第34想 レガートに紡ぐ想い――踏み出す一歩の旋律
「苗字も違うだろ? 本当の両親は……俺が小さいときに亡くなっちまってるからな」
淡々と語る声は、どこか遠くを見ているようだった。
「それで、母さんの妹だった清水さんが……俺を引き取って育ててくれたんだ」
机のライトの柔らかい光が、少し寂しげな横顔を照らす。
ななはぎゅっと拳を握りしめ、悲しそうに俯いた。
「……そうだったのか。……ごめんなさいなのだ。余計なこと聞いて」
「なんでお前が謝るんだよ。気にすんなって」
燈也は軽く笑って、ななの頭をぽんと叩く。
「両親の顔だって覚えてねぇしな」
それでも、その言葉の裏に小さな痛みが潜んでいるのを、
ななは気づいていた。
「でも……会えなくて、寂しくないのか?」
ななの声は震えていた。
「ん? そりゃあ……会えるなら、会ってみたいけどよ」
燈也は天井を見上げ、小さく息を吐く。
「でも、ここには“もうひとつの両親”も家族もいる。だから寂しくねぇよ」
その笑顔は、強さと優しさに満ちていた。
ななの表情も一気に明るくなる。
「そうなのだー! 家族は大事にするのだ!」
「ははっ、なんでお前が上からなんだよ」
燈也が笑うと、なながまた首を傾げた。
「じゃあ……ひとつ聞いてもいいか?」
「ん?」
「なんで“お父さん”“お母さん”って呼ばないのだ?」
「っ……!!」
燈也の動きが完全に止まる。
数秒、静止した後――
「い、いろいろあるんだよ……!!」
「もしかして……恥ずかしいのか?」
「なっ……!? お、お前……!」
図星のせいで耳まで真っ赤。
ななはしてやったりと胸を張った。
「燈也は子供なのだー」
「ちょっ……違ぇよ!! それに、お前にだけは言われたくねぇ!!」
ななはくすくす笑い、燈也は枕を投げつける真似をして反論する。
「じゃあ、なんでなのだ?」
「だ、だから……色々あるんだよ!」
燈也がそっぽを向きながら答えると、
ななは両腕を組んで「ふーん……」と細めた目で見つめてきた。
「な、なんだよその目は!?」
「べーつに〜、なのだ」
完全に揶揄っている。
「こいつ……絶対信じてねぇ……」
その口元は笑いを堪えた形に歪んでいた。
「……くそ。分かったよ! 俺の負けだ!」
観念し、肩を落としてため息をつく燈也。
「お前の言う通りだ……」
ぽつりと、言葉が零れた。
「俺だって……あの二人には感謝してるし、本当の親だって思ってる。
……けどさ、いざ“呼ぶ”となったら……どうにも言いにくくてな」
視線を落とし、指先をいじる。
その姿は、普段の強がりとは別人だった。
「向こうがどう思ってるのかも……分かんねぇし……」
遠慮、照れ、不安、期待。
複雑に絡まった感情が、言葉の端々に滲んでいた。
ななはしばらく黙って燈也を見ていたが――
やがて小さく息をついて言った。
「……やっぱり燈也は子供だな」
「なっ……!」
きっぱりと言い切られ、燈也は目を丸くする。
だが、ななの瞳は優しかった。
「答えは分かっているはずなのだ。」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに言う。
「足りないのは……踏み出す勇気だけなのだ」
小さな身体からは想像できないほど、その声はしっかりと胸に響いた。
「……」
燈也は何も言えなかった。
ただ、その言葉が心に染みるのを感じていた。
そんな空気をふっと軽くするように、ななが笑った。
「それじゃあ、ななはお風呂に行くのだー! またなー!」
手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。
ドアが閉まった後、静けさだけが残った。
「……ったく、ななのヤツ」
子供とばかり思っていたが――
燈也はふっと、穏やかな笑みを浮かべた。
***
湯気がふわりと立ちこめる脱衣所を抜け、浴室の扉が開いた瞬間――
「わー! お風呂なのだー!」
ななが弾けるように声を上げる。
「はいはい、まずは身体を洗ってからだよ。こっちにおいで」
「わーい。なのだー!」
清水に手を引かれ、ななはちょこんと丸椅子に座った。
湯気に包まれた浴室は暖かく、ほのかな石鹸の香りが漂う。
「やっぱり誰かと一緒に入るのはいいものだねぇ」
豪快な笑い声が浴室に響く。
その声はいつもよりどこか柔らかかった。
「ななも楽しいのだ!」
清水はシャワーを温かく調節し、ななの髪に優しく湯を落とす。
その手つきは母親そのものだった。
「ちょっと前まではね、子供達も一緒に入ってもらえたんだけどさ……」
ぽつりとこぼれた声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「最近はもう、背中すら流させてくれないからね〜。
まったく……成長はうれしいけど、こういう時はちょっとねぇ」
清水は苦笑しながら、丁寧に泡を作ってななの髪を洗い始める。
「だから、こうしてななちゃんが一緒に入ってくれると、本当にうれしいよ」
その言葉は嘘偽りのない温度で、浴室の湯気に溶けていくようだった。
ななはくるりと振り返り、まっすぐに清水の目を見て言う。
「ななで良かったら……いつでも一緒に入るのだ!」
はにかみながらも、胸を張って。
「ありがとうね。ななちゃんは本当に素直でいい子だよ」
清水は微笑み、ななの髪を優しく撫でた。
泡だらけの指先が、まるで“よしよし”と言っているようだった。
「……あの子もね、ななちゃんみたいに素直になってくれると、
私ももっと……うれしいんだけどねえ」
そう言う清水の表情には、母としての誇りと少しの切なさが入り混じっていた。
優しく、温かく、どこか胸がきゅっとなる――
そんな微笑みだった。
***
風呂場から聞こえる、ななと清水の楽しげな笑い声。
それを背中で聞きながら、燈也は自室の窓を開け放ち、外の夜空をぼんやりと見上げていた。
夜風は思ったより冷たく、頬をかすめていく。
――足りないのは踏み出す勇気なのだ――
さっきのななの言葉が、何度も頭の中で反芻される。
(……踏み出す勇気、か)
その一言に、胸の奥を刺されたような感覚が残っている。
燈也はゆっくりと窓枠に肘をつき、夜空を仰ぐ。
星は少しだけ見え、その光はどこか遠くて、手が届きそうで届かない想いを象徴しているようだった。
次回 『第35想 友情の協奏曲』
朝の校庭に響く叫び声――。不良たちの魔力が渦巻き、暴走する混沌。
しかし、その前に立ちはだかるのは、魔法執行部部長・高天原帝亜。
「私、あなたたちみたいな不良が大っ嫌いなのよね。来るなら早くしてくれる?」
一瞬の静寂の後、四属性の魔法が同時に放たれる。
雷、火、土、闇――怒号と轟音が校庭を震わせる!
魔法執行部の真の力とは――!?




