第31想 名前決まらぬ六重奏の調べ
旧校舎の空き教室――。
夕陽が差し込む窓は少しだけ開いており、そこから吹き込む風が、薄く積もった埃をふわりと揺らしていた。
赤い帯のように伸びる光が床を横切り、使われなくなった備品、椅子と机が長い影を落とす。
どこか懐かしいのに、少しだけ心がざわつく……そんな廃れた空間だ。
その真ん中で、バンドメンバーたちが集まっていた。
「ビッ!!」
ななの腕の中で、白いもこもこした生物――ビビデ・バビルちゃんが、今日も元気に鳴いた。
丸い瞳は宝石のようにキラキラしていて、口は三日月型ににょきっと広がっている。
まるで“ここが自分の居場所!”と言わんばかりに、無邪気に手をぱたぱた振っていた。
「ビッ!」
ななも同じテンションで復唱する。嬉しそうに、声まで弾んでいる。
「な、なんなのよアレ!? 謎生物にもほどがあるんだけど!?」
漣流水が思い切り指差して叫んだ。
その顔には驚きと困惑と、若干の悲鳴成分が混ざっている。
「ビビデバビルちゃんなのだ!」
ななが胸を張って答えるが流水が今聞きたいのは名前では無い…
「いや、その……実はな」
見かねた不知火燈也は後頭部をかきながら、ななに代わり説明をする。
――少し時間は遡る。
異空間での石像との戦い、その直後。
「ビッ!!」
巨大な敵が砕け散り、空間が静寂を取り戻した瞬間。
子悪魔のぬいぐるみのような生き物が、瓦礫の隙間からぴょこんと飛び出してきた。
「まだ残ってたのか?」
燈也が反射的に構える。
「あれ……どうするの?」
リエラは一歩下がりつつ、警戒しながら目を凝らした。
しかし様子が変だ。
ぬいぐるみのような生物は両手をお腹を押さえ、
「ぐぅ……」
と弱々しく鳴いた。
戦意なんてまるで感じられない。むしろ、お腹を空かせた子犬のようだ。
「もしかして……お腹、減ってるのか?」
ななが首をかしげる。妙に確信めいた声だった。
「そういえば、確か……」
「煎餅が残ってたな……」
燈也取り出したのは、例の煎餅。前にななにあげたのと同じものだ。
「…食べるか?」
ためらいながら差し出すと――
「ビビビッ!!」
ぬいぐるみのような生物は歓喜に震え、ザクッ!ザクッ!と夢中でかじり始めた。
「ふふ~。たくさん食べるのだ」
ななが嬉しそうに撫でてやると、ますます機嫌が良くなる白い生物。
「このあと、どうするの?」
困惑気味にリエラが問いかける。
「まぁ……敵意は無さそうだしな」
燈也は腕を組み、ため息をついた。
ふと横を見ると、ななはこの謎生物をぎゅっと抱きしめて離さない。
その顔は、完全に“新しいペットができた子ども”のそれだった。
「……こいつ、ななの友達になりそうだな」
燈也は苦笑混じりに呟いた。
――そして、現在。
「……という経緯があって、こうなったわけだな」
燈也が締める。
「……あんたたちねぇ……」
流水はこめかみを押さえながら、深いため息をついた。
しかし、ビビデ・バビルと名付けられた生物は「ビッ」と愛嬌たっぷりに挨拶をする。
その姿に、流水もつい頬をゆるめてしまう。
「まあ、害がないなら別にいいけど……みんな喜んでるし。ほら、新しい仲間も増えたことだし、練習始めるわよ!」
そう言って笑う流水。
その声音には、どこか優しさが混ざっていた。
――だが。
「ちょっと待ったぁぁ!!」
突然、風間郷夜が勢いよく立ち上がった。
「まだ大事なことが残ってるだろ!?」
「大事なこと?」
燈也が眉をひそめる。
郷夜はニヤッと口角を上げ、胸を張って言い放つ。
「バンド名だよ、バンド名!」
「お前がまともなことを言ってる……だと?」
燈也の目が丸くなる。
「これは……ニセモノでしょうか?」
加ヶ瀬怜花が真顔でつぶやく。
「台風でも来るんじゃない?」
流水がじと目で郷夜を見た。
「みなさん、あまりに失礼ですよ……」
漣癒水が苦笑しながらフォローする。
「で、案はあるの?」
流水が腕を組んで郷夜を見た。
「へへへッ……あるに決まってるだろ!」
胸を張って、得意げに叫ぶ。
「『ビューティフル神風サイクロンズ』!!」
「ダサい……却下なのだ」
ななが即答した。
「うぐっ……」
郷夜が撃沈する。
「他に案ある奴いるか?」
燈也が皆を見る。
「ふふ、私はもっと素敵なのがあるわ!
『シャイニングトリニティ―トワイライトミラクルズ』!!」
リエラは胸を張る。
「長ぇよ!! どこで息継ぎすんだよ!!」
燈也が叫ぶ。
「『ホヤウカムイ』なんてどうでしょうか?」
癒水が控えめに手を挙げた。
「なぜ水神……」
燈也が即ツッコミ。
「ビビビビッ!!」
ビビデ・バビルも叫ぶ。
「意味不明すぎるって!」
燈也は頭を抱えた。
「うーん……しっくりこないのだ……」
ななが少し困ったように頬を膨らませる。
「流水姉は?」
燈也が振る。
「え、アタシ!? え、えっと……
『ぷかぷか☆クリオネさん’s』とか……?」
「ぷっ……似合わねぇ」
燈也が吹いた。
「はぁ!? 殴るわよ!?」
流水がマジギレする。
慌てて燈也は話題を変える。
「そ、そうだ! ななは何かないのか?」
「バンド名……」
ななは胸に手を当て、ゆっくり目を閉じた。
「難しく考えんな。お前がバンドをやりたい“理由”を込めればいい」
次回 『第32想 バンド名は“Resonansce”! 音に込めた想い、初めての共鳴』
新たな仲間たちと共に――ついに結成されたバンド『Resonansce』。
だが、初めての練習は、まだ頼りなく、不安だらけ。
それでも、ななは胸に秘めた想いを音に乗せ、仲間たちは手を取り合う。
心が重なり合うとき、空き教室に響く旋律は、ただの音ではなく“共鳴”となる。
今はまだ誰も知らない、けれど確かに心を震わせる――
彼らの物語は、ここから大きく動き出す。




