第50想 名前を失くしても、繋がる絆
「なな!」
燈也の声が、少し早足で歩くななの背中に届く。
リエラもすぐ後ろから駆け寄り、二人は必死に彼女に追いついた。
「その…なんだ。学校でも行かないか?」
燈也は少し息を切らしながらも、顔を真剣に上げる。
「ほら、明日はライブ本番だし、練習するには丁度いいだろ?」
今の時期なら創立祭の準備で学校も空いている。
漣家にこんな不安定な、ななを置いておくわけにはいかない――そう思い、燈也は提案する。
「そっ…そうね!それがいいわ。三人で練習しましょ!」
リエラは少し戸惑いながらも、にっこりと微笑んで賛同する。
「でも二人に迷惑かけてしまうのだ…それにライブをやっても、きっとダメなのだ」
ななの声は小さく、震えている。
瞳には、少しだけ諦めの色が混ざっていた。
「何水臭いこと言ってんだ」
燈也は軽く手を振り、力強く声をかける。
「そんなこと気にすんなよ。あんなに練習頑張ったんだから、きっと大丈夫だ」
「そうよ。あんなに練習頑張ったじゃない。きっと大丈夫よ」
リエラも優しく励ます。
言葉のひとつひとつに、ななの心を少しでも支えようとする気持ちが込められている。
「二人とも、ありがとうなのだ」
ななは微かに笑みを浮かべる。
まだ少し不安そうではあるが、その笑顔は確かに、二人の言葉に救われた証だった。
***
途中でパンや飲み物を買い込み、三人は夜の校舎へと足を踏み入れた。
「よし、学校に入れたな…」
燈也は慎重に足を進めながら、視線を校舎の奥へと向ける。
その横を、リエラも少し緊張しつつついてくる。
「なんだか肝試しみたいね」
暗がりに笑みを浮かべるリエラに、燈也も小さく肩をすくめる。
「あれ、物音…?変だな……?」
ふと、廊下の先からかすかな物音が聞こえる。
燈也の手がドアノブに伸び、勢いよく開ける。
「誰だ!そこで何をしている?」
――ドアの向こうには、薄暗い部屋で驚いた顔をする怜花が立っていた。
「わわっ!!あれ?皆さん、どうして……?」
思わず後ろに下がる怜花。燈也は安心しつつ、少し呆れた表情を浮かべる。
「おまえこそ、こんな時間まで何やってんだよ?もう帰ったんじゃ……?」
燈也の問いに、怜花は少し照れくさそうに笑いながら答えた。
「明日は本番ですから。ちょっと練習しようと思ったら、こんな時間になってしまって……えっへへへ」
「はぁ…だからって、こんな夜遅くまで無理することないだろ」
燈也は少し叱るように、しかし心配そうに言う。
「無理なんかじゃないですよ。私が出来る事をやってるだけなんですから。それに…」
「燈也さん達だって同じなんじゃないですか?」
笑顔が、暗い校舎の中でほのかに光る。
「ははは!かもな」
燈也も思わず笑った。
「怜花…」
「はい?」
「…ありがとうな」
小さく、しかし真剣な声で燈也が告げる。
「ふふ。私も仲間ですからね」
怜花の優しい笑みが、空気を少し柔らかくする。
「ほら、なないつまでそこで突っ立ってんだ?遊んでる暇はないんだぞ?」
燈也が呼ぶ。ななはまだドアの外で躊躇っている。
「そうですよ。ななちゃん。一緒に練習しましょう?」
怜花も手を差し伸べ、優しく誘う。
「わっ…分かっているのだ。お前達もしっかりやるのだ」
ようやくななが中に入る。微かに緊張と不安が混じった表情だ。
「それじゃあ、皆、もうひと頑張りといこうぜ!」
「おー!」
リエラ、怜花、なな――三人が腕を掲げ、決意を込めた声を揃える。
夜の校舎の空気に、彼女たちの熱意が確かに響き渡った。
***
気が付くと、窓の外から朝の光が差し込んでいた。
「ん…もう朝か…?」
燈也はまぶたを擦りながら、ぼんやりと目を開ける。
視界に映るのは、見慣れた部室の木製の机と椅子、隅に置かれた楽器ケース。
どうやら、夜遅くまで練習していたのだろう――そんな漠然とした記憶だけが残っていた。
「……あれ?ここは部室?」
隣を見ると、怜花が机に頭を伏せて寝ており、リエラも丸まって眠っている。
しかし、どちらも自分のことをどう思っているか――いや、そもそも自分が誰とここにいるのか、はっきりとは思い出せない。
「……俺達、なんでこんな所で……」
首をひねる。夜の練習のことはうっすら思い出せるが、はっきりした輪郭が見えない。
そして、ふとした瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がる。
――確かに、誰か大切なものの存在を感じるのに、名前も顔も思い出せない――。
それはまるで、淡い夢を思い出そうと手を伸ばしても、すり抜けていく感覚に似ていた。
「……思い出せない……」
唇を噛み、燈也はゆっくりと起き上がる。
それでも燈也は目を閉じ、深く息を吸った。
――たとえ忘れてしまったとしても、この胸のもやもやは、必ず何かを示している。
きっと、大切なものを取り戻す方法は、まだどこかにあると信じて。
次回 『第51想 響き合う交響曲』
遂に迎えた、ライブ当日。
だが――燈也、怜花、リエラの三人から、幽霊少女・ななの記憶は完全に失われていた。
なぜ自分たちはバンドを組んだのか。
なぜ胸が締めつけられるのか。
名前も、姿も思い出せない“誰か”の存在だけが、心に残り続ける。
必死に記憶を辿ろうとする三人。
その想いは、もう届かないのか――。




