第27想 夢のその先へ
前回までのあらすじ
魔法嫌いな元・学園最強――不知火燈也。
魔法執行部に渋々加入した彼は、幽霊調査の任務で未練を抱えた少女・ななと出会う。
彼女の願いを叶えるため、燈也は仲間たちと共に“バンド”を結成し、ライブという挑戦に踏み出す。
衝突、挫折、そして失われていく記憶――
それでも想いは消えず、歌は奇跡を起こした。
ライブは成功し、ななの未練は晴らされる。
だが、安らぎの時間は長くは続かない。
次に待ち受けるのは、学園最大の試練――魔法試験。
物語は、新たな局面へ。
「それじゃあ、またしばらく帰って来れないけど、仲良くするんだよ」
玄関先で、義母――漣清水はいつもの穏やかな声でそう言った。
その隣で義父――水月も、少し照れくさそうに笑いながら続ける。
「風邪とか引かないようにな」
「もう子供じゃないんだから、心配いらねーよ」
そう返すと、清水は一瞬だけ困ったように目を細め、それから小さく頷いた。
「そうかい……それじゃあ、もう出発する時間だから」
「ああ……」
靴を履き、扉に手をかけた清水の背中を見送りながら、胸の奥がわずかにざわつく。
――足りないのは、踏み出す勇気なのだ。
ふと、ななの声が脳裏をよぎった。
「あっ……えっと」
自分でも驚くほど、声が掠れていた。
「ん? なんだい?」
振り返った清水と目が合う。
一瞬ためらい、それでも――
「その……いってらっしゃい。……義母さん」
空気が止まったような気がした。
次の瞬間、清水は目を見開き、そして柔らかく笑った。
「……ああ、行ってくるよ」
扉が閉まり、家の中に静寂が戻る。
「さて……俺も支度して学校に向かうかな」
そう呟き、自分の部屋に目をやる。
壁に飾られているのは、顔も覚えていない両親の写真。
その写真の前、棚の上には一枚のCDが置かれていた。
以前まではなかったもの。
――ななが、何度も何度も繰り返し聴いていた音楽。
「……」
燈也は足を止め、しばらくそれを見つめる。
再生ボタンを押すことはない。
それでも、旋律は胸の奥で静かに鳴り続けていた。
胸の奥が、ほんのりと温かくなる。
失われたはずのものが、確かにここに残っている――そんな感覚。
「行ってくるよ。……父さん、母さん」
写真に語りかけるように、静かに告げる。
それは別れではなく、前へ進むための挨拶だった。
燈也はドアノブに手をかけ、振り返ることなく部屋を後にした。
今日はリエラも流水も癒水も用事があり、先に登校している。
久しぶりの一人での登校だ。
学校へ向かう途中、背後から聞き慣れた声が響いた。
「おーい! ともくーん!」
少し高く、元気なその声に、自然と足が止まった。
振り返ると、そこにはななみが立っていた。朝日に照らされ、柔らかく手を振っている。
「ななみ。久しぶりだな」
「今日は一人?」
「ああ。皆は用事があって先に行ってる」
「なら、一緒に行っても大丈夫かな?」
ほんの少し遠慮がちに、でも期待を滲ませた表情。
俺は肩をすくめて、軽く笑った。
「ああ、もちろんだぜ」
並んで歩き出す。
朝の空気は澄んでいて、どこか新しい始まりを感じさせた。
「ともくん、皆から聞いたよ。ななの為に色々してくれてたって……」
その声は穏やかで、それでいて少し震えていた。
視線を落とし、指先をぎゅっと握りしめている。
「本当にありがとう」
「俺は、自分のやりたいことをやっただけだ……」
そう答えながら、視線を前に向ける。
「別に、感謝されるようなことじゃない」
「でも……おかげで、私とななは救われた」
「それだって、ななが自分で頑張っただけさ」
言葉を選びながら、ゆっくり続ける。
「俺はほんの少し、力を貸しただけで……」
「それでも、ありがとうね」
柔らかな声だった。
短い一言なのに、胸の奥にまっすぐ届く。
「ななみ……」
何と返せばいいのか分からず、言葉が途切れる。
その時、ななみの腕の中で何かがもぞもぞと動いた。
「そういえば……そいつって」
「ビビデ・バビルだよ」
ななみの腕の中で、小さな生き物が元気よく動く。
「ライブの次の日に偶然出会ってね……仲良くなったんだ」
「そっか……」
小さく頷きながら、思わず口元が緩む。
「いいんじゃないか。そいつも喜んでると思うぜ」
「ビビビ!」
鳴き声に、思わず笑みがこぼれる。
「きっと……あいつもな」
何気ない一言だったが、胸の奥がほんのり温かくなる。
「だったら、嬉しいな」
ななみはそう言って、少しだけ空を見上げた。
その横顔は、前よりもずっと穏やかで、確かに前を向いているように見えた。
少しの沈黙の後、ななみが前を向いて言った。
「これから、どうするの?」
「また、歌でも歌ってみようかな」
「いいじゃねえか。その時は、ぜひ聞かせてくれよ」
「ありがとう。頑張るね!」
◆屋上。
金網越しに吹き抜ける風が、制服の裾と髪を揺らす。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。騒がしい学園の喧騒が嘘のように遠い。
そんな中で、見覚えのある背中を見つけた。
「お前も来てたのか……」
「燈也さん……ここでお会いするのは久しぶりですね」
怜花だった。
穏やかな微笑みを浮かべながらも、その瞳はどこか物思いに沈んでいる。
「だな。しばらくは、ななにつきっきりだったし」
「今日は、どうしてここに?」
燈也の問いに、怜花は少しだけ視線を伏せた。
「ななちゃんのことを……考えていたんです」
その声は、静かで、けれど確かな温度を持っていた。
「俺もだよ」
燈也は空を見上げる。
「大変だったけどさ……あいつと出会えて、良かったと思ってる」
「……私もです」
怜花も同じように空へ視線を向ける。
青く澄んだ空の向こうに、もう姿は見えないはずなのに――
そこに、確かに“いた”気配を感じていた。
燈也の言葉に、怜花は小さく頷く。
「ななみさんも……前を向けました」
「ああ」
「だから……」
燈也は一度、拳を握りしめてから、静かに続ける。
「俺も、そろそろ前を向かなきゃな」
その言葉には、決意と、少しの寂しさが混じっていた。
「……はい」
怜花は顔を上げ、はっきりとした声で言う。
「私も、夢に向かって頑張ります。ななちゃんに負けないように!」
その瞳は、もう迷っていなかった。
かつて支えられた想いを、今度は自分の力に変えようとしている。
燈也は口元を緩める。
「よし。なら、練習再開だな」
そう言って、いつもの調子で問いかける。
「ホウキは持ったか?」
「はい!」
即答だった。
怜花は背筋を伸ばし、しっかりと頷く。
「今日も張り切って行くぞ!」
「えっと……」
一瞬だけ困ったように笑って、
「お手柔らかにお願いしますね」
その言葉に、燈也は小さく笑った。
風は相変わらず心地よく、
屋上には、もう悲しみよりも前へ進むための空気が満ちていた。
◆
――次の日。
教室に響く、重々しい声。
「諸君。分かっているだろうが、来週は魔法試験である」
ドライツェンが教壇に立ち、腕を組んで見下ろしている。
「日々学問に励んでおる諸君なら問題ないと思うが……」
「やべぇ……忘れてた」
風間が小声で呟き、顔を青くする。
「この試験はレクリエーションも兼ねており、成績優秀者には褒美も用意されているそうだ」
教室がざわめく。
「皆、日ごろの成果を存分に発揮すると良い」
「あ……あの。ちなみに、もし落ちたら……」
恐る恐る上がった質問に、ドライツェンは口角を上げた。
「当然、追試である。勿論、夏休みも返上になるだろうな……くくくっ」
(ひぇ……マジかよ)
「試験は、個人戦とチーム戦がある。チームは五人」
「ペット、使い魔、アイテムの使用も許可する。各自、しっかり準備しておくように」
教室内の空気が一気に引き締まった。
「追試になりたくなければな……」
最後に、にやりと笑う。
「では諸君らの健闘を祈る。……以上である」
新たな試練が、静かに幕を開けようとしていた。
次回予告 『第28想 チーム結成――それぞれの思惑』
魔法試験に向け、次なる準備が始まる。
個人だけでなく、チームでの挑戦が求められる試験――
不知火燈也は仲間を集めるため、再び動き出す。
だが、集うのは実力者か、問題児か、それとも――。
魔法嫌いな元・学園最強が選ぶ“仲間”とは?




