第102想 暴走する狂気――それでも正義は退かない
レースも明後日に迫る中。
月明かりに照らされたレース会場――学園外周の特設コースは、
昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
だが、その静寂を壊すように――
「……へへ」
不気味な笑い声が闇の中に響く。
「ただ、あの二人をぶっ飛ばすだけじゃ、俺の気は済まねぇ。あれだけコケにしてくれやがったんだ。
徹底的にぶっ潰してやる。そうあいつらの夢も全部な。」
小木狂四郎は、魔法アイテムを抱え、コースの支柱に近づいていた。
スタートゲート、障害物、魔力装置――
どれも明日のレースには欠かせないものだ。
「これを壊しゃ中止」
「中止になりゃ……アイツらの夢も終わりだ」
≪超化殺≫
薬を噛み砕くと、身体が一気に膨れ上がる。
腕に浮かぶ血管。荒れる呼吸。
「さぁて……まずはここから――」
ガンッ!
支柱に拳を叩き込もうとした、その瞬間。
「――そこまでよ」
凛とした声。
狂四郎が振り返ると、月明かりの下に金髪ツインテールの少女――真条聖妓が立っていた。
短銃を構え、まっすぐこちらを睨んでいる。
「……来やがったか。正義女。」
「お前に仕返しする前に、ここをぶっ壊して、絶望した顔を拝んでやろうと思ったが、丁度いい。
ここでお前もレースもまとめてぶっ壊してやるよ!!!!」
「どこまでも最低なヤツね。このレースは皆の努力と覚悟で出来てる」
一歩、前に出る。
「それを壊すなら――」
「私は、絶対に許さない!」
狂四郎が唾を吐くように言い放つ。
「ヒーロー気取りか?くだらねぇ…」
短銃を構えたまま、聖妓は淡々と答える。
「正義は、行動で示すものよ!」
引き金にかけた指が、わずかに締まる。
≪グーテ・ゲレティヒカイト≫
銃口の周囲に、雷を帯びた弾丸が次々と展開される。
弾丸同士が繋ぎ、まるで裁きの陣列のように宙へと浮かび上がった。
「ケッ、生意気な――!!」
狂四郎は地面を蹴り、獣のように距離を詰める。
≪惨滅殺!!≫
薬で強化された拳が、唸りを上げて振り上げられる。
一撃で壁を砕きかねない、まさに暴力そのもの。
だが――
≪ツェデック・マゲン≫
空間に停滞弾が展開され、拳の進路を“押し曲げる”。
ほんの一瞬のズレ。だが、それで十分だった。
「なにっ!?」
狂四郎の拳は空を切る。
「力に頼りすぎよ!」
≪ジャスティス・リフレクション≫
放たれた弾丸が、地面、フェンスを跳ねる。
跳弾、跳弾、跳弾――
逃げ場を奪うように、狂四郎を包囲していく。
「クソがぁ!!」
怒号と共に、狂四郎の目から理性が消える。
≪狂乱殺!!≫
身体のリミッターが外れ、筋肉が異様に膨張し衝撃と
獣じみた咆哮が、夜の会場を震わせる。
「壊してやる!! 全部だァ!!」
だが――
聖妓は、一歩も引かなかった。
足を踏みしめ、銃を構え直す。
「――正義は、退かない!」
その瞳には、恐怖よりも強い決意が宿っている。
「この場所は……明日を目指す人たちのものよ」
夜のレース会場で――
正義と狂気が、正面から激突する。
「ハァァァァッ!!」
狂四郎の足が、地面を砕く。
≪渾身殺!!≫
正拳が突き出され、衝撃波が空気を震わせる。
「くっ……!」
聖妓は停滞弾で軌道をずらすが――
「チィッ!」
完全には止めきれない。
拳の余波が聖妓の身体を吹き飛ばし、地面を転がる。
「どうしたァ!?
お前の正義はそんなもんかよォ!!」
≪裂氷殺!!≫
氷属性を帯びた腕が振り下ろされる。
「――っ!」
間一髪で避けるが、地面が凍り、足を取られる。
「しまった…!!」
≪ツェデック・マゲン≫
即座に停滞弾を盾として展開。
だが――
バキン、と音を立てて砕かれる。
「ハハッ……防御も限界かァ?」
狂四郎は嗤う。
完全に間合いを支配していた。
「もう終わりだァ!!
正義サマよォ!!」
拳を振り上げる狂四郎。
その瞬間――
「そこまでだ」
低く、しかしはっきりとした声。
「……あ?」
次の瞬間、狂四郎の身体が横から吹き飛ばされた。
≪魔断!!≫
魔力の刃が空気を裂き、狂四郎を叩きつける。
「――チッ!」
転がりながらも受け身を取る狂四郎。
その前に立ったのは――
「遅くなったな」
燈也が、聖妓の前に立つ。
「不知火……燈也……!」
息を整えながら、聖妓が名を呼ぶ。
燈也は一度だけ振り返り、短く言った。
「ここからは二人だ」
狂四郎は舌打ちし、歪んだ笑みを浮かべる。
「てめぇ…また邪魔をしに来やがったか…!!!」
「……クソが……クソクソクソ……!」
視線の先には、不知火燈也と真条聖妓。
二人に挟まれた状況を、嫌というほど理解していた。
(だが、今回は奥の手がある。二回も引き下がるなんて俺のプライドが許さねぇ。何としてでも勝つ。)
舌打ちし、震える手を制服の内側へ突っ込む。
「……まだだ」
取り出したのは、小さなアンプル。
どす黒い液体が、不気味に揺れていた。
「おい、まさか――」
燈也が一歩踏み出す。
だが遅い。
「黙れェ!!」
狂四郎は迷いなく、それを首筋へ突き立てた。
――ブシュッ。
「ぐ……あ、あァァァァァァッ!!」
血管が浮き上がり、全身が不自然に膨れ上がる。
筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げるような音が響く。
≪超化殺!!≫
再び薬による、強制的な肉体強化。
「ハァ……ハァ……ッ!」
次の瞬間――
≪獄・狂乱殺!!≫
先ほどよりも禍々しい魔力を帯びた身体から殺気と
衝撃を放ちながら、獣のように咆哮する。
「オオオオオオオオオッ!!」
もはや人の声ではない。
地面を踏み砕き、狂四郎が跳ぶ。
≪獄・魔塵殺!!≫
魔力を帯びたの拳が、嵐のように振るわれる。
「チッ――!」
燈也が迎撃に入る。
≪魔断!!≫
魔力の刃が直撃――するはずだった。
「……効かねぇよォ!!」
狂四郎の腕が、刃を弾き飛ばす。
「なっ……!?」
「ハハ……ハハハハ!!
どうしたァ!?
さっきまでの余裕はよォ!!」
≪獄・裂氷殺!!!≫
黒紫に変色した氷を帯びた腕が地面を叩きつけ、衝撃と冷気が爆発する。
「くっ……!」
氷で阻まれ燈也が後退する。
その隙を――狂四郎は見逃さない。
「次は女だァ!!」
一瞬で距離を詰める。
「――ッ!」
聖妓が銃を構える。
≪ツェデック・マゲン≫
停滞弾で動きを止めようとするが――
バキンッ!!
強化された肉体が、それを力任せに破壊する。
「正義ィ!?
そんなもん、力の前じゃ意味ねぇんだよ!!」
拳が振り下ろされる。
(――まずい)
聖妓が歯を食いしばった、その瞬間。
「させるかよ」
燈也が真正面から割り込み、両手をかざす。
≪魔法障壁!!≫
半透明の障壁が展開され、直後――
ドォンッ!!
拳と障壁が激突し、衝撃が炸裂する。
衝撃波が周囲へ広がり、三人の足元の砂利が吹き飛んだ。
燈也と聖妓は同時に後方へ弾き飛ばされる。
「チッ……直撃は避けやがったか、だがそれも無駄だ。」
狂四郎は肩を回しながら、歪んだ笑みを浮かべる。
その目は、もはや理性の色を残していない。
「どうせ、ぶっ壊してやるんだからなぁ……全てを……」
「レースも……お前らも……!」
夜の会場に、狂笑が響く。
――その時。
「そうか……レースだ」
ぼそりと呟いた声は、どこか冷静だった。
(何もバカ正直にこいつらをやる必要はねぇ――)
狂四郎の口元が吊り上がる。
次回予告 『第103想 卑劣なる一手、揺るがぬ正義』
追い詰められた狂四郎が選んだのは、卑劣な一手。
狙いは――レース会場そのもの。
守りながら戦うという、最悪の状況。
二人はこの舞台を守り切れるのか?




