第3想 星空に夢を重ねて
「さて……1時間目は面倒くさいし、サボるか……」
燈也は周囲を見回しながら、都合のいい隠れ場所を探す。だがその途中、職員室の前に立つ“ある人物”が視界に入った。
パステルグリーンの髪が揺れる。見慣れたシルエット。
「リエラ……?職員室の前で何をやってるんだ?」
廊下の壁に寄りかかるように立っているリエラ(正確には飛んでいるのだが……)の姿は気のせいかもしれないがどこか憂いを感じさせた。
だが理由を考える暇はなかった。
「燈也!どこ?出て来なさい!!!」
別方向から響く怒号。流水姉だ。
「やべ……このままじゃ見つかっちまう。隠れないと……」
リエラのことも気になるが、まずは後門の虎から逃げるのが最優先だ。
「どこかに良い場所は……そうだ!」
思い当たる隠れ場所がひとつ。
人目を避け、足音を忍ばせながら階段へ向かう。
向かった先は屋上への階段。青龍学園の屋上は普段生徒が来る事はほとんどない。
つまり—―逃亡者にとっては最高の隠れ家だ。
ギィ……と鉄扉を押し上げ、誰もいない屋上へ出る。
「ふぅ……ここまで来れば、しばらくは見つかんねぇだろ」
屋上の隅にある大きな給水槽。
その陰は扉から完全に死角になっている。
まずバレないだろう。そこへよじ登り、身体を落ち着かせる。
「ここでほとぼりが冷めるまで大人しくしてりゃ……ふあぁ……」
逃げ回った疲れと春の暖かい陽気には勝てず、燈也はゆっくり目を瞑る。
***
星の海が広がる夜。
丘の上に座っているのは幼い燈也と少女。
まだ小学生低学年くらいだった二人は満天の星空を見上げながら静かに話していた。
「また…会えるかな……?」
少女が涙を浮かべ、震える声で燈也を見つめる。
「当たり前だろ。絶対にまた会える。だから……もう泣くなよ。」
燈也は笑ってみせる。
幼い自分に絶対なんて保証できるわけがない。
それでも少女を泣かせたくない。ただその一心で言葉を返した。
忘れないように。必ず会えると、自分の胸にも刻み込むように。
少女は涙を拭き、少しだけ笑いそっと小さな手を差し出した。
「約束だよ。」
「あぁ……約束だ。」
二人は指切りを結ぶ。
―――また会えることを願って―――
―――いつか必ず会えると信じて―――
「ん……ふぁああ~……」
再び目を開けると、視界には夢で見たような一面の星空。
だが風は冷たく、頬に触れる空気は紛れもなく本物だ。つまり……
「ヤベェ!!!寝過ごしたッ!!!!」
最悪だ…授業をサボった挙句、帰りも遅くなったとなれば
流水に何されるかか分かったものではない。燈也は慌てて給水槽の上から降りる。
着地しつつ視線を上げるとそこに“誰か”が立っていた。
「お前は……?」
淡い赤髪の少女。朝、ホウキで突っ込んできたあの子だ。
「あなたは……確か……」
少女もこちらに気づき、ぱちりと瞬く。
「朝はありがとうございました。私は加ヶ瀬怜花と申します。」
その名前は幼いころよく一緒に遊んでいた少女のものだ。よく見れば確かに面影もある。
「怜花……もしかして、あの怜花か?俺だよ、不知火燈也。久しぶりだな。」
「お久しぶりですね。全然気付きませんでしたよ。」
向こうも燈也のことに気付いたらしくぱっと顔を輝かせた。
「ああ、十年ぶりぐらいだもんな。俺も名前聞くまで分からなかったよ。」
「えっへん……私だって成長しているんですからね。」
「フッ……まぁ、ホウキの腕前は相変わらずみたいだけどな。」
ドヤ顔した怜花の、痛いところを燈也が突く。
「今日は調子が悪かっただけです。」
「へぇー、ならちょっと飛んでみてくれよ。」
「いっ……今はダメです!!」
必死に否定する様子が、幼いころとまるで変わらず、思わず笑みが漏れる。
「そうか~実に残念だなぁ~」
「ああ!!疑ってますねっー!!」
(いや、最初から気付いてるけどな)
必死な反応が面白くて、つい意地悪をしてしまう。
「燈也さんはいじわるですっ!」
「ははは!、悪い悪い。拗ねてるお前が面白くてな」
「もう!私だって怒るんですからねー!」
「ごめん、ごめん。本当に悪かったから」
少しやりすぎたかな、と頭を下げると、怜花は小さく息をついて——
「……今回だけですよ。」
「おう、ありがとよ」
怜花の変わらない優しさが荒んでしまった燈也の心を少しずつ溶かしていく。
「ところで燈也さんはこんな時間まで何してたんですか?」
(ギクッ! ……痛いとこ突いてきやがる……)
「いや~……実は昼寝してたらつい寝過ごしちまってな」
「くすくす、燈也さんらしいですね」
「うるせー!そういうお前はこんな時間まで何やってたんだよ?」
話を逸らすために怜花に聞き返す。言っておくが決して照れ隠しではないからな!
「私は……星を見ていたんですよ」
「星……?」
「ええ……いつかこの星の海を自由に飛ぶのが私の夢なんです」
夢を語る怜花の瞳は、夜空の光を映してきらきらしている。
綺麗だ、と思った。
だが——
「夢ねぇ……」
「その調子じゃ先は長そうだな」
つい現実的な言葉が出る。
「ああ~!ヒドイですっ!」
「確かに私は魔法音痴ですし燈也さんみたいな凄い魔法も使えませんけど……。
でも私だって燈也さんと同じ賢者を目指す魔法使いの端くれなんですよ」
賢者。魔法使いなら誰もが夢見る、最高の称号。
だが、燈也は——
「……やめたよ」
「え……?」
「部活も賢者を目指すのも辞めたんだ…」
それを夢見る資格なんて、もう自分にはない。
光を失った瞳に映っているのは、過去の過ちだけ。
「あっ……ごめんなさい」
「なんでお前が謝ってんだよ」
「……」
「……ったくそんな顔をするなよ」
怜花がしょんぼり肩を落とす。
悪いのは全部、自分だ。怜花じゃない。
だから燈也は、そっと怜花の頭を撫でた。
「あっ……」
「ホウキの乗り方ぐらいなら教えてやるからさ」
優しく、あの頃みたいに。
怜花の胸の奥に、暖かい何かが広がる。こぼれそうになった涙を指で拭い、彼女は笑った。
「ハイ!よろしくお願いしますね。燈也さん」
「言っておくが俺の特訓は厳しいぜ。ビシビシ行くからな」
星空の下で微笑みあう二人。
燈也は、自分でも理由が分からないまま“もう関わらないはずだった魔法”に自然と手を伸ばしていた。
でも不思議と悪い気はしなかった。
止まっていた時間が、ゆっくりとだが動き始めた気がする。
燈也の瞳は先程までとは違い、僅かだが輝きを取り戻したのだった。
次回 『第4想 Sランクを持つ者』
帰り道に不良グループに絡まれている少女を見つけた二人。
多勢に無勢の状況で主人公が魔法を発動する。




