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Himeyuri ―魔法嫌いの元学園最強と、幼馴染の約束から始まる魔法学園譚ー  作者: 小鳥遊 千夜
第一章 幽霊少女編

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第24想 消えゆく追復曲

前回までのあらすじ


ライブ本番が明日に迫る。

しかしその裏で、幽霊少女・ななの記憶は静かに世界から消えつつあった。


仲間たちも次々とななを忘れていき、

彼女を覚えているのは、もはや燈也と怜花、リエラの三人だけ。


それでも希望を捨てず、最後まで足掻こうとする彼らだが……

 

 図書室の静寂(せいじゃく)の中、三人は資料を前に黙々(もくもく)と作業を続けていた。


「本番は明日なんだ。何としてでも方法を見つけよう」


 燈也(ともや)の声は真剣そのもので、目には焦燥(しょうそう)(にじ)む。


「はい。私も最後まで諦めません」


 怜花(れいか)も力強く応じ、ななは小さく頷いた。


 郷夜(ごうや)が去った後、三人は再び静かに作業に没頭(ぼっとう)する。


「…これはさっき風間がぶつかった時に落ちたんだな、片付け…ん?」


 燈也の視線が止まる。机の下に一冊の本が落ちていた。

 表紙には魔法アイテムについての記述があり、ページをめくると、目が止まった箇所がある。


 ――これは…ビビデバビルと出会った場所で見つけた水晶……確か魔力を増幅することが出来る…


「…もしかしてこれなら…」


 燈也の瞳が光る。ひらめきの火花が胸の奥で弾けた瞬間だった。


「悪い!ちょっと急用が出来た!後片づけ頼んだぞ!」


 怜花の返事も待たず、燈也は立ち上がり、慌ただしく図書室を飛び出した。


「…~というわけなんだが…」


 神奈(かんな)に事情を説明すると、静かな図書室に考え込む彼女の沈黙(ちんもく)がしばらく広がる。


「…ふむ」


 神奈の指先が本の上を(すべ)る。


「なるほどの…しかし上手くいくとは限らぬぞ?」


「それでもいい!頼む!時間が無いんだ!」


 燈也は声を震わせながら必死で頼み込む。手に力を込め、熱を()めた視線で神奈を見つめる。


「…分かった。そこまでいうなら用意しておくのじゃ」


 神奈は静かに頷き、了承する。目に僅かな微笑(びしょう)が浮かんだ。


「恩にきるぜ!神奈先生!」


 燈也は力いっぱい礼を言い、手を軽く振る。


「よしこうしちゃいられない。他の所にも頼みに行かないとな。それじゃあな、先生!」


 急ぎ足で図書室を後にする燈也の背中に、神奈は笑みを浮かべる。


「カカカッ!全く若い者は行動力があって良いのう」


 小さく呟きながら、彼女の瞳には好奇心と期待の光が揺れていた。

(それにしても面白い事を考えるものじゃ。やはり人間の可能性というものは、楽しませてくれるものじゃな…)


 その後、燈也は魔法執行部の部長――高天原帝亜(たかまがはらてぃあ)にお願いし、ライブ会場の準備とある魔法アイテムを生徒に配布してもらう手配を済ませた。


 すべてが整った後、燈也はななと再び合流し、疲れた体を抱えるようにして自宅へと向かう。


「はぁ…今日はヘロヘロだぜ」


 玄関をくぐる燈也。肩は少し落ち、長い一日の疲れが背中に重くのしかかっていた。


「そんな疲れて、何をしてたのだ?」


 ななが後ろから軽やかに声をかける。

 しかし燈也は顔を上げず、短く答えるだけだ。


「…なんでもねーよ」


 口を閉ざす燈也。

 上手くいく保障なんて、どこにもない。

 下手に期待を持たせるわけにはいかない――その思いが、言葉を塞いでいた。


「もう二人とも玄関で何を騒いでるのよ!」


 その時、先に帰宅していたリエラが怒声を響かせる。

 その鋭さに、燈也はわずかに身をすくめた。


「別に騒いでなんてねーよ」


 燈也は悪態(あくたい)をつきながらリビングに足を進める。

 しかし、心の奥は不安でいっぱいだった。


「全く…ただいまも言わずに、夕飯はとっくに出来てるんだよ」

「ほら、さっさと二人とも席に着きな」


 清水(きよみ)の小言が容赦(ようしゃ)なく降り注ぐ。

 燈也とリエラは顔を見合わせる。


「えっ…」

「二人?」


 二人の視線の先に、確かにもう一人の存在があるはずなのに――その視線を感じ取れない清水には、何も見えていないらしい。


「冗談キツイぜ…ここにもう一人いるだろ?」


 燈也はななのいる方角を指で示す。

 しかし清水は首をかしげるだけだ。


「何言ってんだい?アンタとリエラちゃんの二人しかいないじゃないか?

 おかしな事言うんじゃないよ」


 呆れた様子の清水に、燈也の苛立ちは(つの)る。


「おかしくなんてねぇよ!なながいるだろ?見えないのかよ!」


 燈也の声には、焦燥と困惑が混ざる。

 もしかして、清水達までななの存在を忘れてしまったのか――。


「なな?…さっきから何言ってんだい?」


 清水が困惑した顔で尋ねる。

 視線の先には、確かに燈也が必死で指し示す存在があるはずなのだが、誰にも見えていないらしい。


「ちょっと燈也くん、落ち着いて!」


 リエラも必死に声をかける。

 だが燈也の心の中は、ななの消えかけた存在感に押しつぶされそうになっていた。


 その時、ななは小さく息をつき、静かにその場を後にする。


「おい…なな、待てよ!」


 燈也は慌てて立ち上がり、必死の表情でななを追う。


「えっ、燈也くん!待ってよ」


 リエラも焦った声を上げ、燈也の後を慌ただしく追いかける。



「ちょっと二人とも、どこに行くんだい?」


 いきなり飛び出していった燈也に、清水は目を丸くした。

 玄関に向かって駆け出す彼の後ろ姿を見て、困惑が胸を締めつける。


「もう…帰ってきたと思ったらまたすぐに飛び出していくなんて…。何がどうなってるんだか…」


 清水は首をかしげ、ため息をひとつ漏らす。

 しかしその声には、ただの苛立ちだけではなく、どこか不安げな響きも混ざっていた。


 ふと机に視線を落とす。

「あれ、アタシったら、一つ余分に作っちまっていたよ」


 作り置きの料理の数を数えながら、清水は気付く。

 自分にも、何かが少しずれているような感覚があることに――。

 心の奥が、胸に穴でも開いたように、ぽっかりと(うつ)ろになる。


「それになんだい…この胸に穴が空いたような気持ちは…」


 何か大切なことを思い出せない、でも確かにそこにあった感情。

 清水の手が、机の上の料理に触れたまま止まる。


「…なんとかなるさ」


 そっと背後から声がかかる。

 振り向くと、水月が柔らかな微笑みを浮かべながら立っていた。

 その表情には、信頼と安心感があった。


「アンタは分かってるのかい?」


 清水が少し戸惑いながら尋ねる。

 自分でも説明しきれない不安を、言葉に乗せた問いだった。


「いや、ボクもキミと同じだ……。けど、これだけは言える」


 水月は手を差し伸べ、清水の肩に軽く触れる。

 落ち着いた声が、心のざわめきを少しずつ(しず)める。


「燈也達なら、きっと大丈夫だ。なんたって、僕達の子供なんだからね」


 その言葉に、清水の心の奥にわずかな温かさが広がる。

 思い出せない違和感があっても、信じるべきものがここにある――そう感じさせる力強い確信だった。


「…そうだね。」


 清水は深く息を吐き、微笑みを浮かべる。



 ***


「なな!」


 燈也の声が、少し早足で歩くななの背中に届く。

 リエラもすぐ後ろから駆け寄り、二人は必死に彼女に追いついた。


「その…なんだ。学校でも行かないか?」


 燈也は少し息を切らしながらも、顔を真剣に上げる。

「ほら、明日はライブ本番だし、練習するには丁度いいだろ?」


 今の時期なら創立祭の準備で学校も比較的空いている。

 (さざなみ)家にこんな不安定な、ななを置いておくわけにはいかない――そう思い、燈也は提案する。


「そっ…そうね!それがいいわ。三人で練習しましょ!」


 リエラは少し戸惑いながらも、にっこりと微笑んで賛同する。

 その笑顔には、安心感と共に強い意思が滲んでいた。


「でも二人に迷惑かけてしまうのだ…それにライブをやっても、きっとダメなのだ」


 ななの声は小さく、震えている。

 瞳には、少しだけ諦めの色が混ざっていた。


「何水臭いこと言ってんだ」


 燈也は軽く手を振り、力強く声をかける。

「そんなこと気にすんなよ。あんなに練習頑張ったんだから、きっと大丈夫だ」


「そうよ。あんなに練習頑張ったじゃない。きっと大丈夫よ」


 リエラも優しく励ます。

 言葉のひとつひとつに、ななの心を少しでも支えようとする気持ちが込められている。


「二人とも、ありがとうなのだ」


 ななは微かに笑みを浮かべる。

 まだ少し不安そうではあるが、その笑顔は確かに、二人の言葉に救われた証だった。


 ***


 途中でパンや飲み物を買い込み、三人は夜の校舎へと足を踏み入れた。

 薄暗く、いつもとは違う静けさが漂う廊下。風に揺れる扉の音が、まるで肝試しのように心臓を跳ねさせる。


「よし、学校に入れたな…」


 燈也は慎重に足を進めながら、視線を校舎の奥へと向ける。

 その横を、リエラも少し緊張しつつついてくる。


「なんだか肝試しみたいね」


 暗がりに笑みを浮かべるリエラに、燈也も小さく肩をすくめる。


「あれ、物音…?変だな……?」


 ふと、廊下の先からかすかな物音が聞こえる。

 燈也の手がドアノブに伸び、勢いよく開ける。


「誰だ!そこで何をしている?」


 ――ドアの向こうには、薄暗い部屋で驚いた顔をする怜花が立っていた。


「わわっ!!あれ?皆さん、どうして……?」


 思わず後ろに下がる怜花。燈也は安心しつつ、少し呆れた表情を浮かべる。


「おまえこそ、こんな時間まで何やってんだよ?もう帰ったんじゃ……?」


 燈也の問いに、怜花は少し照れくさそうに笑いながら答えた。


「明日は本番ですから。ちょっと練習しようと思ったら、こんな時間になってしまって……えっへへへ」


「はぁ…だからって、こんな夜遅くまで無理することないだろ」


 燈也は少し叱るように、しかし心配そうに言う。


「無理なんかじゃないですよ。私が出来る事をやってるだけなんですから。それに…」


「燈也さん達だって同じなんじゃないですか?」


 笑顔が、暗い校舎の中でほのかに光る。


「ははは!かもな」


 燈也も思わず笑った。


「怜花…」


「はい?」


「…ありがとうな」


 小さく、しかし真剣な声で燈也が告げる。


「ふふ。私も仲間ですからね」


 怜花の優しい笑みが、空気を少し柔らかくする。


「ほら、なないつまでそこで突っ立ってんだ?遊んでる暇はないんだぞ?」


 燈也が呼ぶ。ななはまだドアの外で躊躇(ためら)っている。


「そうですよ。ななちゃん。一緒に練習しましょう?」


 怜花も手を差し伸べ、優しく誘う。


「わっ…分かっているのだ。お前達もしっかりやるのだ」


 ようやくななが中に入る。微かに緊張と不安が混じった表情だ。


「それじゃあ、皆、もうひと頑張りといこうぜ!」


「ええ!」


「はい!」


「おー!」


 リエラ、怜花、なな――三人が腕を掲げ、決意を込めた声を揃える。

 夜の校舎の空気に、彼女たちの熱意が確かに響き渡った。



 ***



 気が付くと、窓の外から朝の光が差し込んでいた。

「ん…もう朝か…?」


 燈也はまぶたを(こす)りながら、ぼんやりと目を開ける。

 視界に映るのは、見慣れた部室の木製の机と椅子、隅に置かれた楽器ケース。

 どうやら、夜遅くまで練習していたのだろう――そんな漠然(ばくぜん)とした記憶だけが残っていた。


「……あれ?ここは部室?」


 隣を見ると、怜花が机に頭を伏せて寝ており、リエラも丸まって眠っている。

 しかし、どちらも自分のことをどう思っているか――いや、そもそも自分が誰とここにいるのか、はっきりとは思い出せない。


「……俺達、なんでこんな所で……」


 首をひねる。夜の練習のことはうっすら思い出せるが、はっきりした輪郭(りんかく)が見えない。

 そして、ふとした瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がる。

 ――確かに、誰か大切なものの存在を感じるのに、名前も顔も思い出せない――。


 それはまるで、淡い夢を思い出そうと手を伸ばしても、すり抜けていく感覚に似ていた。


「……思い出せない……」


 唇を噛み、燈也はゆっくりと起き上がる。


 それでも燈也は目を閉じ、深く息を吸った。

 ――たとえ忘れてしまったとしても、この胸のもやもやは、必ず何かを示している。

 きっと、大切なものを取り戻す方法は、まだどこかにあるはずだ。



次回 『第25想 響き合う交響曲』


遂に迎えた、ライブ当日。

だが――燈也、怜花、リエラの三人から、幽霊少女・ななの記憶は完全に失われていた。


なぜ自分たちはバンドを組んだのか。

なぜ胸が締めつけられるのか。

名前も、姿も思い出せない“誰か”の存在だけが、心に残り続ける。


必死に記憶を辿ろうとする三人。

その想いは、もう届かないのか――。

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