第4想 VS魔法執行部
「ゆくぞ!」
英明の短い号令と同時に、三人の動きが一気に散った。前衛に雄介、後衛に愛紗が距離を取り、司令塔の英明は中衛から全体を見渡す。
『甲の一、六白、乾の天、後ろの羅刹 前門の修羅 開け鬼道…』
≪道術 封縛の一 竜鎖≫
ガキン、と金属が擦れる音。
次の瞬間、空間の裂け目から“無数の鉄鎖”が飛び出した。蛇のようにうねり、獲物に食らいつくかのように燈也へ迫りくる。
「バインド系か?そう簡単に捕まるかよ!」
燈也は迫りくる鎖を紙一重でかわし、弾きすり抜ける。だが、それは英明の“牽制”。
「ほう…少しはやるようだな…だが!」
鉄鎖の乱舞に紛れ、雄介がまっすぐ突っ込んでくる。
「うぉおおおおおおー!!!!食らえ!!!」
獣のような脚力で一気に距離を詰め、その大剣を容赦なく振り下ろす。
「狙いは…これかっ!?」
奇襲に一瞬だけ目を見開くが、燈也はすぐ対応する。
≪魔法障壁展開!!≫
透明な壁が目の前に展開され、雄介の渾身の大剣が激突した。衝撃が空気を震わせ火花が散る。
「くっ……ぐ……ッ!」
一発で魔法壁にひびを入れるの流石だが、スピードの遅さゆえに突破には至らない。
「うぉおお!?防がれるとは…不覚。まだ修行が足りなかったか…」
歯を食いしばりながらも、障壁に押し返されていく。大剣を押し返され、日向は地面を滑りながら後退する。
態勢の立て直しは驚くほど速い。やはり基礎の戦闘能力だけは相当のものだ。
「悪いな。そう簡単にはこの壁は抜けねぇよ」
燈也が言い放った瞬間、空気が変わった。
『猛る…氷結の使徒よ、悠久の時を凍土に咎め、氷海は盾となり、氷槍は刃とならん…』
魔法陣の上で愛紗が静かに詠唱を積み上げていた。
「……っ!? あれは高位魔法の詠唱!? 早く術者を止めないと!」
リエラの声が緊迫した調子に変わる。
「ああ、分かってる!!」
燈也が如月に向けて走り出そうとした――その瞬間。
「そうはさせん!」
英明が刀の柄に手をかけた瞬間、燈也の背筋に氷のような殺気が走る。
「来るっ!!?」
英明の殺気を感じた燈也が身構える。
≪神楽一刀流 壱式 斬≫
居合の構えから放たれた斬撃が連続で空気を裂いた。
目視が追い付かない速度で飛ぶ斬撃の刃は、掠めただけで地面を刻み、石片を弾き飛ばしていく。
「くっ……!!」
燈也は即座に障壁を展開し受け止めるが…
「その程度か?」
英明は攻め手を緩めない。斬撃は嵐のように続き、障壁に傷が入っていく。
「くそ……障壁が持たない……っ!!」
愛紗に近寄るどころか、防戦で手一杯だった。そして、更なる追撃が上空から迫る。
『もらったぁああああ!!!シリウス、アンタレス、マギア、トニトゥルスッ…』
雄介が雷をまとって跳び上がり、上空から燈也めがけて急降下してきた。身体がバチバチと光を放つ。
「上から来てるわ!!!」
リエラの警告が飛ぶ。
「あいつか!クソッ!」
上空から迫る雷撃、前方では英明の斬撃が暴風のように叩きつけられ、後方では愛紗の高位魔法が完成しつつある。
(ただでさえ斬撃で削られてるのに……もう一人の雷まで来ると、マジでヤバイ)
『マギア、ケラヴノス、ウルリャフト。モーメントウム、フィーニス…
唸れ雷! 全てを絶つ刃となれ!』
≪ライジング・ザンバー!!≫
雄介の咆哮と同時に、燈也は反射的に横へ跳ぶ。
刹那、ついさっきまでいた場所の大地が爆ぜた。
雷鳴のような破裂音。白い閃光が地面を走り、コンクリートが裂け地面ごと抉り飛ばされる。
「地面を割りやがった…なんて馬鹿力だよ…」
背中に汗が冷たく流れる。まともに受けていたら身体ごと消し飛んでいた。
「俺の必殺技まで避けられるとは…」
雄介が悔しそうに歯噛みし、大剣を肩に担ぎ直す。
「必殺技って…危ねぇだろ!?俺を殺す気か!?」
学校内で放つ攻撃じゃない。いや、戦場レベルだ。
(変人ばかりって噂は本当だったな……いや変人ってレベルじゃねぇ!)
「フン…なら黙って我々と来るんだな」
斬撃を止めた英明が、苛立ちを隠さずに刀を構え直す。その目つきが、一瞬だけ鋭く細まる。
(こいつ……なぜ魔法を使わない?)
英明の脳裏に疑念が走った。この状況でも、燈也は攻撃魔法を一切放ってこない。
牽制すらない。防御以外の魔法を“使おうとしない”。
(俺たちを舐めている……?いや違う、使えない理由があるのか?)
「ふざけるな!? 誰がお前の言うことなんて聞くかよ!!」
燈也が怒鳴り返す。
「……面倒な奴だ」
英明が静かに腰を落とし、刀をわずかに抜く。
その姿はまるで静かに獲物を仕留める武士、一切の無駄も揺らぎもない。
「それはこっちのセリフだ!!」
燈也も全身に力を込め、地面を蹴る。
「昼休みが終わらねぇうちにぶっ飛ばす!」
雷撃と斬撃の雨をかいくぐり、燈也は一直線に駆け出した。狙うは後方で魔法陣を輝かせる愛紗。
≪神楽一刀流 壱式 斬≫
空気が裂ける。英明が刀を払った瞬間、見えない衝撃波のような斬撃が一直線に走り抜けた。
「二度同じ手は食らうかよ!その技はもう見切ったぜ!」
燈也は補助魔法で脚力を一段階引き上げ、前方に即席の盾を展開。迫りくる斬撃の軌道を読み切り、紙一重で躱してさらに加速する。
三人を相手にした長期戦は不利だ。だからこそ一気に崩しに行く。
「お前、何故攻撃魔法を使わない?舐めているのか?」
追撃しながら英明が問いかける。だが燈也は振り返りもせず吐き捨てた。
「うるせー!!てめーらには関係ねーよ!」
攻撃の手を緩めず問いかける英明に対し答えるまでもないとばかりに返す燈也。
「ふ…ならば…やれ日向!!」
英明はそれ以上の追及を切り捨てるように短く命じた。
「うぉおおお」
雄介が地面を蹴り、大柄な身体が再び宙へと舞う。
『ソニック…』
全身を青白い雷がまとい始め、空気がバチバチと唸りを上げる。
「させるか!!」
燈也は雄介の詠唱に入る“わずかな溜め”を見逃さなかった。速度なら俺に方が上だ、そう読んで飛び込む。
「ぐはっ…」
無防備な腹に渾身の拳が突き刺さり、雄介の巨体が弾丸のように吹っ飛んだ。数メートル吹っ飛んだ日向はぐったりと倒れ込む。
「よし、残りは二人。」
雄介はすぐには立てない。穴が開いた、その一瞬を逃さず燈也は前進する。
次の標的は最奥、詠唱を続ける愛沙。女子生徒に手荒な真似はしたくないが…それでも止めなければ後がない。
≪拘束魔法≫
燈也の魔法陣から光の鎖が幾条も発射される。だが愛沙へ届く前…
「邪魔はさせん!」
英明が一歩で間合いを詰め、襲いくる鎖を次々と斬り払った。
一瞬。本当に一瞬のことだった。
「なっ…一瞬で!?」
「ふっ…悪いな。その距離は俺の間合いだ」
英明の口元が僅かに吊り上がる。強者同士の戦いを愉しむかのような余裕すら漂わせていた。
「準備出来ました。」
その声に燈也は本能的に嫌な汗をかいた。愛沙の両手杖に嵌め込まれた宝石が、太陽を思わせる光を放ち始める。
≪召喚魔法 氷獣!!≫
次の瞬間、地面に描かれた巨大魔法陣が光を噴き上げそこから氷でできた巨大な狼が姿を現した。
体高5メートル以上。普通の狼の倍どころか、山の主がそのまま歩いてきたような圧迫感。周囲の空気が一瞬で凍りつく。
「召喚魔法…!?、あんな小さな子が?」
後方のリエラが思わず悲鳴を上げた。無理もない。
召喚魔法は大人でも扱える者が少ない高難度の魔法。ましてや、この規模は異常だ。
「まさか…これ程の魔法を使うとは…」
燈也は奥歯を噛み締める。間に合わなかった。これは、さすがに厄介すぎる。
氷の巨狼フェンリルがゆっくりと首をもたげ、グルルルルと周囲が震えるほどの低い唸りをあげた。
「力を貸してリルちゃん!」
≪絶氷壁≫
愛紗の呼びかけと同時に、巨大な狼の体からさらなる冷気が放たれた。
瞬く間に白い霧が広がり、フェンリルが地面を踏みしめるたび無数の氷柱が隆起し、獲物である燈也へ迫る。
空気さえ凍りつくような冷気の中、燈也は必死に体を動かし、迫る氷柱を跳び、滑り込み、割っていく。
だが、休む間もなくフェンリルが天を向いて吠え、ドォォン!!と巨大な氷塊が天から雨のように降り注いだ。
「くそっ、やってくれる…!」
身体強化の魔法を発動し、拳で氷を砕き、蹴り飛ばし、ぶち抜く。
だが全ては捌ききれず、動きが徐々に鈍る。そこに――。
≪初級氷魔法 グラス≫
如月が放った鋭い氷槍が、燈也の死角であった背中へ一直線に飛来する。
「燈也くん、危ない!!」
リエラが飛び出し、幻影のハンマーを振り抜く。
砕け散る氷槍。しかし、その破片は刃と化しリエラへ迫る。
「キャっ…」
「リエラ!!!」
燈也が身を投げ出し庇った瞬間、ピシィッ……!
「燈也くん足が…!!」
足元の地面が一気に氷結し、燈也の片脚を凍り付かせたのだ。
「しまった!!?」
「もらった!」
隙を逃すほど英明は甘くない。殺気と共に地を蹴る、いや、違う。
「ツ!!」
燈也が顔を上げた時には、すでに英明の姿は目の前にあった。
≪神楽流体術 刹那!!≫
空間を操り、一気に踏み込み間合いを詰める英明。その手はすでに柄へ。
≪神楽一刀流 参式 閃≫
光が走った。斬撃が放たれたことすら分からない。ただ世界が一瞬止まり、続いて空間が震えた。
ドンッ――!遅れて吹き飛ばされる燈也。
氷塊が砕け、結界が霧散し、ただ英明が刀を納める音がキン…ッと響き戦いの終わりを告げる。
「…任務完了だな」
愛紗は召喚を解除し、雄介を揺さぶって起こしている。
英明は時計を確認しつつ、ため息をひとつ。
「やれやれ…思ったよりも時間がかかってしまったが…」
「燈也くん!!」
リエラが倒れた燈也へ駆け寄る。脈はある。血も出ていない。英明が静かに言う。
「峰打ちだ。直に目を覚ます。信用できぬなら…お前も来い」
手を払うように空間が裂け、黒い亀裂が出現する。
「戻るぞ…日向、如月」
雄介が燈也を担ぎ、リエラも警戒しながら後に続く。
そして5人は、裂けた空間の中へと消えていった。
少し時間を遡る。
目的地である《魔法執行部》通称「逆鱗」の部室は、まるで会議室のような重厚な空気に包まれていた。
壁には歴代部長たちの写真がずらりと並び、正面の額縁には大きく刻まれた一文字。
『逆鱗』
圧のある空気と伝統を感じさせる荘厳な部屋――
…のはずなのだが。
「まだかしら…あっ、良いカード引いたわ♪」
「……そう言うなら自分で迎えに行けばいいのに」
部屋の中央、重厚な机の上でカードゲームに勤しむ二人。
この雰囲気に全くそぐわない自由っぷりである。
「いやよ~。ゲームで忙しいし」
カードをぱちんと弾きながら、紫髪の眼鏡の人物が笑う。
だがその笑みの奥に隠された色は、軽さとは程遠い。
「それに、私が行ったら…全部ぶっ壊しちゃうかもしれないでしょ?」
アンダーリムの眼鏡の奥、妖しく光る瞳。
冗談めかした口調だが、言葉の端々に“絶対的強者”の余裕が滲む。
「ふふっ、それもそうね」
対戦相手の少女もくすりと笑う。
――と、その時。
「戻ったぞ」
空間が軋み、黒い裂け目から英明たちが姿を現した。
燈也を担いだ雄介の歩幅に合わせるようにリエラもついてくる。
「皆、お疲れ様~。時間に厳しいあなたにしては遅かったわね~」
カードゲームの主が軽口を叩く。
彼女こそこの魔法執行部を率いる部長であり、燈也を呼んだ元凶だ。
「思った以上に手間取ってしまってな」
英明はぶっきらぼうに椅子へ向かう。机の上のカードがまだ温かいのを見て、小さく目を細めたが何も言わない。
――分かっているのだ。
彼女が動いた方が“もっと厄介”であることを。
「あなたが手こずるなんて…ふふふ、少しは期待出来そうね」
部長は興味深げに、いや獲物を見る猛獣のような眼差しで燈也を見る。その視線は実に恐ろしい。
「うっ…」
ちょうどそのタイミングで、燈也がゆっくりと目を覚ます。
周囲を見渡し、状況を把握しようとするが、先に声が落ちてきた。
「お目覚めみたいね…」
部長は椅子に座ったまま机に肘をつき、妖しい笑みを湛える。
「ようこそ。魔法執行部《逆鱗》へ、不知火 燈也クン」
彼女の声が、重たい部屋の空気を震わせた。
次回 『第5想 魔法執行部「逆鱗」』
「ついに姿を現す魔法執行部部長──!」
部室に連れて行かれた燈也の前に、現れたのは燈也を呼んだ元凶であり
1、2年をまとめる魔法執行部部長の姿だった――。
彼女が突きつけた条件はただ一つ。
「不知火燈也クン。あなた、魔法執行部に入部しなさい。」
避けられない一対一の決闘。学園の強者同士の戦いが今、始まる。




