第105想 役者は揃った――いざ、レースという名の舞台へ
夜。街外れにそびえ立つ廃墟ビルの最上階。
幾重にも張り巡らされた結界によって、外界から完全に切り離された会議室がそこにあった。
薄暗い照明の円卓。
空気は張り詰め、息をするだけで軋むような重さを孕んでいる。
その円卓を囲むのは――
裏で学園を揺るがす組織、十月花。
沈黙を破ったのは、円卓の最奥。
フードを深く被った少女だった。
「……で?」
淡々とした声。
感情の起伏を一切感じさせない響き。
十月花のリーダー――アイン。
彼女は、静かに視線を前方へ向ける。
「フィーア。
“計画の外”で動いた結果が、あれですか?」
視線の先。
椅子に深く腰掛け、腕を組み、苛立ちを隠そうともしない少年がいた。
「……チッ」
舌打ち一つ。
「油断しただけだ」
フィーア――小木狂四郎。
歯噛みするように吐き捨てる。
「邪魔が入っただけだ……」
その言葉を、鼻で笑うような低い声が切り裂いた。
「フン!邪魔とはな……」
円卓の横。
大柄な体を椅子に預け、腕を組んだ男。
ゼクス――六堂仁。
筋肉の塊のような体躯が、わずかに前傾する。
「あれは、“邪魔”ってレベルじゃねぇだろ」
獣のような笑みを浮かべ、続ける。
「相手は――あのSランク
不知火燈也だ」
ぎろりとフィーアを睨みつける。
「俺は、あれ程忠告したよなァ?」
その名が出た瞬間。
会議室の空気が、一段階、冷えた。
「……また、あいつか」
呟いたのは、Ⅸの文字が刻まれた仮面を付ける――ノイン。
「俺は、あいつを信用していない」
短い言葉。
だが、その奥に潜む感情は、明確な拒絶と憎悪だった。
その緊張を、嘲るような軽い声が割り込む。
「あはは〜分かる〜」
指先で髪をくるくると弄びながら、
無邪気な笑みを浮かべ、Ⅶの文字が刻まれた仮面を付ける――セッテだ。
「ゼクスくんもさぁ、
そうやって負けちゃったんだもんね?」
「……」
一瞬、ゼクスのこめかみに血管が浮かぶ。
「テメェも……ぶっ殺すぞ?」
殺気が走る。
しかし、その場の空気をさらに煽るように、
別の声が続いた。
「でも、二人とも」
円卓の端。
いつも通りの笑顔を崩さないのはⅩの文字が刻まれた仮面を付ける――ツェーン。
「負けたのは事実ですよね?」
その言葉に、今度は軽薄な笑いが重なる。
「そーそー!」
ギターを背負った男、Ⅷの文字が刻まれた仮面を付ける――オットー。
「フィーアもゼクスも、力任せすぎなんだよ」
肩をすくめ、からかうように言う。
「もっとスマートにやろーぜ?」
「テメェら……!!」
怒号と共に、フィーアが立ち上がりかけた、その瞬間。
「やめなさい」
一言。
空気が、凍りつく。
発したのは、アインだった。
「……私達は、裏で動く存在」
静かだが、絶対的な声。
「表に出てはいけない」
「学園にも、生徒にも――
存在を悟られてはならない」
ゆっくりと、円卓を一巡する視線。
「特に――
不知火燈也と、その周囲」
「……手を出すな、ということだな?」
十月花の№2――ツヴァイが低く問い返す。
アインは、静かに頷いた。
「ええ」
一拍置いて。
「今は、ね」
「は? ふざけんなよ!」
フィーアが声を荒げる。
「あんなヤツにやられっぱなしで――」
「フィーア」
アインの声が、ほんの僅かに冷たくなる。
「命令よ」
「……っ」
言葉を失うフィーア。
「まだ、感情で動く段階じゃない」
重い沈黙が、会議室を支配する。
「それに」
アインは、フードの奥で瞳を細めた。
夕焼けを思わせる、淡い光が一瞬、宿る。
「今は――
運命が、まだ交差する時でもない」
誰も、それ以上は口を挟まなかった。
そして、会議の終わりを告げるようにアインが姿を消すと、
他の影もそれに呼応するかのように姿を消し廃ビルに静寂が戻る。
翌朝――
学園は、昨日までとは明らかに空気が違っていた。
「なあ、聞いたか?」
「演劇部の件だろ?」
「昨日、レース会場で不良止めたって……」
廊下、教室、購買前。
噂はまるで連鎖する魔法のように広がっていく。
その中心にいたのは――
かつて、演劇部再建を鼻で笑っていた男子生徒だった。
昼休み。中庭のベンチ。
彼は深く息を吸い、意を決したように口を開く。
「……俺の名前は、相沢 恒一1年。」
燈也たちの前で、緊張した様子で名乗った。
「正直に言う。最初はお前らのこと馬鹿にしてた…
魔法も使えないのに、廃部になった演劇部を再建なんて無理だろって」
自嘲気味に笑い、視線を落とす。
「でも……昨日、見た。逃げなかった姿を。
「負けるって分かってても、立ち向かう背中を」
顔を上げる。
「……あれは、俺が今まで見てきた中で、一番恰好良かった。」
少し照れたように、しかし真剣な目で言った。
「だからさ。
「俺も――演劇部、入れてくれ!」
その一言は、確かに“空気”を変えた。
そして放課後。燈也達はある人物に呼び出されていた。
「あんたは確か……」
「……噂は全部聞きましたよ」
そう言って微笑んだのは、
柔らかな雰囲気で微笑む新人教師――キララ先生。
会うのは魔法試験ぶりだ。
「無茶も、無謀も、部活に懸ける情熱も……全部込みでね」
「だから――」
キララ先生は、優しく、しかし力強く宣言した。
「この演劇部再建プロジェクト、
私が顧問を引き受けましょう。」
一瞬の沈黙。
そして――
「……本当ですか?」
怜花の声が震える。
「ええ。」
聖妓は唇を噛みしめ、拳を握った。
「……私のやってること。無駄じゃなかった」
燈也は小さく息を吐き、笑う。
「……ようやく、スタートラインだな」
夕方の校舎裏。
部活動申請用紙を手に、三人は並んで立っていた。
「……これで、部員は三人ね」
聖妓が確認するように呟く。
真条聖妓、小松翔太、そして相沢 恒一。
最低条件の“四人”には、まだ一人足りない。
「レース本番は……明日。」
相沢が日付を見て、難しい顔で呟く。
「あと少しなのに…」
怜花も暗い表情を浮かべている。
言葉は続かず沈黙が落ちる。
夕焼けが校舎の壁を赤く染めていく。
その時だった。
「――だったら」
少し後ろで腕を組んでいた燈也が、一歩前に出る。
「……俺が出る」
三人が同時に振り向いた。
「えっ。不知火先輩が!?」
翔太が目を丸くする。
「マジっすか……?」
恒一も驚きを隠せない。
聖妓は即座に睨みつけた。
「ちょっと待ちなさい」
「アンタは正規部員じゃないでしょ」
「分かってる」
燈也は落ち着いた声で答える。
「部員登録はしない。あくまでレース限定の助っ人だ」
「助っ人って形でなら魔法執行部も文句ねえだろ?」
燈也の言葉に周りが驚いた表情を浮かべている。
「それにここで終わらせる気はないんだろ?」
燈也は真っ直ぐに聖妓を見る。
「……仕方ないわね、明日だけよ。
あくまで助っ人なんだから。」
そっぽを向きながら、ぼそりと続ける。
「……でも、ありがと。」
燈也は小さく笑った。
「決まりだな」
こうして――
部員三人+助っ人1人。
即席のチームは、演劇部再建を賭けたレースへと挑む。
次回予告 『第106想 部活動設立選抜レース、開幕――夢を掴むのは誰だ』
いよいよ――部活設立を賭けたレース当日。
助っ人に燈也を加え、
ギリギリで参加資格を掴んだ演劇部チーム。
だが会場には、
同じ夢を抱くライバルたちが集結していた。
譲れない想いが、今ぶつかる――




