第10想 臨時教師と不可思議な影
前回までのあらすじ
帝亜へと放たれた燈也渾身の一撃は、あと一歩のところまで迫る。
だがその瞬間、脳裏に蘇る過去の記憶――消えないトラウマが、燈也の身体を縛りつけた。
力尽き、倒れ込む燈也。
勝敗は決し、彼は約束通り魔法執行部へ協力することになる。
戦いの後、心配そうに駆け寄る怜花の前で、
燈也は初めて、自身の過去と向き合い、その傷を語り始めるのだった。
「はぁ…今日はうるせーヤツもいないし清々しい朝だぜ」
久しぶりに寝坊せずに済んだ不知火燈也は、雲ひとつない青空を見上げながら通学路をのんびり歩いていた。
朝の空気は気持ちよく、どこか世界が優しく見える──そんな時間だったのに。
「なんの音だ!?」
突如として、街を揺らすような爆音が響き渡った。鳥が一斉に飛び立ち、空気がざわめく。
優雅な朝は、あっさりと終わりを告げた。
「オラオラ! この銃が目に入らねぇのか!? 大人しく金を出しやがれ!!」
銀行の前には銃を構えた覆面の男たちが十名ほど。
その背後には、牙をむき出しにした魔獣ベヒーモスまで控えている。
店内には人質の影が見え、悲鳴がかすかに漏れていた。
「た、大変! 銀行強盗よ!」
「魔獣も引き連れてるぞ! 魔法警察はまだなのか!?」
通行人たちはパニック状態。叫び声と泣き声が入り混じり、街角は一瞬でカオスへと変わった。
そんな中──。
「ねぇ? 朝からうるさいんだけど?」
場違いなほど落ち着いた声が、騒ぎを割った。
長い髪をゆるくまとめた女性が、強盗たちの方へ歩きながらそう言ったのだ。
年の頃は二十代後半。凛とした雰囲気だが、どこか気怠げで、まるでこの状況を“面倒だ”と言わんばかり。
「ああ? この俺を知らねぇってのか? **“漆黒の炎鬼”**と呼ばれたA級魔導士の俺をよォ!」
ひときわ体格の大きい男──リーダー格と思われる男が、胸を張って二つ名を叫ぶ。
「し、漆黒の炎鬼……!? 指名手配で見たぞ!」
「ま、町ひとつ焼き払ったって噂の……!」
周囲の住民達が慌てて距離を取る。
だが。
「ああ……そんな名前の人、いたかもね。半年くらい前に魔法協会クビになってた“雑魚”に」
女性は首をかしげながら、完全に無邪気なトーンで言い放った。
煽っているつもりは一切ないのが逆にひどい。
強盗たちは「うわぁ……」と顔を引きつらせ、
リーダーの男は拳を震わせ、耳まで真っ赤になっていく。
「ざ、雑魚……?」
その体から、ギラギラと熱が立ちのぼりはじめた。
「……ざけんな。俺を雑魚呼ばわりだとッ!? いい度胸だ……焼き殺してやるッ!!」
瞬間、男の怒気は完全に爆発した。
周囲の木々が熱風で枯れ、アスファルトがみしりと軋む。
あまりの殺気に、強盗の部下ですら物陰に逃げ込んだ。
≪上級炎魔法──紅蓮爆衝!!≫
右腕に炎が集まり、巨大な灼熱の拳となって放たれる。
地面を焦がし、空気を歪めながら一直線に女性を貫こうと迫った——。
「他の人に当たったらどうするのかな?」
女性は飛んでくる灼熱の拳を、まるで散歩の途中で避けた石ころのように軽々とかわした。
その表情には焦りも怒りもない。ただ、心底めんどくさそうな気怠い目だけがある。
「こ、コイツ……俺のとっておきの魔法を!!」
リーダーの男の顔は怒りでどす黒く染まり、首筋からは炎素が漏れ出している。
「魔法のつもりだったかな? 本物の魔法っていうのはね―――こう使うんだよ」
直後、女性の指先から小さな火球が瞬間的に生成される。
それは本来、灯りに使う程度の弱魔法――のはずだった。
だが女性のそれは違う。
空気が弾けるような破裂音とともに、火球は取り巻きの一人へ一直線に飛び――
ボンッ!!
「ぎゃあああああ!!? 熱っ、熱っ、あづぅぅ!!」
男は一瞬で火達磨となり、地面を転げ回った。
「ちくしょう!! よくも仲間を!!」
他の取り巻きが恐怖で半泣きになりながら魔導銃を抜き、絶叫とともに乱射する。
「死に晒せ!! ボケがァ!!」
発射された魔力弾が空気を裂いて女性めがけて飛ぶ。
だが――女性は首を少し傾けただけだった。
すべて外れた。
それどころか、彼女を包むように展開された淡い光が弾道を変え、跳ね返した。
「うわ!? がはっ!!」
跳弾した魔導弾を浴び、撃った本人が吹き飛ぶという情けない光景が広がる。
「くそが……!! ガウス!! やれッ!!」
リーダーが怒号を上げると、背後のベヒーモスが咆哮した。
その声は、鼓膜を揺らすほどの重低音。
「グオオオオォォォ!!!」
巨体が地面を踏み砕きながら突進してくる。
逃げ惑う市民の悲鳴が響く。
だが――。
「街中でそんなに騒ぐのは、迷惑でしょう?ふざけるのは、そのコスプレみたいな恰好だけにしておきなさい」
女性のつぶやきとともに、頭上の空が一瞬だけ暗くなった。
次の瞬間――。
ズガァアアアアアアン!!!
落雷が一直線に降り注ぎ、ベヒーモスを瞬時に焼き焦がした。
巨体は黒煙を上げ、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
「……まだやる?」
女性はつまらなそうに問いかける。
「く、クソ……こうなったら……!これでどうだァァ!!!」
リーダーは最後の手段に出た。
倒れていた小さな少女を引き寄せ、銃口をこめかみに押し当てる。
「ひっ……や、やめ……!」
少女の小さな体が震えていた。
人々は凍りつき、誰も動けない。
「ふむ……」
女性もさすがに踏み込めず、眉を寄せて状況を見極めていた。
「へへッ…手間取らせやがって……今度こそ終わりだ!! 死ねやぁぁぁ!!」
男が魔力を限界まで引き絞り、両手を天にかざす。
赤黒い炎素が空中に一点集中し、巨大な隕石の姿を取る。
『上級炎魔法――紅蓮隕衝!!!』
熱で周囲の空気すら歪む破壊魔法が、女性めがけて墜ちていく。
だが――。
風が、一瞬だけ逆流し隕石が掻き消えた。
「……は?」
リーダーの目が点になる。
炎の消えた空間の向こうに、ひとりの青年――不知火燈也が立っていた。
「な、なんで……オレの魔法が……消え……?」
理解が追いつかず、男の体から力が抜ける。
その一瞬の隙を、燈也は逃さない。
「悪いが――」
踏み込み、一撃。
「寝てろ!!」
ドゴォッ!!!
拳が男の頬を正確に捉え、リーダーは数メートル吹き飛び地面に沈黙した。
「……ふぅ。うまくいったな」
燈也は荒い息を整えながら少女を解放する。
「もう大丈夫だ」
「お兄さん……ありがとうっ!」
少女が泣きながら抱きつき、母親も駆け寄る。
「娘を……助けてくださって……本当にありがとうございます……!」
「いえ。ただ、やるべきことをしただけです」
通行人たちが一斉に歓声を上げた。
「すげえ……!」
「少年が魔法を消したんだよな!?」
「かっこいいぞ、兄ちゃん!」
燈也は少しだけ照れ臭そうに頭をかく。
「いい動きだったね。まるで漫画の主人公みたいだったよ」
さっきの女性がいつの間にか隣に立っていた。
「アンタは……」
「助かったよ。ありがとね」
「いや……それはどうも……」
(どう考えても、あんたの方が強すぎるけどな……)
「お礼に、これを受け取って」
女性がカードを差し出す。
黒紫の光を帯びた、不思議な魔法陣が刻まれていた。
「カード? こんなの見たことねぇけど……何の――」
視線を上げると――
「って、いない!?」
女性は跡形もなく消えていた。
「……いけね。あんまりゆっくりしてるとまた遅刻しちまう。」
燈也は全速力で学校へ向かって駆けだした。
ポケットの中で、例のカードがかすかに脈動していることに気づかないまま――。
慌てて駆け出し、なんとか全力疾走で学校へ滑り込む。
「よし、今日は無事に間に合ったな」
胸をなでおろしながら廊下を歩いていると、生徒たちの噂話が耳に飛び込んできた。
「知ってる? また出たらしいわよ……あの噂の“幽霊”」
「マジで? めっちゃ怖いじゃん」
「なんでも数年前に亡くなった生徒が出るって……」
「よせよ、その話やめろって……俺ホラー苦手なんだから……」
(また七不思議か? うちの学校も飽きねぇな)
肩をすくめつつ歩いていると――。
「燈也くん! なんで早く出たのに今日もギリギリなのよ!」
先に学校へ向かったはずのリエラが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅刻じゃないんだからいいだろ?」
「そういう問題じゃないの! どうせ道草してたに決まってるわ!」
「お二人さん、今日も仲良いね~」
ニヤニヤしながら風間郷夜が割って入る。
「風間か……」
「よう! 今日もビッグニュースあるぜ! 先週育休で休職した小野山先生の代わりに、新しい先生が来るらしい!」
(またかよ……美少女転校生の次は先生に夢見てんのか)
「先生ねぇ……興味ねーな」
「分かってないな~不知火君。いいか!?男にはロマンが必要なんだよ! 新任教師は女性らしい……つまり! 美人の先生に違いないってわけだ!」
妄想が暴走し始め、郷夜の目がギラギラしはじめる。
「風間が燃えてる……」
と、次の瞬間。
「あらら……美人の先生って、私のことかな?それは嬉しいね」
「ひえっ!!?」
郷夜の背後から、いつの間にか女性が立っていた。
気配がまったく読めなかった。
左右で色の違う和服のような上着、アシンメトリーのズボン。
腰まで届く桃色と紫のツートンの長髪に、切れ長のツリ目。
派手なのに妙に品のある、不思議な雰囲気の女性。
「アンタは……! あの時の……!」
燈也が目を見開く。
朝、銀行強盗を一掃していたあの女性だった。
「やあ。また会ったね、主人公くん。
私は臨時教師の――立花セレナ。よろしくね」
「ま、まさかこの人が新任教師の……」
郷夜はあからさまに困惑した。
見た目は確かに綺麗だが、どこか得体の知れないオーラがある。
「あら、不服?」
セレナがゆるく笑う。
「い、いや!! 滅相もございません!!」
郷夜、秒で平伏。
逆らったらヤバイと本能が告げているのだろう。
「それで先生、何か用ですか?」
燈也は話を戻す。
ただ挨拶に来ただけとは思えない。
「ああ、忘れるところだった」
セレナは燈也に一歩近づき――。
「魔法執行部からの伝言よ」
ポケットにすっとメモを滑り込ませた。
「なっ……いつの間に……!」
触れられた感覚すらなかった。
「それじゃあまたね~。不知火燈也くん」
「どうして……俺の名を知ってるんだ?」
名乗った覚えはない。
「さぁ? どうしてかな?」
セレナは後ろ手にひらひらと手を振り、周囲の空気を歪ませながら廊下の奥へ消えていった。
「……変わった人だな」
次回 『第11想 幽霊調査』
魔法執行部に加入した燈也、初任務は――幽霊調査。静まり返った夜の学園で仲間達と調べ始まる。
そこには何が待ち受けているのか? 新たな章が幕を開ける――。




