第36想 第四の関門――魔法主任神奈
前回までのあらすじ
魔法嫌いな元・学園最強――不知火燈也。魔法執行部に渋々加入した彼は、幽霊調査の任務で未練を抱えた少女・ななと出会う。
彼女の願いを叶えるため、燈也は仲間たちと共に“バンド”を結成し、ライブという挑戦に踏み出す。
衝突、挫折、そして失われていく記憶――それでも想いは消えず、歌は奇跡を起こした。
次に待ち受けるのは、学園最大の試練――魔法試験。
強敵魔導ギアを倒した主人公達に待ち受けるのは第四の試練 知恵と判断力が試される。
「皆さん、次の試練に入る前に……傷を癒しておきますね」
癒水がそう言って一歩前に出る。
先ほどまでの戦いを終え、まだ誰の身体にも疲労が残っていた。
両手を静かに重ね、深く息を吸う。
『恵みの雨よ、静かに降り注ぎ、
傷ついた心と身体を包んで――』
≪癒しの雨≫
淡い光を帯びた水滴が、霧雨のように降り注ぎ、一行の身体を包み込んだ。
擦り傷や打撲の痛みが薄れ、張り詰めていた筋肉がゆっくりと解けていく。
「……助かる」
燈也が短く息を吐いた。
仲間の表情にも、わずかに安堵の色が戻る。
「やっぱ癒水の魔法は助かるわね」
「おかげで、次も全力で行けそうだぜ」
そんな声が漏れ始めた、その時だった。
――コツン。
どこか余裕を含んだ足音とともに、
場の空気を切り替えるような、柔らかくも底の知れない声が響く。
「ほう、待っておったぞ。もう少しかかると思っておったがの。」
柔らかな声とともに視線を向けてきたのは、
金色の四つ尾をゆったりと揺らす女性――神奈だった。
「次の試練はあんたか……神奈先生」
燈也が低く呟く。
その声には、これまでの教師たちとは違う種類の緊張が混じっていた。
「あのライブの時はありがとうございました」
怜花が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
神奈はその様子を見て、目を細めて微笑んだ。
「なに、わっちはほんの少し背中を押しただけじゃ。
おぬしらが頑張ったからこそ、今があるのじゃよ」
その笑みは優しい。
「それに……試験は手を抜かぬぞ?」
空気が一瞬で引き締まった。
「望むところだ!」
燈也が迷いなく応える。
その声には、ここまでの試練を越えてきた確かな自信が宿っていた。
「では試練の内容じゃが……」
神奈はゆっくりと手を広げ、周囲に魔法陣を展開する。
「おぬしらには、この迷宮を超えてもらう。
勿論、中には幾重ものトラップを仕掛けておる」
周囲の石柱がわずかに震え、魔力が満ちていくのを全員が感じ取った。
「おぬしたちの知識、そして判断力――
それを、余すことなく試させてもらうぞ」
「ああ、全力で超えてやる!」
燈也の言葉に、仲間たちも静かに頷く。
「カッカッカ!!」
神奈は楽しげに笑うと、印を結び、術式を展開した。
『乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌 八方に理を刻み、陣を巡らせ道は移ろい、壁は蠢き 進む者を惑わし、退く者を拒め 理を知らぬ者、永く彷徨え』
≪妖術 石神八陣!!≫
「では、わっちは迷宮のゴールで待っておるぞ」
次の瞬間――
視界が白く染まり、足元の感覚が消える。
ぐにゃりと空間が歪み、燈也達は強制的に別空間へと転送された。
『さあ!試験も大詰め!第4の試練!』
洞窟全体に、実況の吉良の声が響き渡る。
『対するは美しき天狐――魔法主任・神奈!
彼女が作り出す迷宮、《石神八陣》!
果たして不知火チームは脱出できるのか!?』
続いて、落ち着いた声で愛紗が解説を入れる。
『石神八陣――知恵無き者は永遠に出ることが出来ないと言われる、
極めて高度な結界術です。
皆さん、どうか慎重に進んでくださいね』
光が収まると、そこはもはや元の試練場ではなかった。
無数の分岐、刻まれた古代文字、そして静かに待ち受ける罠の気配。
――第四の試練、石神八陣始動。
足元の感覚が戻ると同時に、不知火たちは石に囲まれた迷宮の中に立っていた。
天井も壁も、すべてが無機質な石で構成されている。
しかしただの石ではない。魔力が染み込んだように、表面には淡い紋様が浮かび、空気そのものが重い。
「……ここは異空間みたいね」
リエラが周囲を見渡しながら、慎重に魔力を探る。
音が反響し、どこまでが道でどこからが行き止まりなのかも分かりにくい。
「油断するなよ」
燈也が低く言い、仲間たちに注意を促す。
「大丈夫だって。こういうのはゲームで慣れてる。サクッとクリアしてやるぜ」
郷夜は相変わらず軽い調子で、迷宮の壁に手を置いた。
――ポチ
「……え?」
一瞬、何かが作動するような乾いた音が響いた。
「あれ、なんか……音しなかったか?」
次の瞬間――
奥の通路から、ゴロゴロと地鳴りのような音が近づいてくる。
「うわああああ!! 大岩だああああ!!!!」
巨大な岩が、猛スピードで転がってきていた。
「何やってんのよ!このバカ!!」
流水が即座に怒鳴る。
『――蒼海を駆ける一撃』
≪オーシャンアーツ壱の型 藍鯆!≫
流水の脚に水が集まり、渦を巻く。
次の瞬間、鋭い蹴りが放たれ、大岩は粉々に砕け散った。
「助かったぁ~……」
郷夜は腰を抜かしたように、その場にへたり込む。
「だから言っただろ。慎重に行けって」
燈也がため息混じりに叱る。
「……分かったよ」
郷夜はさすがに反省した様子で肩を落とした。
「リエラ、何か分かるか?」
燈也が状況確認を求める。
「それが……まるで何かに妨害されてるみたい。
感知が上手く出来ないわ」
リエラは眉を寄せ、首を横に振る。
「対策されてるってわけか……」
燈也は迷宮の構造を見回しながら考え込む。
「しょうがない。取り敢えず進もう」
一行は足音を抑え、慎重に迷宮を進んでいく。
――だが。
「……完全に迷ったわね」
しばらく歩いた後、リエラがぽつりと呟いた。
同じような通路、同じような石壁。
どこをどう進んだのか分からなくなっている。
「ああ、くそ……こうなったら!!!」
業を煮やした郷夜が、苛立ちを込めて魔力を解放する。
『春を告げる青き風よ、その旋律で道を切り拓け。踊れ』
≪青き春風のワルツ≫
鋭い風の刃が放たれ、迷宮の壁を斬り裂いた――はずだった。
「ちょっと!何やってんのよ!」
流水が慌てて止めに入る。
「いやさ、面倒くさいからさ。この壁、全部ぶっ壊せばいいかなって」
郷夜は悪びれずに笑う。
「……あれ?」
しかし、攻撃したはずの壁を見て、郷夜は目を見開いた。
傷が――消えている。
「壁が瞬時に直ってる……。何らかの魔法か」
燈也が冷静に分析する。
「だったら……」
壁が魔法で構成されているなら、無効化できるかもしれない。
そう考えた燈也は、腕に魔力を集める。
≪魔断!!≫
魔法無効化の一撃が壁を切り裂き、確かに傷が走った。
だが、それも数秒後にはゆっくりと塞がれていく。
「燈也さんの魔法でも……ダメみたいですね」
怜花が残念そうに呟く。
その時――どこからともなく、楽しげな笑い声が響いた。
「カッカッカ。無駄じゃ」
神奈の声だ。
「力技では、その石神八陣は敗れぬ」
外から術で様子を見ているのだろう。
声だけが、迷宮全体に反響する。
「それだけではないぞ。迂闊に壁を攻撃すると……」
次の瞬間。
「なっ……今度は水が溢れてきたわ!!!」
勢いよく押し寄せてくる濁流に、流水が思わず声を張り上げる。
迷宮のありとあらゆる場所から水が噴き出し、瞬く間に足元を濡らしていく。
力では突破できない。
判断を誤れば、罠は容赦なく牙を剥く。
≪魔法障壁≫
燈也が即座に詠唱し、淡く光る防御壁を展開する。
半透明の膜に水流が激突し、激しい音を立てて弾かれた。
「ふぅ……」
燈也が短く息を吐く。
「ほら見なさい。そんな方法が上手くいくわけないのよ」
流水が腕を組み、郷夜を睨みつける。
「いえ…、そうでもないかもしれません」
その時、癒水が静かだが確信を帯びた声で口を開き、ある一点を指差した。
「あれを見て下さい。義兄さんがさっき攻撃した箇所が、別の個所に出来てます」
一同が癒水の示す方向へ視線を向ける。
そこには、確かに先ほど燈也の魔法が命中したはずの“傷”が、まるで移動したかのように残っていた。
「これはおそらく……迷宮の壁が動いているんです」
「壁が動くだって!?」
郷夜が目を見開き、声を上げる。
「ええ。壁そのものが常に位置を変え、侵入者の感覚や記憶を惑わす仕掛けになっているのでしょう」
癒水は迷宮を見回しながら、冷静に推理を続ける。
――動く迷宮。
燈也の脳裏に、その言葉が重く響いた。
「それじゃあ、一生出られないじゃない!」
流水が苛立ちを隠さず叫ぶ。
「いえ。何かの法則が分かれば、脱出の糸口は必ず見えてくるはずです」
癒水の声は落ち着いていた。
そうだ……神奈先生も、解説の愛紗も言っていた。この試練は“知識”を問うものだと。
「その法則をどうやって見つけるんだ? 魔法も効かないようだし」
郷夜が頭を掻きながら尋ねる。
「迷宮内に、何か手掛かりが用意されているのではないでしょうか?」
癒水はそう答える。
「手掛かりと言ってもなぁ……」
燈也は腕を組み、周囲を見渡す。どこを見ても無機質な石壁ばかりだ。
「あの……」
控えめな声が響き、一同の視線がそちらに集まる。
「手掛かりかどうかは分かりませんが……そこの壁に、模様みたいなのが描かれていませんか?」
怜花がそう言って、静かに壁の一部を指差した。
近づいて見ると、確かに石の表面に不自然な刻印がある。
装飾とも違う、意味ありげな図形――
「丸が……三つ?」
燈也が呟く。
それは単純だが、妙に目を引く模様だった。
「どういうことだ?」
燈也が仲間たちに問いかける。
「さあ?これだけでは何も…」
リエラは肩をすくめ、首を小さく傾げる。物知りな彼女にも、この模様の意味は掴めていないようだった。
「見て! 向こうにも似たような模様があるわ」
今度は流水が通路の先を指差す。
壁面に刻まれているのは、先程と同じく円形の印。
だが――
「今度は……丸が四つ?」
燈也が数え、呟く。
三つ、そして四つ。偶然にしては、あまりにも規則的だった。
「……」
誰もすぐには口を開かず、迷宮の静寂だけが漂う。
「もしかしたら……数字がヒントなのではないでしょうか?」
沈黙を破ったのは癒水だった。
「数字?」
郷夜が聞き返す。
「はい。壁に描かれている丸の数が、進むべき“順番”を示しているのかもしれません」
「でも数字通りに行くと、来た道とは反対方向になるわよ?」
流水が即座に指摘する。
確かにそうだ。
これまでの経験則では、“正しそうな道”は直感的にゴールへ続くように作られている。
だがこの迷宮は――常識を裏切る仕掛けを平然と使ってくる。
「いや、それでも試してみる価値はある」
燈也は一瞬目を伏せ、決意を固めたように言った。
「行ってみよう」
「そうね。他に手掛かりもないし」
流水も頷き、仲間たちは覚悟を決めたように足を進める。
それから彼らは、壁に刻まれた模様を一つ一つ確認しながら進んでいった。
五つ、六つ、七つ――
進むほどに、意図的に“迷わせる”ような分岐が増えていく。
だが彼らは、方向には惑わされなかった。
左右、前後、上下――そんなものはどうでもいい。
重要なのは順番。数字の流れだけだ。
「……これで丸が九つだ」
燈也が壁の模様を見上げながら呟く。
石神八陣。
八を超えるということは、本来想定された“陣”の外側に踏み出すということ。
次の瞬間――
通路が途切れ、視界が一気に開けた。
ようやく辿り着いたのは、先程までとは明らかに違う、広く静かな空間だった。
天井は高く、中央には淡く光る陣が浮かび上がっている。
――ここが、終点。
「……癒水の考え通り、この先がゴールみたいね」
流水が周囲を見渡しながら言う。
「おっと……ここから先は進ませないぜ!」
迷宮の通路、その先に立ちはだかる一人の男。
岩のように逞しい体躯が、行く手を完全に塞いでいた。
「誰だ? お前は?」
燈也は一歩前に出つつ、警戒を隠さず問いかける。
「俺は六堂仁。――お前が噂のSランクだな?」
男は口角を吊り上げ、獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべる。
「会いたかったぜェ!」
大柄な体に、異様に目立つカーリーパーマのボンバーヘッド。
盛り上がった筋肉は、制服の上からでも分かるほどで、ただ立っているだけで圧迫感がある。
理屈より拳。思考より衝動。
その存在そのものが「戦うため」にあるような男だ。
「俺に何の用だ?」
燈也は視線を逸らさずに聞く。
「ちょいと……手合わせして欲しくてなァ」
六堂は指を絡め、パキパキと骨を鳴らす。
その仕草一つで、戦闘狂であることが嫌というほど伝わってくる。
次回予告 『第37想 筋肉は魔法を嘲笑う――十月花からの刺客 六堂仁』
迷宮の最深部――
石神八陣のゴールを目前にして、不知火チームの前に立ちはだかる影。
現れたのは、謎の組織《十月花》の一人。――六堂仁。
「魔法?そんなもん効くかよォ!!」
魔法を弾き返す異常な筋肉、拳一つで魔力をねじ伏せる圧倒的な力の前に、
不知火チームは苦戦を強いられる。
「攻撃が……通らない!?」
圧倒的なフィジカル、正面突破を許さぬ怪物のような存在に、
一行は追い詰められていく。
だが――一人では越えられなくとも、仲間がいる。
仲間と共に最強の壁に挑む。
迷宮脱出か、完全敗北か。
石神八陣、最後の関門で――激しく火花を散らす!




