』
≪オーシャンアーツ伍の技 赫鮫≫
死角から放たれる鋭い蹴り。
水を纏った一撃が、確実に急所を狙っていた。
「まずい……!」
反射的に、流水は意識を内側へと沈める。
『心を澄まし 流れと一つに』
≪オーシャンアーツ弐の型 流舞≫
精神を統一し、相手の力を受け流す技。
だが――
「あらゆるものを受け流し相手に返すカウンターの構え。素晴らしい技だけど……」
ドッペルゲンガーが、至近距離でにやりと笑った。
「しまっ……」
一瞬の躊躇。
その隙を逃すはずもなく、蹴りが直撃する。
「きゃあ!!」
流水の身体が宙を舞い、床へと叩きつけられる。
魔法陣が大きく揺れ、衝撃が全身に走った。
「残念…」
セレナの幻影が、遠くから静かに呟く。
「心に迷いがある状態では、折角の技も生かせなかったみたいね…。これで残るは……」
その言葉が、擬似空間に淡く溶けていく。
次回 『第81想 己を超え、絶望を断て――最後の希望、不知火燈也覚醒!』
「前半戦、最後の関門――!
仲間たちは影の自分に次々と打ち倒され、絶望が迷宮を覆う。
その時、残された最後の希望はただ一人――不知火燈也。
黒き力を解き放ち、封じられたSランクの力が今、解放される。
闇を切り裂き、己の拳で運命を打ち砕け――!




