第18想 束の間の夜想曲
前回までのあらすじ
幽霊少女・ななの未練を晴らすため、不知火燈也は仲間たちとバンドを結成した。
それぞれの想いを背負いながら、ついにバンド名も決まり、彼らは同じ音を鳴らす覚悟を固める。
まだ未熟で、不揃いで、それでも確かな一歩。
ななの想いを音に乗せるため、燈也たちの本当の挑戦が――今、始まった。
古びた旧校舎の一室。窓枠は軋み、床はところどころ色あせている。けれど、集まった仲間たちの声がその寂れた空間を明るく染めていた。
「えー。ではこれより――親睦会を始めるぜ!」
風間郷夜が勢いよく手を挙げ、教室中に響くほどの声で宣言する。
突然すぎる挨拶に、不知火燈也は肩をすくめた。
「オイオイ……今日の練習はどうするんだよ?」
半分呆れながらも、どこか楽しそうな声。
「まあまあ、いいじゃない。こういう日も必要よ」
リエラが柔らかく笑う。
「それとも――燈也くんは嫌だったかしら?」
わざと含みのある声で囁かれ、燈也は耳の後ろをかいた。
「……たく。分かってるくせに言うんじゃねぇよ」
照れ隠しにそっぽを向くが、その眉はどこか緩んでいた。
「うふふ……」
リエラはくすっと笑う。
「それじゃあ――カンパーイ!」
燈也がジュースの紙コップを掲げると、
「カンパーイ!!」
全員の声が重なる。
その直後だった。
「あっ!!それオレ様が言いたかったのに!!」
郷夜が情けない声を上げ、まるで本気で悔しがるように燈也を見る。
「あははは!!」
周囲が笑いで包まれ、燈也が肩を揺らす。
「悪いな! 早いもの勝ちだ」
「けっ……こうなったらオレ様が全部お菓子食ってやる!まずは一枚――」
郷夜がお菓子の袋に手を伸ばした瞬間。
「ビビビッ!」
「うわあぁぁぁあ!? 噛むなバカ!オレ様は食べ物じゃねぇ!!」
ビビデバビルが頭に噛みつき、郷夜は教室をぐるぐる回りながら大騒ぎする。
「もう、そんなヤツ食べたらお腹壊すからダメなのだ!」
ななが小さな体で両手を広げて注意をする。
「ビー!」
言葉が通じたのか、ビビデバビルは渋々と郷夜の頭を離した。
「……ふぅ。飼い主ならちゃんと躾けろよ。これだからちんちくりんなヤツは困るぜ!」
「ちんちくりんではないのだ! この子はビビデバビルちゃんなのだ!
お前の方こそウリ科の植物みたいな変な名前なのだ!」
ぷりぷり怒るなな。
教室のあちこちから笑いが漏れる。
「それはゴーヤだ!! オレ様は郷夜だ!! 間違えんな!!」
「ビビビッ!!」
「ぎゃあああああ!! また噛むなぁああああ!!!」
結局また噛まれ、郷夜は床を転げ回る。
「わっ、わ! 燈也さん、どうしましょう……!」
加ヶ瀬怜花が半泣きになりながら袖を引く。
「やれやれ……世話が焼けるヤツだ」
燈也は軽く嘆息して、ポケットから煎餅を取り出し、ぽいと投げた。
「ほらよ」
「ビビ!」
煎餅に夢中になり、ビビデバビルはすぐに大人しくなる。
「ふふっ……助かりました」
ほっとしたように微笑む怜花。
そんな彼女に、ふと漣流水が近寄ってきた。
「ねぇ、怜花さん……だったわよね?」
「はい。流水さん、ですよね?」
「ええ。燈也から色々聞いてるわ。……面倒かけてるみたいでごめんなさいね」
まるで本物の姉のように、申し訳なさそうに笑う。
「め、面倒なんて……燈也さんにはいつも助けてもらってます」
慌てて手を振りながら否定する怜花。
「へえ……あの燈也がねぇ?」
流水は意外そうに眉を上げる。
「それに……これは私がやりたい事なんです。ななちゃんのために」
優しいまなざしで、遠くではしゃぐななを見つめて言う。
「……たいした心がけね」
ほんの少し、口元がゆるむ。
「流水さんは、違うんですか?」
「私は……仕方なくよ」
ツンと顔を背けるが、その頬はどこかあたたかかった。
「ほら。あいつらって、放っておくと何やらかすか分かんないじゃない」
――本当は優しい人なんだ。怜花は胸の中でそう呟いた。
「ふふふ」
「な、なによ!?」
不服そうに眉を寄せる流水。
「いえ。……絶対に成功させましょうね」
「そんなの――決まってるじゃない!」
胸を張る流水。
その横顔は、しっかり“仲間”を思う者のそれだった。
そして、騒がしくも温かい親睦会の夜は、旧校舎に心地よい笑い声を響かせ続けた。
***
あたたかい光がこぼれる清水家のダイニング。
木の香りが残るテーブルの上には、湯気を立てる料理がずらりと並んでいた。
「わーい! ハンバーグなのだ!!」
椅子に飛び乗るようにして、ななが声を弾ませた。
その顔は満開の花のように輝き、目はキラキラとハンバーグに釘づけだ。
「……おお。すげぇ……豪勢だな」
燈也も、テーブルの景色を見て素直に感嘆の声を漏らす。
「ななちゃんの好物って聞いたからね。腕によりをかけて作ったよ。」
キッチンから漣清水が顔を出し、エプロンの紐を結び直しながら優しく微笑む。
その目は、まるで本当の家族を見るように柔らかい。
「ありがとう!! いただきますなのだ!!」
ななは席に座るなり、フォークを掴んでハンバーグをぱくり。
頬をいっぱいに膨らませながら「おいしいのだ~!」と幸せそうに揺れる。
「ほら、燈也も座りな。おかわりもたくさんあるから遠慮はいらないよ」
清水が母親らしい声色で促す。
「あ、ああ……ありがとう。清水さん」
燈也は少し照れながら席に着く。その横顔を、清水はそっと見つめた。
「……ああ」
そのつぶやきは小さく、どこか寂しげだった。
けれどすぐに、いつもの調子を装うように背筋を伸ばす。
「そうだ、食べ終わったらちゃんと風呂に入りなよ。
ななちゃんは一緒に入ろうね」
「分かったのだ~!」
大喜びで手を挙げるなな。
彼女は元気いっぱいだが、どこか母性のある清水になついている。
そんな二人のやり取りを見て、清水はふと燈也のほうへ目を向ける。
「燈也も……一緒に入るかい?」
にやり、と半分揶揄うような笑み。
まるで本当の息子をからかうような、そんな温かい声音だった。
「なっ……! ば、馬鹿言うなよ!!
子供じゃないんだから、一緒に入るわけねぇだろ!!」
燈也が耳まで真っ赤になって立ち上がりかける。
「アッハッハッハ!
照れちゃって可愛いもんだねぇ」
「ち、違ぇよ! そんなんじゃねぇって!」
顔を横にそむけながら否定する燈也。
だが、どう見ても照れているだけである。
「ハハハ……」
食卓は笑いに満ち、温かい空気であふれている。
まるで――家族のように。
夕食を終え、風呂の湯気が家中に満ちる頃。
燈也は自室のベッドに仰向けになり、まどろみに沈みかけていた。
――コン、コン。
控えめなノック音。
続いて、戸の隙間から小さな顔がひょこっと覗く。
「燈也……ちょっと聞きたいことがあるんだが、良いか?」
珍しく弱気な声で聞いてくるなな。
燈也は半身を起こし、片眉を上げた。
「ん? なんだよ。そんな改まって……お前らしくねえな」
ななはおそるおそる部屋に入ってきて、
遠慮がちにベッドの端へ腰を下ろした。
「その……燈也って、自分の家なのに、どこかよそよそしいのだ。仲が悪いのか?」
その言葉に、燈也は思わず視線をそらす。
「……そんなんじゃねぇよ。ただ――」
言いづらそうに、机の上の写真立てに目をやった。
そこには清水と水月、そして幼い頃の燈也が写っている写真の横に、
もう一枚別の夫婦が赤ん坊の燈也を抱いている写真が置いてある。
「俺は、実の子供じゃないんだよ」
「……えっ」
ななの目が驚きに丸く広がる。
部屋の空気が、急に重く静かになった。
「苗字も違うだろ? 本当の両親は……俺が小さいときに亡くなっちまってるからな」
淡々と語る声は、どこか遠くを見ているようだった。
「それで、母さんの妹だった清水さんが……俺を引き取って育ててくれたんだ」
机のライトの柔らかい光が、少し寂しげな横顔を照らす。
ななはぎゅっと拳を握りしめ、悲しそうに俯いた。
「……そうだったのか。なんか……ごめんなさいなのだ。余計なこと聞いて」
「なんでお前が謝るんだよ。気にすんなって」
燈也は軽く笑って、ななの頭をぽんと叩く。
「両親の顔だって覚えてねぇしな」
それでも、その言葉の裏に小さな痛みが潜んでいるのを、
ななは気づいていた。
「でも……会えなくて、寂しくないのか?」
ななの声は震えていた。
「ん? そりゃあ……会えるなら、会ってみたいけどよ」
燈也は天井を見上げ、小さく息を吐く。
「でも、ここには“もうひとつの両親”も家族もいる。だから寂しくねぇよ」
その笑顔は、強さと優しさに満ちていた。
ななの表情も一気に明るくなる。
「そうなのだー! 家族は大事にするのだ!」
「ははっ、なんでお前が上からなんだよ」
燈也が笑うと、なながまた首を傾げた。
「じゃあ……ひとつ聞いてもいいのだ?」
「ん?」
「なんで“お父さん”“お母さん”って呼ばないのだ?」
「っ……!!」
燈也の動きが完全に止まる。
数秒、静止した後――
「い、いろいろあるんだよ……!!」
「もしかして……恥ずかしいのか?」
「なっ……!? お、お前……!」
図星のせいで耳まで真っ赤。
ななはしてやったりと胸を張った。
「やれやれ。やっぱり燈也は子供なのだー」
「ちょっ……違ぇよ!! それに、お前にだけは言われたくねぇ!!」
ななはくすくす笑い、
燈也は枕を投げつける真似をして反論する。
「じゃあ、なんなのだ?」
「だ、だから……色々あるんだよ!」
燈也がそっぽを向きながら答えると、
ななは両腕を組んで「ふーん……」と細めた目で見つめてきた。
「な、なんだよその目は!?」
「べーつに〜、なのだ」
完全に揶揄っている。
その口元は笑いを堪えた形に歪んでいた。
「こいつ……絶対信じてねぇ……」
「ほら、正直に話すのだ。逃がさないのだ」
じりじりと距離を詰めてくるなな。
ベッドがきしむたび、燈也の心の防御力が削られていく。
「……くそ。分かったよ! 俺の負けだ!」
とうとう観念し、肩を落としてため息をつく燈也。
ななは得意げに胸を張った。
「お前の言う通りだ……」
ぽつりと、言葉が零れた。
「俺だって……あの二人には感謝してるし、本当の親だって思ってる。
……けどさ、いざ“呼ぶ”となったら……どうにも言いにくくてな」
視線を落とし、指先をいじる。
その姿は、普段の強がりとは別人だった。
「向こうがどう思ってるのかも……分かんねぇし……」
遠慮、照れ、不安、期待。
複雑に絡まった感情が、言葉の端々に滲んでいた。
ななはしばらく黙って燈也を見ていたが――
やがて小さく息をついて言った。
「……やっぱり燈也は子供だな」
「なっ……!」
きっぱりと言い切られ、燈也は目を丸くする。
だが、ななの瞳は優しかった。
「燈也、本当は最初から答えは分かっているはずなのだ」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに言う。
「足りないのは……踏み出す勇気だけなのだ」
小さな身体からは想像できないほど、
その声はしっかりと胸に響いた。
「……」
燈也は何も言えなかった。
ただ、その言葉が心に染みるのを感じていた。
そんな空気をふっと軽くするように、ななが笑った。
「それじゃあ、ななはお風呂に行くのだー! またなー!」
手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。
ドアが閉まった後、静けさだけが残った。
「……ったく、ななのヤツ」
子供とばかり思っていたが――
燈也はふっと、穏やかな笑みを浮かべた。
***
湯気がふわりと立ちこめる脱衣所を抜け、浴室の扉が開いた瞬間――
「わー! お風呂なのだー!」
ななが弾けるように声を上げる。
その無邪気さに、清水は思わず吹き出した。
「はいはい、まずは身体を洗ってからだよ。こっちにおいで」
「はーいなのだー!」
清水に手を引かれ、ななはちょこんと丸椅子に座った。
湯気に包まれた浴室は暖かく、ほのかな石鹸の香りが漂う。
「やっぱり誰かと一緒に入るのはいいものだねぇ」
豪快な笑い声が浴室に響く。
その声はいつもよりどこか柔らかかった。
「ななも楽しいのだ!」
清水はシャワーを温かく調節し、ななの髪に優しく湯を落とす。
その手つきは母親そのものだった。
「ちょっと前まではね、子供達も一緒に入ってもらえたんだけどさ……」
ぽつりとこぼれた声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「最近はもう、背中すら流させてくれないからね〜。
まったく……成長はうれしいけど、こういう時はちょっとねぇ」
清水は苦笑しながら、丁寧に泡を作ってななの髪を洗い始める。
「だから、こうしてななちゃんが一緒に入ってくれると、本当にうれしいよ」
その言葉は嘘偽りのない温度で、浴室の湯気に溶けていくようだった。
ななはくるりと振り返り、まっすぐに清水の目を見て言う。
「ななで良かったら……いつでも一緒に入るのだ!」
はにかみながらも、胸を張って。
「ありがとうね。ななちゃんは本当に素直でいい子だよ」
清水は微笑み、ななの髪を優しく撫でた。
泡だらけの指先が、まるで“よしよし”と言っているようだった。
「……あの子もね、ななちゃんみたいに素直になってくれると、
私ももっと……うれしいんだけどねえ」
そう言う清水の表情には、母としての誇りと少しの切なさが入り混じっていた。
優しく、温かく、どこか胸がきゅっとなる――
そんな微笑みだった。
***
風呂場から聞こえる、ななと清水の楽しげな笑い声。
それを背中で聞きながら、燈也は自室の窓を開け放ち、外の夜空をぼんやりと見上げていた。
夜風は思ったより冷たく、頬をかすめていく。その冷気が、少し熱くなっていた頭を冷ますようだった。
――足りないのは踏み出す勇気なのだ――
さっきのななの言葉が、何度も頭の中で反芻される。
年下で、子供みたいで、でもなぜか自分より大人びた言葉をくれる少女。
(……踏み出す勇気、ね)
その一言に、胸の奥を刺されたような感覚が残っている。
燈也はゆっくりと窓枠に肘をつき、夜空を仰ぐ。
星は少しだけ見え、その光はどこか遠くて、手が届きそうで届かない想いを象徴しているようだった。
次回予告 『第19想 友情の協奏曲』
ひたむきに努力を続ける、幽霊少女・なな。
その真っ直ぐな姿に、燈也たちだけでなく、周囲の人々の心も少しずつ動かされていく。
集まり始める声援、広がっていく期待。
想いは、音になるのか。
このまま彼らは、奇跡のステージを成功させることができるのか?




