第49想 消えゆく追復曲
図書室の静寂の中、三人は資料を前に黙々と作業を続けていた。
「本番は明日なんだ。何としてでも方法を見つけよう」
燈也の声は真剣そのもので、目には焦燥が滲む。
「はい。私も最後まで諦めません」
怜花も力強く応じ、ななは小さく頷いた。
郷夜が去った後、三人は再び静かに作業に没頭する。
「…これはさっき風間がぶつかった時に落ちたんだな、片付け…ん?」
燈也の視線が止まる。机の下に一冊の本が落ちていた。
表紙には魔法アイテムについての記述があり、ページをめくると、目が止まった箇所がある。
――これは…ビビデバビルと出会った場所で見つけた水晶……確か魔力を増幅することが出来る…
「…もしかしてこれなら…」
燈也の瞳が光る。ひらめきの火花が胸の奥で弾けた瞬間だった。
「悪い!ちょっと急用が出来た!後片づけ頼んだぞ!」
怜花の返事も待たず、燈也は立ち上がり、慌ただしく図書室を飛び出した。
「…~というわけなんだが…」
神奈に事情を説明すると、静かな図書室に考え込む彼女の沈黙がしばらく広がる。
「…ふむ」
神奈の指先が本の上を滑る。
「なるほどの…しかし上手くいくとは限らぬぞ?」
「それでもいい!頼む!時間が無いんだ!」
燈也は声を震わせながら必死で頼み込む。手に力を込め、熱を籠めた視線で神奈を見つめる。
「…分かった。そこまでいうなら用意しておくのじゃ」
神奈は静かに頷き、了承する。目に僅かな微笑が浮かんだ。
「恩にきるぜ!神奈先生!」
燈也は力いっぱい礼を言い、手を軽く振る。
「よしこうしちゃいられない。他の所にも頼みに行かないとな。それじゃあな、先生!」
急ぎ足で図書室を後にする燈也の背中に、神奈は笑みを浮かべる。
「カカカッ!全く若い者は行動力があって良いのう」
小さく呟きながら、彼女の瞳には好奇心と期待の光が揺れていた。
(それにしても面白い事を考えるものじゃ。やはり人間の可能性というものは、楽しませてくれるものじゃな…)
その後、燈也は魔法執行部の部長――高天原帝亜にお願いし、ライブ会場の準備とある魔法アイテムを生徒に配布してもらう手配を済ませた。
すべてが整った後、燈也はななと再び合流し、疲れた体を抱えるようにして自宅へと向かう。
「はぁ…今日はヘロヘロだぜ」
玄関をくぐる燈也。肩は少し落ち、長い一日の疲れが背中に重くのしかかっていた。
「そんな疲れて、何をしてたのだ?」
ななが後ろから軽やかに声をかける。
「…なんでもねーよ」
口を閉ざす燈也。
上手くいく保障なんて、どこにもない。
下手に期待を持たせるわけにはいかない――その思いが、言葉を塞いでいた。
「もう二人とも玄関で何を騒いでるのよ!」
その時、先に帰宅していたリエラが怒声を響かせる。
「別に騒いでなんてねーよ」
燈也は悪態をつきながらリビングに足を進める。
しかし、心の奥は不安でいっぱいだった。
「全く…ただいまも言わずに、夕飯はとっくに出来てるんだよ」
「ほら、さっさと二人とも席に着きな」
清水の小言が容赦なく降り注ぐ。
燈也とリエラは顔を見合わせる。
「えっ…」
「二人?」
二人の視線の先に、確かにもう一人の存在があるはずなのに――その視線を感じ取れない清水には、何も見えていないらしい。
「冗談キツイぜ…ここにもう一人いるだろ?」
燈也はななのいる方角を指で示す。
しかし清水は首をかしげるだけだ。
「何言ってんだい?アンタとリエラちゃんの二人しかいないじゃないか?
おかしな事言うんじゃないよ」
呆れた様子の清水に、燈也の苛立ちは募る。
「おかしくなんてねぇよ!なながいるだろ?見えないのかよ!」
燈也の声には、焦燥と困惑が混ざる。
もしかして、清水達までななの存在を忘れてしまったのか――。
「なな?…さっきから何言ってんだい?」
清水が困惑した顔で尋ねる。
視線の先には、確かに燈也が必死で指し示す存在があるはずなのだが、誰にも見えていないらしい。
「ちょっと燈也くん、落ち着いて!」
リエラも必死に声をかける。
だが燈也の心の中は、ななの消えかけた存在感に押しつぶされそうになっていた。
その時、ななは小さく息をつき、静かにその場を後にする。
「おい…なな、待てよ!」
燈也は慌てて立ち上がり、必死の表情でななを追う。
「えっ、燈也くん!待ってよ」
リエラも焦った声を上げ、燈也の後を慌ただしく追いかける。
「ちょっと二人とも、どこに行くんだい?」
いきなり飛び出していった燈也に、清水は目を丸くした。
玄関に向かって駆け出す彼の後ろ姿を見て、困惑が胸を締めつける。
「もう…帰ってきたと思ったらまたすぐに飛び出していくなんて…。何がどうなってるんだか…」
清水は首をかしげ、ため息をひとつ漏らす。
しかしその声には、苛立ちよりも不安が混じっていた。
ふと机に視線を落とす。
「あれ、アタシったら、一つ余分に作っちまっていたよ」
作り置きの料理の数を数えながら、清水は気付く。
自分にも、何かが少しずれているような感覚があることに――。
心の奥が、胸に穴でも開いたように、ぽっかりと虚ろになる。
「それになんだい…この胸に穴が空いたような気持ちは…」
何か大切なことを思い出せない、でも確かにそこにあった感情。
清水の手が、机の上の料理に触れたまま止まる。
「…なんとかなるさ」
そっと背後から声がかかる。
振り向くと、水月が柔らかな微笑みを浮かべながら立っていた。
「アンタは分かってるのかい?」
清水が少し戸惑いながら尋ねる。
自分でも説明しきれない不安を、言葉に乗せた問いだった。
「いや、ボクもキミと同じだ……。けど、これだけは言える」
水月は手を差し伸べ、清水の肩に軽く触れる。
「燈也達なら、きっと大丈夫だ。なんたって、僕達の子供なんだからね」
その言葉に、清水の心の奥にわずかな温かさが広がる。
思い出せない違和感があっても、信じるべきものがここにある――そう感じさせる力強い確信だった。
「…そうだね。」
清水は深く息を吐き、微笑みを浮かべる。
次回 『第50想 名前を失くしても、繋がる絆』
深く沈んだ夜――
胸にぽっかりと空いた空白。
記憶の彼方に消えかけた、大切なもの。
それでも、諦めぬ想いはまだここにある――。
思い出せないはずの名前が、胸の奥をざわつかせる。
果たして、仲間たちとの絆は再び取り戻せるのか。




