第62想 最初の関門 ――魔法教師エリス(前編)
「はーい。ようこそ~第一の試練へ♡」
洞窟の奥、淡い光に照らされるようにして現れた女性が、軽く手を振りながら明るく笑った。
場違いなほど朗らかな声が、ひんやりとした洞内に響く。
黄緑色の髪がふわりと揺れ、整った顔立ちと年齢を感じさせない若々しさが、逆に只者ではない雰囲気を放っている。
「あなたは、エリス先生!!」
真っ先に反応したのは流水だった。
思わず声を張り上げ、目を見開く。
「久しぶりね~。流水ちゃん、癒水ちゃん!」
エリスと呼ばれた女性は、まるで親戚に会ったかのように嬉しそうに手を振り、二人に笑顔を向けた。
「流水姉、知り合いなのか?」
燈也が小声で尋ねる。
「ええ。お母さんの友達で……何回か会ったことがあるわ」
流水は少しだけ肩をすくめ、苦笑気味に答えた。
その反応だけで、相手がただの教師ではないことが伝わってくる。
「知らない子もいるみたいだから、自己紹介するわね~」
エリスはくるりと一回転し、楽しげにポーズを取る。
「私はエリス・セラフィン。担当科目は保健体育。よろしくね~」
その瞬間、周囲の空気がわずかに張り詰めた。
教師――しかも試練担当。
しかも、纏っている魔力の質が明らかに別格だ。
――エリス・セラフィン。
青龍魔術学園教師。魔法ランクGS。
風属性を司るエルフであり、長い時を生きる存在。
教師になる前は医療現場に立ち、現在は養護教諭も兼任。
お洒落好きでスタイルも抜群、明るく大胆で、どこか掴みどころのない人物――。
「うひょー!お美しい!!」
沈黙を破ったのは郷夜だった。
目を輝かせ、テンション高く叫ぶ。
「キャハハハ!ありがと~」
エリスは悪びれる様子もなく笑い、ウインクを一つ。
「でもね~、試験は甘くしないから覚悟してね♡」
その言葉に、全員の背筋が自然と伸びた。
「課題はこれよ」
エリスは軽く指を鳴らし、洞窟の奥を指し示す。
「あの子を対処して、その先にある宝箱からフラッグを手に入れてみなさい」
視線の先には、巨大な蔓をうねらせる異形の植物――
鋭い牙のような花弁を開閉させる、人喰い草の姿があった。
「あれって……人喰い草って言われてる奴じゃないか?」
郷夜が思わず声を裏返す。
「大丈夫よ~」
エリスはのんびりと答える。
「試験用に作られた子だから。命までは取らないわ」
「……まじかよ」
燈也は露骨に顔をしかめた。
「もし怪我しても、お姉さんがちゃんと診てあげるから心配いらないわ」
そう言って、エリスはにっこりと微笑む。
「ぐへへへ……エリス先生に診てもらえるなら、ちょっと嬉しいかも……」
郷夜がだらしなく笑った、その瞬間――
「ほら!鼻の下伸ばしてないで行くわよ!!」
流水が郷夜の襟を掴み、ずるずると引きずり出す。
「いでででっ!分かったから引っ張るなって!」
情けない悲鳴を上げる郷夜をよそに、
燈也たちは巨大な人喰い草へと視線を向ける。
『さあ、不知火チームの前に立ちはだかるのは――第一の試練、レインボーディオネアだ!
既に何人ものチームをリタイアへと追い込んでいる難敵だぞ!』
魔導放送を通じて、十文字吉良の張りのある声が洞窟内に反響する。
『レインボーディオネアはウツボカズラ科に属する危険植物。
通称――食人植物。捕食用の蔓と驚異的な再生能力を併せ持つ厄介な相手です』
如月愛紗の冷静な解説が続き、状況の深刻さを際立たせる。
巨大な蔓が地を這い、虹色に光る花弁の奥で“本体”が脈動する。
まるでこちらを値踏みするかのように、植物とは思えぬ不気味な気配を放っていた。
『果たして、この強敵をどう攻略するのか――!』
「さて……どうするか……」
燈也は視線を逸らさず、瞬時に全体を観察する。
不用意に近づけば、次の瞬間には捕らえられるだろう。
「燃やせばいいんじゃねえの? 草だし……」
郷夜が軽い調子で言うが、その声には僅かな緊張も混じっている。
「リエラ、お願い出来るか?」
「任せて!!」
リエラは一歩前に出ると、両手を掲げ詠唱に入る。
『偽りの焔に真実を宿せ。
見えざる業火よ、姿を現せ――』
≪幻炎の猛火≫
炎が迸り、レインボーディオネアの蔓と花弁を包み込む。
焼け焦げる音と共に、植物は一瞬動きを止めた――
しかし。
「……っ!?」
焦げたはずの蔓が、ぐにゃりと蠢き、再び伸び始める。
焼け跡を覆うように新たな細胞が増殖し、元の形へと戻っていく。
「駄目だわ……直ぐに再生してる……」
リエラの声に焦りが滲む。
「炎がダメなら、直接斬るか! やるぞ、風間!!」
「へへ! オレ様の出番ってわけだな!」
郷夜は一歩踏み出し、風を纏う。
『春を告げる青き風よ、その旋律で道を切り拓け。
踊れ――』
≪青き春風のワルツ≫
渦を巻く風刃が踊るように放たれ、蔓を次々と切断する。
断面が宙を舞い、洞窟の床に落ちた――
「ひええっ!! 斬っても斬っても、直ぐに増えやがる!!」
切り落とされた先から、新たな蔓が生え、数を増していく。
「くっ……なら、これはどうだ!!」
燈也が踏み込み、魔力を刃へと集中させる。
≪魔断≫
鋭い一撃が蔓の隙間を縫い、本体へ迫る――
だが、その瞬間。
無数の触手が壁のように立ちはだかり、攻撃を阻んだ。
「ダメだ! 触手に阻まれて本体に攻撃が届かない!」
切り裂かれた触手は、まるで嘲笑うかのように再生し、さらに太く、長く伸びていく。
洞窟内に、じわじわと追い詰められる空気が満ちていった。
「一体……どうしたら……」
次回 『第63想 最初の関門 ――魔法教師エリス(後編)』
「魔法試験――多色の脅威、レインボーディオネア!」
洞窟の奥に潜む、多彩な触手を持つ強力な怪物。
果たして不知火チームは、第一の試練を突破し、次なる障害に立ち向かえるのか!?




