第23想 亡却の奏
前回までのあらすじ
幽霊少女――ななの願いを叶えるため、不知火燈也たちはバンドを結成した。
ひたむきに練習を重ねる彼らの姿は周囲の心を動かし、少しずつ応援の輪も広がっていく。
しかし、ライブ本番を目前にして異変が起こる。
ななの存在が、周囲の人々の記憶から少しずつ消え始めていた。
想いは、このまま失われてしまうのか。
ライブ本番まで残り僅かに迫り、なな、燈也、怜花は練習場所である空き教室へ向かっていた。
「よーし、はりきって練習するのだ!」
ななが元気よく笑顔を弾ませる。声が廊下に反響して、小さな風のように通り抜ける。
「今日も頑張りましょうね」
怜花も微笑み、軽やかに返す。その表情は真剣さと楽しさを同時に湛えていた。
「そうだな」
燈也は二人の後ろで、歩を合わせる。
だが、ふと視線の端に気配を感じた。
「あれは……風間、全くまた遊んでるな……」
廊下の角で、いつもの様子で風間郷夜が女子生徒たちに声をかけ、軽い身振りでナンパしている。
いつもと変わらぬ軽薄な笑み――しかし、今は許せなかった。
「おい。何してんだ?」
燈也が声をかける。
「なんだ?不知火、お前も一緒にナンパしたいのか?」
郷夜は腕を組み、涼しい顔で応じる。
その余裕に、燈也の苛立ちは増幅される。
「お前な……本番が近いだろ?ライブの練習サボってる暇なんてないだろ?」
燈也は郷夜の肩を軽く叩き、目を鋭く光らせる。
「……ライブ?お前、何言ってんだ?そんなのオレ様は知らねえぞ?」
郷夜は完全にあっけにとられた表情を浮かべる。
「えっ……?」
怜花も思わず声を漏らす。
「まさか……!」
燈也の胸に、いやな予感が走った。
まるで、世界の一部が自分の知らぬうちに歪んだかのように感じる。
「おい!ふざけるのはいい加減にしろよ!!」
燈也は郷夜の服を掴み、問い詰める。
指先に力を込める手に、焦燥と怒りが混じる。
「いきなり何なんだ!?本当に知らないんだよ!」
郷夜は顔を真っ赤にして後ずさる。
目の奥には困惑と戸惑いが渦巻いていた。
「そんなわけないッ……!もう一度良く思い出してくれ!!」
燈也はさらに熱を帯び、声が震えるほどに迫る。
「く……くるしい……!おい!何熱くなってんだよ」
郷夜は言葉を詰まらせ、首を振りながら必死に抵抗する。
「落ち着いてください!どうしちゃったんですか?」
怜花が焦り、燈也の腕を軽く掴む。
その声は必死で、しかし暖かさを伴っていた。
「これまで頑張ってきたじゃないか!頼む!思い出してくれ!」
それでも燈也は止まらない。
胸の奥に渦巻く焦りと恐怖が、理屈を飛び越え、言葉と行動となって郷夜にぶつかる。
「ちょっと燈也。何やってるのよ。ケンカはやめなさい!」
廊下に現れた流水は、顔を真っ赤にして声を張り上げた。
その瞳には怒りというよりも、必死さが渦巻いている。
「そうですよ!義兄さん。仲良くしましょうよ。」
癒水も慌てて近づく。
燈也は郷夜の腕から手を離すと、振り返って二人に問いかけた。
「良い所に…二人からも言ってくれよ!同じバンドメンバーとして…」
その言葉に、流水も癒水も眉をひそめる。
「バンド?一体何の事?」
流水は首を傾げる。
どこか理解できない様子で、真剣に燈也を見つめる。
「すみません。私も何の事かさっぱり……」
癒水も同じく困惑した表情で首を振る。
その瞳には、焦りでも怒りでもなく、ただ純粋な困惑が映っていた。
「そんな、お前らまで……」
燈也の胸は焦燥でいっぱいになる。
信じていた仲間たちの記憶が、次々と消えていくような感覚――恐怖すら伴っていた。
「皆で一生懸命頑張ってきたじゃないか?
ほら、『Resonansce』って名前も付けただろ?思い出してくれ!!」
燈也は必死だった。
言葉は叫びに近く、声は震え、体中の力を込めて、失われた記憶の断片を呼び戻そうとする。
「……ごめん。燈也」
流水が小さく謝る。
「私も全く……」
癒水もまた、困惑を隠せず頭を下げる。
その光景を見たななは、目に涙を浮かべ、足早に駆け出した。
「あっ……待てよ!なな!」
燈也は慌てて叫び、駆け出す。
心の中には、消えかけた存在を必ず守りたいという決意が渦巻いていた。
「皆さん、ごめんなさい」
怜花も小さく声を上げ、燈也の後を追う。
***
廊下の端、夕日の差し込む場所で、燈也となな、怜花は足を止めた。
「その……なんだ。皆ちょっと忘れてるだけだ。ほら、風間はバカだしさ……。気にすんなよ」
燈也は肩の力を抜き、ななの肩に手を添えるようにして、ぎこちなくフォローを入れる。
その声には励ましのつもりが少し震え、焦りが滲んでいた。
「そ……そうです。きっと皆さん勘違いしちゃってるだけですよ」
怜花も少し微笑みながら、燈也の言葉に同調する。
けれど、その瞳の奥には、心配と戸惑いが隠せずに光っていた。
「気を遣わなくていいのだ。分かってるのだ……」
ななは小さくうつむき、声を震わせる。
その肩は微かに落ち、かつての明るさを少しずつ失っていくようだった。
「あの……燈也さん、これは何が起こっているんですか?」
怜花の声は、少し震えていた。
問いかけは、単なる好奇心ではなく、二人を取り巻く不可解な現象に対する不安そのものだった。
「ななに関する記憶が消えている。関係が浅かった者から順にな。いずれは、おそらく俺達も……」
燈也は肩を落とし、言葉を選びながら答える。
その表情には、悔しさと無力感が混ざり合い、目元には微かな疲労が見える。
「そんな……何とかならないんですか?」
怜花が燈也に縋るように尋ねる。
手が小さく震え、声も切羽詰まったように震えていた。
「……悪い……色々探しているんだが、何も……」
燈也は視線を床に落とす。
どれだけ調べても、答えはまだ見つかっていなかった。
「もういいのだ……自分のことぐらい分かるのだ……。
もうすぐ、ななは……。今まで……ありがとうなのだ」
ななの声は小さく、しかし確かな悲しみを帯びている。
瞳には涙が滲み、肩は震え、誰にも頼らずに受け止める覚悟がにじんでいた。
「ななちゃん……」
怜花は小さく呟いた。
その声には、心配と決意が混ざり、静かな震えが含まれている。
「なな達はきっと出会ってはいけなかったのだ。これはその罰なのだ…」
ななの肩が小さく震え、微かに涙が頬を伝う。
胸の奥で、後悔と孤独の重みが押し寄せる。
「それは違います。私は…いや、他の皆だって…ななちゃんに出会えて良かったと思ってます」
怜花は震えるななをそっと抱きしめる。
小さな体がさらに震えるのを、抱き締めながら受け止める。
そのぬくもりは、言葉以上に安心を伝えた。
「…でも…これ以上迷惑をかけるわけには…」
ななは涙を零しながら俯く。
嗚咽に似た小さな声が漏れ、肩が細かく揺れる。
「迷惑なんかじゃありませんよ…。私はななちゃんが好きだからやっているだけなんですから」
怜花は優しく諭す。
指先でななの背中を撫で、心を落ち着かせるようにそっと力を込める。
「そうだぜ。それに怜花だけじゃない。俺も自分がやりたいようにやってるだけ。
だから後悔はしてない。例え忘れちまってもな…」
燈也は拳を強く握りしめ、唇を引き結ぶ。
瞳には決意と焦燥、そしてななを守りたい想いが渦巻いていた。
「いや…絶対に忘れねぇ!俺達は仲間だからな」
力強く答えるその声が、静まり返った廊下に響く。
それは揺るがない約束のように、ななの胸に直接刺さった。
「仲間…」
ななの目に涙が溢れ、声にならない感情が込み上げる。
「はい…ずっと仲間です」
怜花がそっとななの頭を撫でる。
その手のぬくもりが、心の不安を少しずつ溶かしていく。
「せめてお前が夢を叶えるその時まで、一緒にいさせてくれよ」
燈也の声は、優しく、そして真剣だった。
その温もりに、ななは肩を震わせながらも顔を上げる。
「うん。…ありがとうなのだ」
涙を零しながら、笑みを浮かべるなな。
その笑顔に、燈也も怜花も静かに安堵の息を吐いた。
***
次の日、図書館の静かな空間で、燈也、怜花、ななの三人は解決策を見つけるために資料の山に囲まれていた。
「くそ…もう時間が無いってのに…」
燈也は机に拳を置き、苛立ちを隠せず小さく唸る。ページをめくる手も、普段より少し力が入っていた。
「よう!お前が図書館だなんて珍しいな。何やってんだよ?」
そんな静寂を破ったのは、いつもの軽薄な声――郷夜だった。
その声には、困惑も焦燥も混ざった三人の空気などお構いなしの、呑気さがあった。
「…忙しいんだ…放っておいてくれよ」
燈也は無言で手を伸ばし、郷夜を押しのけようとする。
だが郷夜は軽く笑い、怜花に目を向けた。
「なんだよ…つまんねーヤツだな。怜花ちゃん、こんな奴、放っておいてランチでも行こうぜ?」
その言葉に怜花は慌てて後ずさる。
顔を赤くして、言葉に詰まったまま固まってしまった。
「えっ…あの」
その瞬間――
「ビビッ!」
小さな体から伸びたビビデバビルが、郷夜の手に噛みついた。
その素早さと鋭さに、郷夜は思わず顔を歪める。
「うわ!なんだコイツ?何しやがる!」
慌ててビビデバビルを引き剥がす郷夜。
その様子に、図書館の静けさが一瞬だけざわめいたように感じられる。
「ったく…ペットはちゃんと躾けておいてくれよな。ななちゃん」
誰に言うでもなく文句を言う郷夜の言葉。
そのとき、燈也は眉をひそめ、郷夜の方へ視線を向けた。
「!?」
その口から出た"名前"に、郷夜自身も驚いている。
「あれ?何言ってんだオレサマ…幻でも見てたのかな…」
郷夜は自分でも気付かず、覚えていない名前を口にしてしまったことに違和感を覚えていた。
その表情には混乱と、ほんの少しの不安が滲む。
「幻なんかじゃねぇよ!!!ななだ!一緒にバンド組んだじゃねえか?」
燈也の声が鋭くも温かく響く。
拳を軽く握り、熱を込めて郷夜に問いかけるその声に、廊下の空気が少し震えるようだった。
「そうです。ななちゃんとあんなに仲良かったじゃないですか?」
怜花も必死に声を重ねる。
手を胸に当て、微かに揺れる身体から緊張が伝わってくる。
「なな…?」
郷夜は首をかしげ、目を細めて考え込む。
しかし、思い出せない。
「くそ…頭にモヤがかかったみたいに思い出せねえ…」
肩を落とし、ため息混じりに言葉を絞り出す。
「ただ…」
言葉が続かず、沈黙。
やがて口を開いた郷夜の声には、どこか遠くを見つめるような寂しさが混じった。
「…記憶には残ってないけどよ…胸の奥がざわざわするんだ。
何か大切なモノを落としちまったみたいなそんな感じが…」
郷夜は肩を少しすくめ、目の奥に小さな痛みを浮かべる。
「は…ははっ。…笑っちまうよな。
このオレサマがレディの事を忘れちまうなんて…本当に情けねぇよ」
自嘲気味に笑うその声には、悔しさと少しの哀愁が入り混じっていた。
「風間さん…」
怜花は小さく呟く。
胸が締め付けられるような気持ちを抑え、手を握りしめた。
「…」
ななはじっと郷夜を見つめ、言葉はなかった。
けれど瞳に宿る感情は、しっかりと伝わる。
「…もういい。ありがとうな」
燈也は優しい口調で言葉を落とす。
その声が、静かに、しかし確かに郷夜の胸に届く。
「まだ完全に忘れたわけじゃないんだな」
郷夜が去った後、燈也は小さく呟く。
拳を軽く握り、心の中で決意を新たにする。
「ええ。きっと皆さんも…希望はまだありますよね」
怜花も柔らかい口調で応える。
その手の温もりと声が、ななの心にそっと寄り添う。
「そうだな…絶対に諦めてたまるかよ…」
燈也は拳を固く握りしめ、目を強く見開く。
次回予告 『第24想 消えゆく追復曲』
ライブ本番は、いよいよ明日。
しかしななの記憶は静かに世界から消えつつあった。
仲間たちも次々とななを忘れていき、
彼女を覚えているのは、もはや燈也と怜花、リエラの三人だけ。
それでも希望を捨てず、最後まで足掻こうとする彼ら。
だが――運命は、残酷だった。
ついにその“消失”は、
主人公たちにまで牙を剥く。




