第71想 第四の試練 妖術 |石神八陣《せきじんはちじん》!!
外から術で様子を見ているのだろう。
声だけが、迷宮全体に反響する。
「それだけではないぞ。迂闊に壁を攻撃すると……」
次の瞬間。
「なっ……今度は水が溢れてきたわ!!!」
勢いよく押し寄せてくる濁流に、流水が思わず声を張り上げる。
迷宮のありとあらゆる場所から水が噴き出し、瞬く間に足元を濡らしていく。
力では突破できない。
判断を誤れば、罠は容赦なく牙を剥く。
≪魔法障壁≫
燈也が即座に詠唱し、淡く光る防御壁を展開する。
半透明の膜に水流が激突し、激しい音を立てて弾かれた。
「ふぅ……」
燈也が短く息を吐く。
「ほら見なさい。そんな方法が上手くいくわけないのよ」
流水が腕を組み、郷夜を睨みつける。
「いえ…、そうでもないかもしれません」
その時、癒水が静かだが確信を帯びた声で口を開き、ある一点を指差した。
「あれを見て下さい。義兄さんがさっき攻撃した箇所が、別の個所に出来てます」
一同が癒水の示す方向へ視線を向ける。
そこには、確かに先ほど燈也の魔法が命中したはずの“傷”が、まるで移動したかのように残っていた。
「これはおそらく……迷宮の壁が動いているんです」
「壁が動くだって!?」
郷夜が目を見開き、声を上げる。
「ええ。壁そのものが常に位置を変え、侵入者の感覚や記憶を惑わす仕掛けになっているのでしょう」
癒水は迷宮を見回しながら、冷静に推理を続ける。
――動く迷宮。
燈也の脳裏に、その言葉が重く響いた。
「それじゃあ、一生出られないじゃない!」
流水が苛立ちを隠さず叫ぶ。
「いえ。何かの法則が分かれば、脱出の糸口は必ず見えてくるはずです」
癒水の声は落ち着いていた。
そうだ……神奈先生も、解説の愛紗も言っていた。この試練は“知識”を問うものだと。
「その法則をどうやって見つけるんだ? 魔法も効かないようだし」
郷夜が頭を掻きながら尋ねる。
「迷宮内に、何か手掛かりが用意されているのではないでしょうか?」
癒水はそう答える。
「手掛かりと言ってもなぁ……」
燈也は腕を組み、周囲を見渡す。どこを見ても無機質な石壁ばかりだ。
「あの……」
控えめな声が響き、一同の視線がそちらに集まる。
「手掛かりかどうかは分かりませんが……そこの壁に、模様みたいなのが描かれていませんか?」
怜花がそう言って、静かに壁の一部を指差した。
近づいて見ると、確かに石の表面に不自然な刻印がある。
装飾とも違う、意味ありげな図形――
「丸が……三つ?」
燈也が呟く。
それは単純だが、妙に目を引く模様だった。
「どういうことだ?」
燈也が仲間たちに問いかける。
「さあ?これだけでは何も…」
リエラは肩をすくめ、首を小さく傾げる。物知りな彼女にも、この模様の意味は掴めていないようだった。
「見て! 向こうにも似たような模様があるわ」
今度は流水が通路の先を指差す。
壁面に刻まれているのは、先程と同じく円形の印。
だが――
「今度は……丸が四つ?」
燈也が数え、呟く。
三つ、そして四つ。偶然にしては、あまりにも規則的だった。
「……」
誰もすぐには口を開かず、迷宮の静寂だけが漂う。
「もしかしたら……数字がヒントなのではないでしょうか?」
沈黙を破ったのは癒水だった。
「数字?」
郷夜が聞き返す。
「はい。壁に描かれている丸の数が、進むべき“順番”を示しているのかもしれません」
「でも数字通りに行くと、来た道とは反対方向になるわよ?」
流水が即座に指摘する。
確かにそうだ。
これまでの経験則では、“正しそうな道”は直感的にゴールへ続くように作られている。
だがこの迷宮は――常識を裏切る仕掛けを平然と使ってくる。
「いや、それでも試してみる価値はある」
燈也は一瞬目を伏せ、決意を固めたように言った。
「行ってみよう」
「そうね。他に手掛かりもないし」
流水も頷き、仲間たちは覚悟を決めたように足を進める。
それから彼らは、壁に刻まれた模様を一つ一つ確認しながら進んでいった。
五つ、六つ、七つ――
進むほどに、意図的に“迷わせる”ような分岐が増えていく。
だが彼らは、方向には惑わされなかった。
左右、前後、上下――そんなものはどうでもいい。
重要なのは順番。数字の流れだけだ。
「……これで丸が九つだ」
燈也が壁の模様を見上げながら呟く。
石神八陣。
八を超えるということは、本来想定された“陣”の外側に踏み出すということ。
次の瞬間――
通路が途切れ、視界が一気に開けた。
ようやく辿り着いたのは、先程までとは明らかに違う、広く静かな空間だった。
天井は高く、中央には淡く光る陣が浮かび上がっている。
――ここが、終点。
「……癒水の考え通り、この先がゴールみたいね」
流水が周囲を見渡しながら言う。
「おっと……ここから先は進ませないぜ!」
迷宮の通路、その先に立ちはだかる一人の男。
岩のように逞しい体躯が、行く手を完全に塞いでいた。
「誰だ? お前は?」
燈也は一歩前に出つつ、警戒を隠さず問いかける。
「俺は六堂仁。――お前が噂のSランクだな?」
男は口角を吊り上げ、獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべる。
「会いたかったぜェ!」
大柄な体に、異様に目立つカーリーパーマのボンバーヘッド。
盛り上がった筋肉は、制服の上からでも分かるほどで、ただ立っているだけで圧迫感がある。
理屈より拳。思考より衝動。
その存在そのものが「戦うため」にあるような男だ。
「俺に何の用だ?」
燈也は視線を逸らさずに聞く。
「ちょいと……手合わせして欲しくてなァ」
六堂は指を絡め、パキパキと骨を鳴らす。
その仕草一つで、戦闘狂であることが嫌というほど伝わってくる。
次回 『第72想 筋肉は魔法を嘲笑う――十月花からの刺客 六堂仁』
迷宮の最深部――
石神八陣のゴールを目前にして、不知火チームの前に立ちはだかる影。
現れたのは、謎の組織《十月花》の一人。――六堂仁。
「魔法?そんなもん効くかよォ!!」
魔法を弾き返す異常な筋肉、拳一つで魔力をねじ伏せる圧倒的な力の前に、
不知火チームは苦戦を強いられる。
「攻撃が……通らない!?」
圧倒的なフィジカル、正面突破を許さぬ怪物のような存在に、
一行は追い詰められていく。
だが――一人では越えられなくとも、仲間がいる。
仲間と共に最強の壁に挑む。
迷宮脱出か、完全敗北か。
石神八陣、最後の関門で――激しく火花を散らす!




