第36想 小さな背中のエチュード
「……ふあぁ。退屈ね」
帝亜は片手を軽く前に出し、
その手元に展開した薄い魔力膜が、すべての魔法を軽々弾き返した。
「それにむさ苦しい……あ、そうだわ」
帝亜の表情がキラリと輝く。嫌な予感しかしない笑みだった。
左手を上に掲げると、指に着けたリングが怪しく輝き出す。
≪——変化魔法 七彩月化≫
不良たちの身体が光に包まれ、次の瞬間には——。
「……は?」
メイド服。バニーガール。魔法少女。ナース。
全員、よりにもよってコスプレ。
「なんじゃこりゃあああああああ!!?」
鏡のように光る校舎の窓を見て、絶叫する不良たち。
「うわ……なのだ……」
ななは純粋な子ども特有の“本気で引いてる顔”になっていた。
「えげつねぇな……」
燈也はドン引きしつつも関わりたくない気持ちでいっぱいだった。
(いやこれ、物理的な攻撃より精神にくるだろ……)
そして周囲の生徒たちはというと——
「あははははっ! なによアレ!!」
「あっ、やば……ちょっと笑ったら可哀想……ぷぷっ……」
「ぎゃははは!! 最高だろこれ!!」
校庭はほぼ爆笑の渦と化した。
帝亜は満足げに髪を払って、
「ふふふ。よく似合ってるわよ? その格好」
と追いコンボを入れる。
「ちくしょう! 覚えてろよおおおーーーっ!!」
恥に耐え切れなくなった不良たちは、スカートを翻しながら全力疾走で逃げていった。
その背中は、哀愁すら漂っている。
「……さて、片付いたわね」
帝亜が何事もなかったように眼鏡を拭く。
「ありがとうございました!!」
助けられた男子生徒は、ほぼ泣きそうになりながら頭を下げる。
「当然のことをしたまでよ。困ってる生徒を見過ごすなんてできないじゃない?」
言ってることは正しい。言ってることは。
(やってることは完全に遊んでたけどな……)
燈也は心の中で深くツッコみながら、ため息をついた。
「やれやれ……コイツらだけは敵に回したくないな」
それが、この場にいた全員の総意だった。
「……少し話を聞かせてもらおうか?」
低く響く声が校庭に落ちた瞬間、ざわめきがピタリと止んだ。
現れたのは——ドライツェン・エクレール。生徒達から恐れられる鬼教師だ。
「ヤ、ヤバイ……エクレール先生だ……」
ついさっきまで大爆笑していた生徒たちが、蜘蛛の子を散らすように静まり返る。
ドライツェンはまっすぐ帝亜へ近寄り、冷気のような視線を突きつけた。
「……高天原。また騒ぎを起こしているようであるな」
完全に怒りモードだ。
「なんだと……部長はな、せい——」
帝亜の後ろにいた部員の雄介がフォローしようとするが、
「雄介、黙っていて」
帝亜が手で制す。
そして帝亜は堂々と言い放つ。
「これは生徒の問題です。何もしない先生方は、引っ込んでいてもらえますか?」
校庭に走る緊張。
周りの生徒たちが ヒィッ と息を呑む。
あのドライツェン相手に物怖じせず正面から挑発するなど、普通の生徒には絶対できない芸当だ。
「ほう……吾輩たちが何もしておらぬと?」
ドライツェンの眼光が蛇のように細く鋭くなる。
「そうでしょう? だから不良共が調子に乗るんです。あなた達のやり方は甘いんですよ」
帝亜の声は静かで、しかし明確な挑発の刃が込められていた。
「なるほど……少し躾が足らなかったようだ」
ドライツェンがニヤリと口角を上げる。
その笑みは完全に“獲物を見つけた肉食獣”だった。
「続きは生徒指導室で聞かせてもらうことにしよう」
「フフ……いやだと言ったら?」
帝亜も不敵に笑い返す。
教師であろうと一歩も引く気はない——そんな気迫。
周囲の生徒はもう戦々恐々だ。
「おい! よせ!」
英明が慌てて間に割って入ろうとするが、二人の火花は止まらない。
「決まっておろう……」
ドライツェンは手にした黒檀の杖を構えた。
「力づくで連れていくまでである」
重い魔力が周囲の風を震わせる。
「面白いですね。一つご指導いただきますわ」
帝亜の身体にも魔力が立ち昇る。肌がひりつくほどの衝突寸前の気配。
──だが、その刹那。
「やめるのだ!! 二人とも!!」
澄んだ声が空気を切り裂くように響いた。
小さな影が二人の間に飛び込む。
「なな!!?」
燈也の叫びが裏返る。
「バカ! 危ないわよ!」
帝亜が思わず声を荒げる。
「……ちっ」
ドライツェンですら、わずかに動揺して動きを止めた。
魔力の余韻が揺らぐ中、ドライツェンの鋭い視線がななへ向く。
「小娘……なぜ吾輩の邪魔をする?」
空気がさらに冷え込む。
一触即発の緊張の中でも、ななはまっすぐドライツェンを見返していた。
その小さな背中を、燈也は思わず固唾を呑んで見つめる。
「こいつは不良から生徒を助けただけなのだ! それに……友達が連れてかれるのを見過ごしなんて出来ないのだ!」
ななが真剣そのものの声で言い放つ。普段の天真爛漫な語尾とは裏腹に、その瞳は力強かった。
「フッ……ハハハ! ライブも認めぬヤツらを友と呼ぶとは……笑わせてくれる!」
ドライツェンの笑いは空気を切り裂くように響いた。
「そんなの関係ないのだ。友達は損得勘定で決めるものじゃない。信頼なのだ。」
強い風がななの髪を揺らす。彼女は一歩も退かず、まっすぐに訴えた。
「……愚かな。他人を信じて何になる? 歌も同じ、そんなものに価値などないのである」
嘲る声が静寂を重く染めあげた。その瞬間、燈也の中の何かがプツンと切れた。
「好き勝手言いやがって。価値がないかは自分で決める。先生は引っ込んでろ!」
気づけば燈也は飛び出していた。背後のななの手を引き寄せるように庇いながら。
「そ……そうだ、そうだ!」「ななちゃんは何も間違っていないわ!」
周囲からも同調する声が上がる。尋常ではない緊張の中、皆が一斉にドライツェンを責める形になった。
「皆……」
ななは小さく目を見開き、胸に込み上げるものを押さえきれない様子だった。
「フン! 興が冷めた……今回は見逃してやる」
ドライツェンは鼻を鳴らし背を向ける。
「……だが、そんな甘い考えでライブが成功するとは思えんがな」
最後に嫌味だけ残して、闇に溶けるように立ち去った。
「……ったく、お前も十分だろ。さっさと戻るぞ」
英明が帝亜の肩を押しながら戻っていく。
「……ええ。」
帝亜は動揺しながらも、それに従った。
次回 『第37想 友を守る一歩が笑顔と絆を紡ぐ友情曲』
帝亜を狙う鬼教師ドライツェンの眼光を、勇気ある小さな背中が遮る。
なな――その身ひとつで、仲間と“友達”を守るため立ち上がる!
そして、そんななに感化されたのか、思わぬ応援者たちが続々と駆けつける――
ピンクの法被に身を包んだ、熱き「ななちゃん親衛隊」!!
友情と勇気、ちょっと恥ずかしい熱さが交錯する放課後。
笑いと感動の嵐が、校内を駆け抜ける――!




