第15想 何も知らないお前が語るな
燈也には一つだけ切り札がある。
「だが……今の俺で出来んのか……?」
嫌な汗が頬を伝い、腕が微かに震える。
「どうした? …休んでる暇はないぞ?」
帝亜が次の魔法を詠唱する。
≪咲き乱れる氷神槍≫
周囲の温度が一気に凍りつき、
帝亜の背後に数百、いや数千の氷槍が咲き乱れるように浮かび上がる。
「……迷ってる時間はないか」
燈也は歯を食いしばり、再び魔法を重ねがけする。
≪補助魔法加速強化≫
≪攪乱魔法≫
幻影を散らしながら氷雨をくぐり抜け、
帝亜に近づこうとする――が。
一瞬の判断ミス。
「っ!!」
鋭い氷槍が一本、足を貫いた。
「ぐ…っ、くそっ……!」
足が止まる。
激痛に思わず膝が沈み追撃が容赦なく迫る。
≪魔炎の魔神砲≫
「――ッ!!」
至近距離で爆熱の魔弾がまともに燈也の身体を撃ち抜く。
「ぐっ……ふ……!」
爆風に吹き飛ばされ、燈也の身体が地面を転がった。
膝をつき、口から血が落ちる。
呼吸は荒れ、肺が焼けるように痛い。
それでも――心の奥底で、何かがまだ燻っていた。
「さっきまでの威勢はどうした? やはり限界か? …ふん、あいつもバカだな。こんな落ちこぼれを助けて死んだとはな」
帝亜の嘲笑は鋭く、冷たく、容赦がない。
その言葉は刃のように燈也の胸を切り裂いた。
――やめろ。
心が後退りする。
諦めがじわじわと広がり、視界から色が奪われていく。
「……はぁ…はぁ……確かに……俺はバカだ……」
弱々しい声が零れたその瞬間――
暗闇の中で、一筋の光が差し込んだ。
“あの人”の後ろ姿が、浮かんだ。
歪んだ記憶ではない。
悲しい最期でもない。
ただ、自分に手を差し伸べてくれたあの優しい笑顔。
「……けどな」
その光を握りしめるように、燈也はゆっくりと立ち上がる。
ふらつく足を、意地と気迫で地面に固定する。
「先輩をバカにするのは――――許さないッ!!」
血が滲むほど拳を握り締め、叫びが喉を裂く。
身体は限界を超え、全身が悲鳴を上げている。
だがその瞳だけは、もう微塵も揺らいでいなかった。
出来るか出来ないかじゃない。
やるしかない。
ここで逃げたら、あの人の想いを踏みにじることになる。
怜花の言葉も裏切ることになる。
「見せてやるよ……俺の魔法を!!」
燈也は拳を高く掲げ、魔導陣を展開した。
『術式展開――魔力、最大解放ッッ!!!』
瞬間、燈也の体から魔力が爆発的に溢れ出す。
黒いオーラが嵐のように吹き荒れ、地面を抉り、空気を震わせた。
「なっ……なんて魔力……これがSランク……」
「すごい……こんなの、初めて見ました……!」
周りが息を呑む。
その魔力量は帝亜を遥かに凌駕し、見るもの全てに本能的な恐怖と畏敬を抱かせた。
「ふふ……素晴らしい……! まさかこれほどとはな……! だが――」
帝亜は震えるどころか、笑っていた。
対等の、いやそれ以上の強者を前に、血が沸き立つ。
≪黒炎の滅龍覇!!!≫
帝亜の左手に凝縮された炎が膨れ上がり、
やがて巨大な黒炎の塊となった。
ゆらめく地獄の太陽。
圧倒的な熱量で空間が揺らぎ、地面が溶ける。
「ここで何もできず終わるなら、お前も、あの子も――選択を間違えただけの負け犬だ!」
帝亜の一撃に込められたのは、
“先輩の選択”そのものを否定する言葉。
「違うッ!!」
トラウマの残影が脳裏に過る。
痛み、喪失、後悔――それでも。
燈也はそのすべてを握り潰した。
――震えるな。
――折れるな。
ここで負けたら、全部が嘘になる。
「先輩は……こんな俺を救ってくれた……! 先輩は……立派な人だ!!」
右手に魔力を集中させ、
魔力の刃を剣のように形成する。
幻影も障壁もない。
策も小細工もない。
ただ、真正面から――ただ一撃をぶつける。
「口先だけでは……何とでも言えるものだ。終わりだ、不知火燈也!」
帝亜が巨大な黒炎を振り下ろす。
龍のような軌道を描き、空気ごと焼き尽くしながら迫る。
炎が燈也を飲み込み、周囲の光景を真紅に染めた。
「燈也くんッ!!」
「燈也さんッ!!」
リエラと怜花の絶叫が響いたその時――
炎を裂く閃光。
熱を切り裂き、灼熱の海を二分する一筋の軌跡。
「――ッ!?」
帝亜の表情に、初めて焦りが走る。
炎の中心から、燈也が飛び出してきた。
燃え盛る炎を背に、黒い剣を振りかざし――
「何も知らないお前が……先輩を語るなぁぁぁぁぁッッ!!!」
渾身の力を右手に宿し、
≪夢幻の断斬ッッ!!!≫
魔力の刃が帝亜へ向かって振り下ろされる。
次回 『第16想 魔法を失った理由――俺の罪』
戦いは終わった。
だが、本当に向き合うべきものは――まだ終わっていない。
夕焼けの屋上。
並んで座る二人の間に流れる、長い沈黙。
「話すよ……俺が魔法を使えなくなった理由を」
守れなかった約束。
止められなかった“あの日”。
そして、自分で自分を縛った罪。
その告白は、彼を救うのか。
それとも、さらに深い闇へと沈めるのか。
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