第35想 魔法執行部の旋律
通学路。朝の光が校舎の窓に反射して、通りすぎる生徒たちの影を長く引き伸ばしていた。
「今日も練習なのだー!!」
ななが両手を突き上げながら元気よく進む。
胸元で抱えられたビビデバビルも、丸い目を輝かせて――
「ビッ!!」
と気合いの入った声を上げる。どうやら主人のテンションに連動しているらしい。
「二人とも、朝から元気だな。」
燈也はそんな様子に苦笑しつつも、どこか嬉しそうだった。
怪しいモンスターと全力で張り切る少女――それがいつの間にか、朝の見慣れた風景になっていることに自分でも驚く。
「にしても、もう二週間か……。」
ふと呟いた声は、どこか感慨がこもっていた。
気づけば、ライブ本番まであと一週間。
練習でヘトヘトになる日もあったが、それでも妙に心地よかった。
――俺、こんなふうに誰かと騒いだり笑ったりするの、久しぶりだよな。
そんな感傷を胸の奥に抱えつつ歩いていると――。
「……なんだ? 騒がしいな?」
校庭の前に差しかかった瞬間、ざわざわとした喧騒が耳を打った。
普段は適度に穏やかな朝の校庭だが、今日は妙に人だかりができている。
人々の視線が一点に集中している中央では――
「オイ!!俺にぶつかるとは、ケンカ売ってんのかぁ!? あぁん!?」
数人の不良グループが、震え上がる男子生徒を取り囲んでいた。
「ひ、ひぃぃっ!! そんなつもりは、滅相もありません!!」
何度も頭を下げ、声を裏返らせながら必死に命乞いしている。
「そりゃそうだよなァ? 俺ら“黒牙”の名前知らねぇやつなんざ、この学校にいるわけねぇしよ?」
金髪の男が薄く笑い、胸ぐらを掴んだまま揺さぶる。
「今なら特別に、有り金全部で許してやるよ。」
「そ、そんな……! 勘弁してください……!」
泣きながら縋る男子生徒。しかし、不良たちのニヤけた顔は変わらない。
周囲では、多くの生徒が遠巻きに見ながら囁き合っていた。
「どうする?助けるか?」
「いや……奴らに目をつけられたら終わりだって。巻き込まれるのはゴメンだぜ。」
誰も助けようとはしない。その空気は重く、居心地が悪いほど静まり返っていた。
「燈也、どうするのだ?」
ななが心配そうに袖を引いた。
燈也は――少しだけ顔をしかめて、内心で深い息を吐く。
面倒事は嫌いだ。
まして相手は有名な不良グループとなれば、できることなら関わりたくない。
「……そうだな。」
そう言いつつも、胸の奥に引っかかるものがあった。
その微かな苛立ちに気づいた時――
「朝からうるさいわよ。」
乾いた声が、喧騒を切り裂いた。
次の瞬間、不良の一人が横から激しく吹き飛ばされる。
まるで見えない衝撃に弾かれたように、地面を転がった。
「なっ……なんだ!? 一体何が――!」
不良グループが一斉に動揺し、あたりを見回す。
群衆からどよめきが上がった。
「……あれ、魔法執行部の連中だ……!」
生徒の誰かがそう呟いた。
その声は瞬く間に人だかりの中に広がり、場の空気が一変する。
「っていうか誰よ? あいつら?」
不良を遠くへ吹き飛ばした張本人――魔法執行部部長 高天原帝亜が、今さらのように小首を傾げた。
どうやら“誰かも知らずに”ぶっ飛ばしたらしい。
――こいつ、勢いでやったのかよ……。
燈也は内心で思いきりツッコむ。
「外見を見るからに不良グループのようだが……俺も知らん。」
横で腕を組んでいた副部長の英明が、興味もなさそうに淡々と返す。
「なんだ……雑魚か。つまらないわ。」
帝亜は、心底がっかりしたという表情で肩をすくめた。
――正直なだけなんだろうけどさ……不良相手にナチュラルに煽れるの、逆にすごいな。
燈也はひとり冷静に分析する。
「あぁ? 誰が雑魚だ!!」
案の定、不良たちは瞬時にブチ切れた。
「……助けてください!!」
先ほどまで絡まれていた男子生徒が、帝亜の背後に縋りつく勢いで逃げ込む。
帝亜はため息をつき、長い髪を指で払った。
「争いごとは嫌いなのよね。でも、善良な生徒を放ってはおけないし。」
(よく言うぜ……)
燈也は半眼になる。
自分を魔法執行部に勧誘するために、あれだけ容赦のない手段をとったのを忘れてはいない。
周りの生徒たちも同じ思いなのか、妙な空気が漂う。
「俺たちに喧嘩売って、生きて帰れると思うなよ!!」
不良グループが再び威嚇し、拳を鳴らす。
帝亜は逆に微笑んだ。上品で、しかしどこか挑発的な笑み。
「私、あなたたちみたいな不良が大っ嫌いなのよね。来るなら早くしてくれる?」
「本音はそっちか……。」
燈也はぼそりとツッコんだ。
魔法執行部の“善行”より、不良を叩きのめすのが本命らしい。
「なっ……舐めやがって!! 俺たちが学園最強だってことを思い知らせてやるぜ!! 行くぞ、てめぇら!」
「へへへ!! 喧嘩売ったこと後悔させてやる! まずは俺からいくぜ!! 食らえ!!」
不良が黒い魔力を纏い、足元の砂塵が舞い上がる。
≪中級闇魔法 邪極轟刃!!≫
黒紫の魔力弾が帝亜へ向かって一直線に走る――。
しかし、
「それは攻撃のつもりかしら?」
帝亜は片手をひらりと上げただけだった。
魔力弾はまるで薄い膜に吸い込まれるように消え、風すら起きなかった。
「ば……バカな……!?」
不良の顔が真っ青になる。
「すげぇ……これが魔法執行部……!」「いいぞ! やっちまえ!!」
周囲に歓声が一気に広がる。
普段は恐れられる不良相手ということもあり、皆のテンションが高い。
「まだ来るの?」
帝亜は涼しい顔で問いかけた。
「ふざけんな!こうなったら全員でかかるぞ!!」
不良グループのリーダーが怒号を上げると、取り巻きどもがビビりながらも一斉に魔力を練り上げる。
「へ、へいっ!」
『燃えよ!』
≪初級火魔法・イグニ!≫
『大地よ!』
≪初級土魔法・テラー!≫
『堕ちよ!』
≪初級闇魔法・ザラム!≫
『痺れよ!』
≪初級雷魔法・レイ!≫
四属性の魔法が同時に放たれ、渦を巻きながら帝亜へと襲い掛かる——。
だが。
次回予告 『小さな背中のエチュード』
不良たちを一撃で制した帝亜――
だが、帝亜に迫る鬼教師ドライツェン・エクレールの鋭い視線。
危機を前に、勇敢な小さな背中が立ち上がる――なな。
友と正義を信じ、恐れず庇うその姿に、校庭の空気は一変する。




