第24想 天使のカンタービレと未解決のコード
夜も深まり、住宅街にひっそりと灯る明かり。
燈也が玄関を開けると、いつもの匂いと、いつもの騒がしい声が迎えてきた。
「ただいま~ちょっと相談があるんだが……」
靴を脱ぐ間もなく、奥から勢いよく影が飛んできた。
「お帰り~!会いたかったわよ!」
「わわっ!」
水色のロングヘアを揺らし、
豪快すぎる突進で抱きついてきたのは――“漣 清水”。
世界を飛び回る看護師で、不知火燈也にとっては保護者、つまり“義母”に当たる人物だ。
頬をすりすりしてくる清水に、燈也は苦笑いを浮かべた。
「元気してた!?……って、あら?」
清水の目が燈也の後ろに隠れる小さな影へ向く。
その直後、奥からもう一人の声が追いかけてきた。
「はっはっは、清水。気持ちは分かるが、続きは奥で話したらどうだい?」
清水の夫――“漣 水月”。
外科医として名を馳せているが、普段はおっとりした空気を纏っている。
「お帰り、燈也」
水月はふわりと笑いながら、
ななの気配に気づき、柔らかく視線を向けた。
「おや? その子は……?」
燈也は、小さく息を整えて話し始めた。
――ななが記憶喪失であること。
――帰る場所もなく、不安定な状態であること。
――しばらく預かれないかという頼み。
清水と水月は顔を見合わせる。
水月は穏やかな声で言った。
「記憶喪失……ふむ。保護が必要なのは間違いないね」
清水は腕を組み、きっぱりと言い切った。
「いいじゃない!部屋は空いてるし、うちは困ってる子を放っておく家じゃないわよ!」
水月も笑みを深めて頷く。
「僕も賛成だ。」
「というわけで――ななちゃん、だっけ? ゆっくりしていきなさい!」
清水が満面の笑顔で手を差し出す。
「ほ、本当に……いいのか?」
ななは恐る恐る問いかける。
「もちろん大歓迎だよ」
水月が優しく頭を撫でると、ななは跳ねるように笑った。
「わーい!よろしくお願いしますのだ!」
みんなが温かく迎えた。
燈也だけは腕を組んだまま、つぶやく。
「ふん……騒がしいのが増えただけだ」
次の瞬間――
「痛っ!? いきなり噛むな!!」
ななが燈也の手にぱくっと噛みついていた。
「ははははっ!可愛い子だねぇ」
水月がほっこり笑い、清水は腰に手を当てる。
「燈也、女の子泣かせるからでしょー? もっと優しくしなさい!」
「いや泣いてないだろ!?」
流水家に笑いが広がり、
ななが仲間入りした夜は、ひどく賑やかに幕を開けた。
夜も遅く、風呂を済ませた清水と水月がそれぞれ部屋に戻った時。
燈也は歯を磨きに脱衣所へ向かう。
「さて、寝る前に歯だけ……」
扉を開けた瞬間――
「なっ……!」
そこには上着を脱ぎかけのななが。
「えっ……?」
そして――
「きゃああああああああ!!」
閃光のような蹴りと謎の投擲物が飛んできた。
「悪かったって!落ち着け!うお!? 痛ッ!」
直後、流水と癒水の姉妹が走ってきて。
「なに、女の子の着替え覗いてるのよ!!」
「義兄さん、それは……流石に」
散々な言われようだった。
「誤解だって……俺はそんなつもりじゃ……」
「でも“見た”のは事実でしょ?」
「いやまぁ……そうだけど……って、なんでお前が怒ってんだよ?」
流水の頬がほんのり赤い。
「う、うるさいわね……!」
ゴンッ!
「痛ッ!? 殴るなって!」
「痛てて…酷い目に遭ったぜ…」
何とか誤解を解き、自室に戻りリエラに話す
「女の子の着替えを覗いたんだから当然の結果よ。このヘンタイ!」
どうやらリエラも騒ぎを聞いていたらしくご乱心だ。
「だから誤解なんだって…」
(とほほ…、完全に信じてもらうにはまだまだしばらくかかりそうだな)
「…ねえ燈也くん」
話が一段落すると先程とは違い、真剣なトーンで話しかけてくる。
「言わなくてよかったの? あの子が“幽霊かもしれない”って」
燈也は小さく息を吐く。
「幽霊なんて信じてねぇよ」
そして真剣に続けた。
「それに……余計な不安を与えても仕方ねぇだろ。言うなら正体を突き止めてからのほうがいい」
リエラも納得したようにうなずく。
「それもそうね」
「それじゃあ私は自分の部屋に戻るわ。お休みなさい」
「ああ、お休み」
リエラは少しだけ安心した笑顔を残して、部屋へ戻っていった。
「さて俺も寝るかな」
その時――窓の外から微かに聞こえる歌声が耳に届いた。
(……歌?)
透明で
まるで純粋な祈りのようで
人の声とは思えない響き。
庭を見ると、月明かりの下でななが歌っていた。
淡い光がその体の周囲を漂う。
その輝きは――まるで天使の羽がほのかに揺らめくようで。
燈也は思わず見入った。
(いや…そんなわけないよな…)
燈也は目を細め、決意を噛みしめるように呟いた。
「だが、お前の正体も目的も――俺が暴いてやるさ」
月が静かに照らす中、ななの歌声は夜空に溶けていった。
次回 『第25想 動き出す夜想曲』
記憶を失った“なな”の少女の謎を追うことになった燈也たち。
そんな彼らの前に現れたのは学園の風紀を守る風紀委員長――白金凛。
そして、魔法教師にして図書室の監視人――神奈。
少しずつ“なな”の中に潜む謎への手掛かりが集まっていく――。




