第33想 束の間の夜想曲
古びた旧校舎の一室。窓枠は軋み、床はところどころ色あせている。けれど、集まった仲間たちの声がその寂れた空間を明るく染めていた。
「えー。ではこれより――親睦会を始めるぜ!」
風間郷夜が勢いよく手を挙げ、教室中に響くほどの声で宣言する。
突然すぎる挨拶に、不知火燈也は肩をすくめた。
「オイオイ……今日の練習はどうするんだよ?」
半分呆れながらも、どこか楽しそうな声。
「まあまあ、いいじゃない。こういう日も必要よ」
リエラが柔らかく笑う。
「それとも――燈也くんは嫌だったかしら?」
わざと含みのある声で囁かれ、燈也は耳の後ろをかいた。
「……たく。分かってるくせに言うんじゃねぇよ」
照れ隠しにそっぽを向くが、その眉はどこか緩んでいた。
「うふふ……」
リエラはくすっと笑う。
「それじゃあ――カンパーイ!」
燈也がジュースの紙コップを掲げると、
「カンパーイ!!」
全員の声が重なる。
その直後。
「あっ!!それオレ様が言いたかったのに!!」
郷夜が情けない声を上げ、まるで本気で悔しがるように燈也を見る。
「あははは!!」
周囲が笑いで包まれ、燈也が肩を揺らす。
「悪いな! 早いもの勝ちだ」
「けっ……こうなったらオレ様が全部お菓子食ってやる!まずは一枚――」
郷夜がお菓子の袋に手を伸ばした瞬間。
「ビビビッ!」
「うわあぁぁぁあ!? 噛むなバカ!オレ様は食べ物じゃねぇ!!」
ビビデバビルが頭に噛みつき、郷夜は教室をぐるぐる回りながら大騒ぎする。
「もう、そんなヤツ食べたらお腹壊すからダメなのだ!」
ななが小さな体で両手を広げて注意をする。
「ビー!」
言葉が通じたのか、ビビデバビルは渋々と郷夜の頭を離した。
「……ふぅ。飼い主ならちゃんと躾けろよ。これだからちんちくりんなヤツは困るぜ!」
「ちんちくりんではないのだ! この子はビビデバビルちゃんなのだ!
お前の方こそウリ科の植物みたいな変な名前なのだ!」
ムスッと怒るなな。
「それはゴーヤだ!! オレ様は郷夜だ!! 間違えんな!!」
「ビビビッ!!」
「ぎゃあああああ!! また噛むなぁああああ!!!」
結局また噛まれ、郷夜は床を転げ回る。
「わっ、わ! 燈也さん、どうしましょう……!」
加ヶ瀬怜花が半泣きになりながら袖を引く。
「やれやれ……世話が焼けるヤツだ」
燈也は軽く嘆息して、ポケットから煎餅を取り出し、ぽいと投げた。
「ほらよ」
「ビビ!」
煎餅に夢中になり、ビビデバビルはすぐに大人しくなる。
「ふふっ……助かりました」
ほっとしたように微笑む怜花。
そんな彼女に、ふと漣流水が近寄ってきた。
「怜花さん……だったわよね。
燈也から色々聞いてるわ。……面倒かけてるみたいでごめんなさいね」
まるで本物の姉のように、申し訳なさそうに笑う。
「め、面倒なんて……燈也さんにはいつも助けてもらってます」
慌てて手を振りながら否定する怜花。
「へえ……あの燈也がねぇ?」
流水は意外そうに眉を上げる。
「それに……これは私がやりたい事なんです。ななちゃんのために」
優しいまなざしで、遠くではしゃぐななを見つめて言う。
「……たいした心がけね」
ほんの少し、口元がゆるむ。
「流水さんは、違うんですか?」
「アタシは……仕方なくよ」
ツンと顔を背けるが、その頬はどこか暖かった。
「ほら。あいつらって、放っておくと何やらかすか分かんないじゃない?」
――本当は優しい人なんですね。怜花は胸の中でそう呟いた。
「ふふふ」
「な、なによ!?」
不服そうに眉を寄せる流水。
「いえ。……絶対に成功させましょうね」
「そんなの――決まってるじゃない!」
胸を張る流水。
その横顔は、しっかり“仲間”を思う者のそれだった。
騒がしくも温かい親睦会は、旧校舎に心地よい笑い声を響かせ続けた。
***
あたたかい光がこぼれる清水家のダイニング。
テーブルの上には、湯気を立てる料理がずらりと並んでいた。
「わーい! ハンバーグなのだ!!」
椅子に飛び乗るようにして、ななが声を弾ませた。
その顔は満開の花のように輝き、目はキラキラとハンバーグに釘づけだ。
「……おお。すげぇ……豪勢だな」
燈也も、テーブルの景色を見て素直に感嘆の声を漏らす。
「ななちゃんの好物って聞いたからね。腕によりをかけて作ったよ。」
キッチンから漣清水が顔を出し、エプロンの紐を結び直しながら優しく微笑む。
その目は、まるで本当の家族を見るように柔らかい。
「わー!! いただきますなのだ!!」
ななは席に座るなり、フォークを掴んでハンバーグをぱくり。
頬をいっぱいに膨らませながら「おいしいのだ~!」と幸せそうに揺れる。
「ほら、燈也も座りな。おかわりもたくさんあるから遠慮はいらないよ」
清水が母親らしい声色で促す。
「あ、ああ……ありがとう。清水さん」
燈也は少し照れながら席に着く。その横顔を、清水はそっと見つめた。
「……ああ」
そのつぶやきは小さく、どこか寂しげだった。
けれどすぐに、いつもの調子を装うように背筋を伸ばす。
「そうだ、食べ終わったらちゃんと風呂に入りなよ。
ななちゃんは一緒に入ろうね」
「分かったのだ!」
大喜びで手を挙げるなな。
清水になついている彼女の姿はまるで本当の親子のようだ。
そんな二人のやり取りを見て、清水はふと燈也のほうへ目を向ける。
「燈也も……一緒に入るかい?」
にやり、と半分揶揄うような笑み。
本当の息子をからかうような、そんな温かい声音だった。
「なっ……! ば、馬鹿言うなよ!!
子供じゃないんだから、一緒に入るわけねぇだろ!!」
燈也が耳まで真っ赤になって立ち上がりかける。
「アッハッハッハ!
照れちゃって可愛いもんだねぇ」
「ち、違ぇよ! そんなんじゃねぇって!」
顔を横にそむけながら否定する燈也。
「ハハハ……」
食卓は笑いに満ち、温かい空気であふれている。
夕食を終え、風呂の湯気が家中に満ちる頃。
燈也は自室のベッドに仰向けになり、まどろみに沈みかけていた。
――コン、コン。
控えめなノック音。
続いて、戸の隙間から小さな顔がひょこっと覗く。
「燈也……ちょっと聞きたいことがあるんだが、良いか?」
珍しく弱気な声で聞いてくるなな。
燈也は半身を起こし、片眉を上げた。
「ん? なんだよ。そんな改まって……お前らしくねえな」
ななはおそるおそる部屋に入ってきて、遠慮がちにベッドの端へ腰を下ろした。
「その……燈也って、自分の家なのに、どこかよそよそしいのだ。……仲が悪いのか?」
その言葉に、燈也は思わず視線をそらす。
「……そんなんじゃねぇよ。ただ――」
言いづらそうに、机の上の写真立てに目をやった。
そこには清水と水月、そして幼い頃の燈也が写っている写真の横に、
もう一枚別の夫婦が赤ん坊の燈也を抱いている写真が置いてある。
「俺は、実の子供じゃないんだよ」
「……えっ」
ななの目が驚きに丸く広がる。
部屋の空気が、急に重く静かになった。
次回 『第34想 レガートに紡ぐ想い――踏み出す一歩の旋律』
――足りないのは、たった一歩の勇気――
燈也は、自分の過去と向き合い、家族の温もりを胸に刻む。
だが、心の奥に潜む“呼べない想い”は、まだ彼を縛っていた。
「踏み出す勇気……か」
夜空を見上げ、星の光に手を伸ばす燈也。
その瞳に映るのは、仲間たちの笑顔、そしてかすかな未来の可能性。




