第8想 語るな
前回までのあらすじ
魔法執行部本部に連行された燈也は、部長との一対一の対決をすることになる。
部長の次々と繰り出される強力な魔法と特殊能力に翻弄され、防戦一方に追い込まれる燈也。
反撃の糸口すら掴めぬまま、戦況は不利に傾いていく。
果たして燈也はこの状況を打開できるのか?
「勝負はついたな」
工藤英明が静かにそう告げた瞬間、周囲にも終わりの空気が流れた。
地面に倒れ込む不知火燈也。その元へ、飛ぶように二人の少女が駆け寄る。
「燈也さん大丈夫ですか?」
「燈也くん!」
加ヶ瀬怜花とリエラが不安げな声を重ねる。
「あなたは…あの事件から何も変わっていないのね」
すべてを見透かしたような声音で、燈也を射抜く。
「なに…」
痛む身体を押さえながら、燈也は地面に伏したまま高天原帝亜を睨みつけた。
「燈也くん、そんなヤツの言う事を聞いちゃ駄目よ!」
リエラが必死に制止する。
しかし、帝亜は淡々と、残酷なほど真っ直ぐに言葉を落とした。
「辛い過去から目を逸らし現実から逃げてるだけ…それが今のキミでしょ?」
「俺は…逃げてなんか…」
否定しようとした瞬間、声が止まった。
「いいえ逃げてるわ。今のキミに魔法を使う資格なんてない。キミの魔法じゃ誰も守れない。」
その言葉は、燈也の胸に深く突き刺さり、心の奥で何かが崩れ落ちた。
(……資格がない。そう、俺の魔法じゃ……誰も……)
「マスターが本気出したらあんたなんかイチコロなんだから!」
リエラが吠えるように反論する。
「なら証明してみなさいよ?
魔法を使えないヘタレのキミには……無理だと思うけどね」
「ふふ……あはははは!」
嘲笑う帝亜の声が広場に響く。
そのとき——
「…そ…そんなことないです!」
震える声が、帝亜の笑いを断ち切った。
声の主は怜花。強大な帝亜を前に、怯えながらも一歩も引かず叫んでいた。
「燈也さんは私を助けてくれました。応援してくれました。」
涙が揺れ、それでも必死に続ける。
「加ヶ瀬…!」
燈也の目が大きく開く。
怜花の言葉に、周りも息をのんだ。
「例え魔法が使えなくても…燈也さんは立派な魔法使いです。
ヘタレなんじゃありません!」
その真っ直ぐな信頼は、かつて燈也が失った“あの日の声”と重なった。
「私は……燈也さんを信じています!!」
その言葉が、燈也の胸に灯った小さな火種を、再び燃え上がらせた。
「——へぇ。言うじゃない」
ここまで言うとは思っていなかったのか、帝亜は小さく目を見開いたが、すぐに挑発的な笑みを浮かべる。
「それで? まだやる気あるの、不知火燈也クン?」
ゆっくりと、燈也の瞳に光が戻り始めた。
「…当たり前だ…」
怜花が勇気を振り絞って自分を庇い、帝亜に立ちはだかった。
そんな姿を見て逃げるなんて——
そんな格好悪い真似、できるわけがない。
「勝負は……ここからだ」
燈也が痛みを堪えながら立ち上がると、空気が震える。
暗かった瞳に、再び火が灯る。
今度は逃げない。
もう二度と。
「…下がってろ…」
「燈也さん!でもその身体では…」
怜花が今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめる。
「…大丈夫だ」
――嘘だ。身体はもう限界を主張し始めている。
けれど、それでも倒れるわけにはいかない。応援してくれる奴らがいる以上、諦める選択肢なんてない。――
「ありがとな…怜花」
せめて安心させたくて、全力で笑みを作る。
「燈也さん…頑張ってくださいね」
怜花もまた、彼の決意を受け止めるように強く頷いた。
「お別れは済んだかしら?」
挑発でも余裕でもなく、ただ“見届けた”という風に帝亜が言った。
「ああ…待たせたな」
燈也の瞳はもう迷っていない。決意の色が宿っていた。
(目つきが少し変わったわね…これは楽しめそう)
帝亜はメガネを外し、静かに詠唱を始めた。
≪月光装衣 大魔女モード!≫
魔法陣が花開くように広がり、帝亜の姿が一変する。
長髪は赤く艶めき、豪奢な黒衣のドレスと深紅のマントが風に揺れた。頭には悪魔じみた二本の角、そして圧迫感すらある膨大な魔力。
「人間風情が妾の前に立ったことを後悔させてやろう…」
さっきまでの帝亜とは別人のようだった。
その姿を見た英明たちが息を呑む。
「あれって…」
「ああ…あれを出してきたか…」
燈也も悟る。
「見た目もセリフも、アニメのラスボスそのまんま…でも、これはただのコスプレじゃない。魔力も殺気も本物だ。さっきまでは本気じゃなかったってわけか」
今度こそ油断はない。燈也は身構え、拳を握る。
「それがお前の本気ってわけか…」
「さて…貴様はどこまで抗えるかな?」
帝亜が片手を掲げると、血のような赤い魔力が渦を巻いた。
≪咎人の血刃≫
血液を刃として実体化させ、それを高圧で射出する異質の魔法。
一発一発が殺意の塊だった。
「…厄介だな」
ーー魔法そのものが変質している…。まるで別の存在になってるみたいだ。ーー
燈也は大岩の影に飛び込み、魔法壁を展開する。冷静に…ただ冷静に相手を観察する。
「ほう。無策に突っ込むのをやめたようだな。多少は学習したか」
帝亜は笑う。
「だが、防戦一方では我には勝てぬ」
その通りだ。
魔法壁は軋み、ひびが入り始める。
隠れていた大岩も血刃により削られていく。
「ふふ…さぁ、いつまで耐えられる?」
刃がさらに迫り――
「くっ…!」
壁が悲鳴を上げた。
ついに魔法壁が悲鳴を上げ、盛大に砕け散った。
衝撃で砂煙が巻き上がり、視界が一気に白く濁る。
帝亜の視界から、燈也の姿が――消えた。
「うぉおおおおおおッ!」
砂煙を切り裂くように、燈也の叫びが響く。
燈也はわずかな隙を逃さず、地面を強く蹴った。
その身体の周囲に、小規模の魔法壁が次々と展開されていく。
さっきの大型魔法壁とは違い、強度は低いが動きながら張れる瞬間展開式の障壁だ。
さらに――
≪魔法障壁展開≫
≪補助魔法加速強化≫
≪攪乱魔法≫
加速強化で身体が光の残像を引き、
攪乱魔法で蜃気楼のような幻影が数体、並走する。
「ほう…一度に三つの補助魔法を。あれで我の魔法を潜り抜けるつもりか」
帝亜が興味深そうに目を細める。
その作戦は見事に功を奏した。
燈也が一気に懐へ飛び込み、帝亜に迫る。
「いっけぇ~~!! ともくん!!」
観客席でななみが叫ぶ。
そして――ついに拳が届く間合い。
「そこだァッ!!!」
燈也は拳に魔力を叩き込み、渾身の一撃を振り下ろす。
だが。
≪吸魔の獄神壁≫
帝亜の前に、黒い血のような液体が広がり、
それが盾のように形を成して拳を受け止める。
それだけでは終わらない。
「っ…魔力を吸って……!」
拳に込めた魔力が、触れた瞬間じゅうじゅうと吸われていく。
力が抜け、手の感覚が一瞬で鈍った。
「クソッ!」
慌てて距離を取る燈也。
「あ~~もう少しだったのに……」
ななみが肩を落とす。
「動きはいい。だが…威力が足りないな」
冷静に英明が分析する。
「ふふふ…惜しかったな」
帝亜は口角を上げ、楽しそうに笑う。
燈也は息を荒げながら、唇を噛む。
「…くそ。やはりあの技を使うしか、ないのか……」
燈也には一つだけ切り札がある。
「だが……今の俺で出来んのか……?」
嫌な汗が頬を伝う。
腕が微かに震える。
「どうした? …休んでる暇はないぞ?」
帝亜が次の魔法を詠唱する。
≪咲き乱れる氷神槍≫
周囲の温度が一気に凍りつき、
帝亜の背後に数百、いや数千の氷槍が咲き乱れるように浮かび上がる。
「……迷ってる時間はないか」
燈也は歯を食いしばり、再び魔法を重ねがけする。
≪補助魔法加速強化≫
≪攪乱魔法≫
幻影を散らしながら氷雨をくぐり抜け、
帝亜に近づこうとする――が。
一瞬の判断ミス。
「っ!!」
鋭い氷槍が一本、足を貫いた。
「ぐ…っ、くそっ……!」
足が止まる。
激痛に思わず膝が沈み追撃が容赦なく迫る。
≪魔炎の魔神砲≫
「――ッ!!」
至近距離で爆熱の魔弾がまともに燈也の身体を撃ち抜く。
「ぐっ……ふ……!」
爆風に吹き飛ばされ、燈也の身体が地面を転がった。
膝をつき、口から血が落ちる。
呼吸は荒れ、肺が焼けるように痛い。
それでも――心の奥底で、何かがまだ燻っていた。
「さっきまでの威勢はどうした? やはり限界か? …ふん、あいつもバカだな。こんな落ちこぼれを助けて死んだとはな」
帝亜の嘲笑は鋭く、冷たく、容赦がない。
その言葉は刃のように燈也の胸を切り裂いた。
――やめろ。
心が後退りする。
諦めがじわじわと広がり、視界から色が奪われていく。
「……はぁ…はぁ……確かに……俺はバカだ……」
弱々しい声が零れたその瞬間――
暗闇の中で、一筋の光が差し込んだ。
“あの人”の後ろ姿が、浮かんだ。
歪んだ記憶ではない。
悲しい最期でもない。
ただ、自分に手を差し伸べてくれたあの優しい笑顔。
「……けどな」
その光を握りしめるように、燈也はゆっくりと立ち上がる。
ふらつく足を、意地と気迫で地面に固定する。
「先輩をバカにするのは――――許さないッ!!」
血が滲むほど拳を握り締め、叫びが喉を裂く。
身体は限界を超え、全身が悲鳴を上げている。
だがその瞳だけは、もう微塵も揺らいでいなかった。
――覚悟は決まった。
出来るか出来ないかじゃない。
やるしかない。
ここで逃げたら、あの人の想いを踏みにじることになる。
怜花の言葉も裏切ることになる。
「見せてやるよ……俺の魔法を!!」
燈也は拳を高く掲げ、魔導陣を展開した。
『術式展開――魔力、最大解放ッッ!!!』
瞬間、燈也の体から魔力が爆発的に溢れ出す。
黒いオーラが嵐のように吹き荒れ、地面を抉り、空気を震わせた。
「なっ……なんて魔力……これがSランク……」
「すごい……こんなの、初めて見ました……!」
周りが息を呑む。
その魔力量は帝亜を遥かに凌駕し、見るもの全てに本能的な恐怖と畏敬を抱かせた。
「ふふ……素晴らしい……! まさかこれほどとはな……! だが――」
帝亜は震えるどころか、笑っていた。
対等の、いやそれ以上の強者を前に、血が沸き立つ。
≪黒炎の滅龍覇!!!≫
帝亜の左手に凝縮された炎が膨れ上がり、
やがて巨大な黒炎の塊となった。
ゆらめく地獄の太陽。
圧倒的な熱量で空間が揺らぎ、地面が溶ける。
「ここで何もできず終わるなら、お前も、あの子も――選択を間違えただけの負け犬だ!」
帝亜の一撃に込められたのは、
“先輩の選択”そのものを否定する言葉。
「違うッ!!」
トラウマの残影が脳裏に過る。
痛み、喪失、後悔――それでも。
燈也はそのすべてを握り潰した。
――震えるな。
――折れるな。
ここで負けたら、全部が嘘になる。
「先輩は……こんな俺を救ってくれた……! 先輩は……立派な人だ!!」
右手に魔力を集中させ、
魔力の刃を剣のように形成する。
幻影も障壁もない。
策も小細工もない。
ただ、真正面から――ただ一撃をぶつける。
「口先だけでは……何とでも言えるものだ。終わりだ、不知火燈也!」
帝亜が巨大な黒炎を振り下ろす。
龍のような軌道を描き、空気ごと焼き尽くしながら迫る。
炎が燈也を飲み込み、周囲の光景を真紅に染めた。
「燈也くんッ!!」
「燈也さんッ!!」
怜花達の絶叫が響いたその時――
炎を裂く閃光。
熱を切り裂き、灼熱の海を二分する一筋の軌跡。
「――ッ!?」
帝亜の表情に、初めて焦りが走る。
炎の中心から、燈也が飛び出してきた。
燃え盛る炎を背に、黒い剣を振りかざし――
「何も知らないお前が……先輩を語るなぁぁぁぁぁッッ!!!」
渾身の力を右手に宿し、
≪夢幻の断斬ッッ!!!≫
魔力の刃が帝亜へ向かって振り下ろされる。
次回 『第9想 過去と今』
激突する帝亜と燈也――
交錯する想いが、ついに最終局面へ!
そして明かされる、主人公に隠された“真実の過去”。
運命の歯車が大きく動き出す次回――物語は新たな章へ!




