第47想 亡却の奏
ライブ本番まで残り僅かに迫り、なな、燈也、怜花は練習場所である空き教室へ向かっていた。
「よーし、はりきって練習するのだ!」
ななが元気よく笑顔を弾ませる。声が廊下に反響して、小さな風のように通り抜ける。
「今日も頑張りましょうね」
怜花も微笑み、軽やかに返す。その表情は真剣さと楽しさを同時に湛えていた。
「そうだな」
燈也は二人の後ろで、歩を合わせる。
だが、ふと視線の端に気配を感じた。
「あれは……風間、全くまた遊んでるな……」
廊下の角で、いつもの様子で風間郷夜が女子生徒たちに声をかけ、軽い身振りでナンパしている。
いつもと変わらぬ軽薄な笑み――しかし、今は許せなかった。
「おい。何してんだ?」
燈也が声をかける。
「なんだ?不知火、お前も一緒にナンパしたいのか?」
郷夜は腕を組み、涼しい顔で応じる。
その余裕に、燈也の苛立ちは増幅される。
「お前な……本番が近いだろ?ライブの練習サボってる暇なんてないだろ?」
燈也は郷夜の肩を軽く叩き、目を鋭く光らせる。
「……ライブ?お前、何言ってんだ?そんなのオレ様は知らねえぞ?」
郷夜は完全にあっけにとられた表情を浮かべる。
「えっ……?」
怜花も思わず声を漏らす。
「まさか……!」
燈也の胸に、いやな予感が走った。
まるで、世界の一部が自分の知らぬうちに歪んだかのように感じる。
「おい!ふざけるのはいい加減にしろよ!!」
燈也は郷夜の服を掴み、問い詰める。
指先に力を込める手に、焦燥と怒りが混じる。
「いきなり何なんだ!?本当に知らないんだよ!」
郷夜は顔を真っ赤にして後ずさる。
目の奥には困惑と戸惑いが渦巻いていた。
「そんなわけないッ……!もう一度良く思い出してくれ!!」
燈也はさらに熱を帯び、声が震えるほどに迫る。
「く……くるしい……!おい!何熱くなってんだよ」
郷夜は言葉を詰まらせ、首を振りながら必死に抵抗する。
「落ち着いてください!どうしちゃったんですか?」
怜花が焦り、燈也の腕を軽く掴む。
その声は必死で、しかし暖かさを伴っていた。
「これまで頑張ってきたじゃないか!頼む!思い出してくれ!」
それでも燈也は止まらない。
胸の奥に渦巻く焦りと恐怖が、理屈を飛び越え、言葉と行動となって郷夜にぶつかる。
「ちょっと燈也。何やってるのよ。ケンカはやめなさい!」
廊下に現れた流水は、顔を真っ赤にして声を張り上げた。
その瞳には怒りというよりも、必死さが渦巻いている。
「そうですよ!義兄さん。仲良くしましょうよ。」
癒水も慌てて近づく。
燈也は郷夜の腕から手を離すと、振り返って二人に問いかけた。
「良い所に…二人からも言ってくれよ!同じバンドメンバーとして…」
その言葉に、流水も癒水も眉をひそめる。
「バンド?一体何の事?」
流水は首を傾げる。
どこか理解できない様子で、真剣に燈也を見つめる。
「すみません。私も何の事かさっぱり……」
癒水も同じく困惑した表情で首を振る。
その瞳には、焦りでも怒りでもなく、ただ純粋な困惑が映っていた。
「そんな、お前らまで……」
燈也の胸は焦燥でいっぱいになる。
信じていた仲間たちの記憶が、次々と消えていくような感覚――恐怖すら伴っていた。
「皆で一生懸命頑張ってきたじゃないか?
ほら、『Resonansce』って名前も付けただろ?思い出してくれ!!」
燈也は必死だった。
言葉は叫びに近く、声は震え、体中の力を込めて、失われた記憶の断片を呼び戻そうとする。
「……ごめん。燈也」
流水が小さく謝る。
「私も全く……」
癒水もまた、困惑を隠せず頭を下げる。
その光景を見たななは、目に涙を浮かべ、足早に駆け出した。
「あっ……待てよ!なな!」
燈也は慌てて叫び、駆け出す。
心の中には、消えかけた存在を必ず守りたいという決意が渦巻いていた。
「皆さん、ごめんなさい」
怜花も小さく声を上げ、燈也の後を追う。
廊下の端、夕日の差し込む場所で、燈也となな、怜花は足を止めた。
「その……なんだ。皆ちょっと忘れてるだけだ。ほら、風間はバカだしさ……。気にすんなよ」
燈也は肩の力を抜き、ななの肩に手を添えるようにして、ぎこちなくフォローを入れる。
その声には励ましのつもりが少し震え、焦りが滲んでいた。
「そ……そうです。きっと皆さん勘違いしちゃってるだけですよ」
怜花も少し微笑みながら、燈也の言葉に同調する。
けれど、その瞳の奥には、心配と戸惑いが隠せずに光っていた。
「気を遣わなくていいのだ。分かってるのだ……」
ななは小さくうつむき、声を震わせる。
その肩は微かに落ち、かつての明るさを少しずつ失っていくようだった。
「あの……燈也さん、これは何が起こっているんですか?」
怜花の声は、少し震えていた。
問いかけは、単なる好奇心ではなく、二人を取り巻く不可解な現象に対する不安そのものだった。
「ななに関する記憶が消えている。関係が浅かった者から順にな。いずれは、おそらく俺達も……」
燈也は肩を落とし、言葉を選びながら答える。
その表情には、悔しさと無力感が混ざり合い、目元には微かな疲労が見える。
「そんな……何とかならないんですか?」
怜花が燈也に縋るように尋ねる。
手が小さく震え、声も切羽詰まったように震えていた。
「……悪い……色々探しているんだが、何も……」
燈也は視線を床に落とす。
どれだけ調べても、答えはまだ見つかっていなかった。
次回 『第48想 記憶の彼方に残る絆――諦めぬ想いの先に』
――仲間の記憶が、少しずつ消えていく。
忘れられゆく存在――なな。
「俺だけが、諦めるわけにはいかない」
燈也は拳を握り、限界を超える挑戦に立ち向かう。
過去を呼び戻す力はあるのか――




