第38想 二人の共鳴曲
夕暮れの旧校舎──
薄暗い廊下を抜けた先の空き教室に、古びたアンプと白い埃の匂い。そして練習中の楽器の音が響いていた。
「ゴーヤー!何やってるのだ!! この下手くそ!」
曲の途中、なながバンッと机を叩きながら叫ぶ。
「んだとコラァ!? あとオレ様は郷夜だって言ってんだろうが!!
そもそもオレ様の超絶ドラムのどこが下手だって言うんだ!」
郷夜が噛みつくように反論する。
「全部なのだ!!」
ななは即答。容赦ゼロ。
「そうよ。しかもアンタだけリズムずれてるし」
流水が腕を組んで冷ややかに言い放つ。
「はぁ? そっちが合わせられないだけだろ?」
郷夜が逆ギレ気味に言えば──
「なんですって!?」
流水の額に青筋が浮かぶ。
「まぁまぁ皆さん落ち着いてください」
穏やかな声で癒水が二人の間に割って入る。
「そうですよ。せっかくみんなでやってるんですから、仲良くいきましょう?」
怜花も微笑みながら肩に手を置くと、場の空気がようやく和らいだ。
「ちっ……しょうがねぇ……。分かったよ」
郷夜が不満げに視線を逸らしつつも折れる。
「よし、それじゃあもう一回最初からいくぞ!」
燈也が声を上げ、メンバーの気持ちを切り替える。
旧校舎の空気が再び音で満たされていく。
***
練習を終え、疲れを抱えながら廊下に出ると、ひんやりした空気が体を包んだ。
「……まだやってるのね」
聞き慣れた声。振り向くと、魔法執行部部長の帝亜が壁にもたれ、こちらを見ていた。
「アンタか……部長」
燈也は思わず身構える。練習疲れが一瞬で吹き飛んだ。
「何の用なのだ?」
ななも前に出て警戒の色を見せる。
しかし帝亜は、いつもの挑発的な目つきではなく、どこか澄んだ瞳で言った。
「……あなた達には負けたわ」
「え?」
燈也が思わず声を漏らす。
「ライブ活動を──認めてあげる」
その言葉は、旧校舎の静寂に吸い込まれるように響いた。
その言葉に燈也は驚きのまま固まる。
「ありがとうなのだ!」
ななが笑顔で頭を下げた。
帝亜はくるりと背を向け、夕日の逆光に紫色の髪を揺らす。
「フン……せいぜい頑張りなさい」
その横顔には、ほんの少しだけ優しい微笑みが灯っていた。
「なな、良かったな」
燈也はそっとななの頭を撫でる。ななは嬉しそうに目を細め──
「うん!」
力強く頷き、笑顔を弾ませた。
旧校舎の窓から差し込む夕日が、二人の未来を祝福するように照らしていた。
***
旧校舎から続く静かな廊下。
「……どういう風の吹き回し?」
ふいに、影の中からしなやかな声が響いた。
セレナが、腕を組みながら柱にもたれかかっていた。
帝亜は、驚いた風もなく横目だけを向ける。
「相変わらず、見ているんですね。先生は」
「教師だからね。それに──あなたのことなら、特にね」
セレナは軽く笑いながらも、視線だけは鋭い。
帝亜の背後まで見透かすような、そんな目だ。
「あなたには、この先どうなるか分かっているはずでしょう?
あの子達のライブを許すなんて……何があなたを変えたの?」
声色は柔らかい。
けれど、その表情はほんの少しだけ心配を含んでいた。
帝亜はすぐには答えなかった。
廊下に沈黙が落ち、外の風の音だけが聞こえる。
(……変わった、か)
「……別に、何も変わっていませんよ」
やがて帝亜は、くるりと背を向けたまま淡々と告げる。
「私は魔法執行部の部長として、生徒の要望に応えただけです」
務めを果たしただけ。
それ以上でも以下でもない──と、言い聞かせるように。
しかしその背中には、かすかに揺れる感情が滲んでいた。
「……本当にそれだけ?」
優しい問いかけ。
けれど帝亜は振り返らない。
数秒の沈黙を破ったのは、帝亜の小さな吐息だった。
「それに……」
ほんの少しだけ声が柔らかくなる。
「夢を見るのは、魔法使いの本分ですよ」
その言葉を残し、帝亜はゆっくりと歩き出した。
夕日の廊下に革靴の音が響く。
セレナはその背中を見送るだけだった。
止めることも、追うこともしない。
「……そう」
小さく呟き、視線を床へ落とす。
(あの子を変えた、不思議な子……)
教師としては羨ましくもあり、危うくもある光。
(でも……現実は物語のようにはいかないものよ)
夕日が水平線へ沈んでゆく。
長い影が細く伸び、廊下は静けさを深めていく。
***
旧校舎を出ると、空はすっかり藍色に染まりきっていた。
「すっかり日が暮れちまったな……」
燈也は小さく伸びをしながら言った。
「まぁ練習も順調だし、本番まで一週間を切った。もうひと頑張りだな」
「ですね……」
怜花は微笑みを返すが、どこか表情に影が差している。
燈也が首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「最近……考えてしまうんです」
怜花は足を止め、燈也の顔をまっすぐ見上げた。
その瞳は揺れていて、何を言うべきか迷っているようにも見える。
「私達がやろうとしていることは、本当に正しいのでしょうか?」
「……それは」
燈也は言葉を探し、視線を宙にさまよわせた。
怜花の問いは、彼自身も胸の奥で感じたことのある不安だった。
「私は……この楽しい日々が、永遠に続いてほしいって思うんです」
怜花は夕闇の中で小さくつぶやいた。
その声は震え、切なさが滲んでいた。
燈也は苦笑し、空を仰ぐ。
「……永遠なんてねぇよ」
「え……?」
「どんな夢もいつか覚めるように、永遠に変わらないものはないのさ」
夜風が髪を揺らし、ふたりの間をすり抜けていった。
怜花は俯く。
「……ごめんなさい。わかっています、そんなこと」
自分の弱さを責めているのが伝わってきた。
そこで燈也は歩み寄り、怜花の肩に軽く触れた。
その手は温かい。
「たださ。楽しい時間が長く続くように努力することは……出来ると思うぜ?」
「……燈也さん」
怜花の瞳がゆっくりと上がり、その表情に光が戻る。
「それに、俺達二人だけじゃない。応援してくれる奴らだってたくさんいる。心配いらねぇよ」
その言葉は、怜花の胸に沈んでいた不安をひとつひとつ溶かすようだった。
「……そ、そうですよね」
怜花の声から迷いが少しずつ消えていく。
「ななちゃんのためにも、私が立ち止まっている場合じゃありませんよね」
「おう。俺達で最高のライブにしてやろうぜ。
――それが、ななの願いなんだからな」
燈也が笑う。
怜花もその笑みに釣られるように、力強く頷いた。
「――はい!」
夜の校門へと続く道に、二人の足音と決意が重なって響いていく。
次回 『第39想 旧校舎の旋律――見えぬ想い、すれ違う心』
夕暮れの校門――三人の帰り道を突如遮る、妖しく光る二色の髪。
セレナ先生に促され、燈也たちはある場所へと向かう。
そこで待っていたのは――ななの未練、その核心。
時を越え、想いが交わる瞬間。
幽霊少女ななの物語が大きく動かし始める。




