第1想 夢が見る夢
ここは科学よりも魔法が発達し
魔法が当たり前になったもう一つの現代世界
これは、魔法嫌いな主人公の夢と約束の物語
――俺は“魔法が嫌い”だ――
――もしもあの時…――
――俺が魔法なんて使わなければ――
――ああ、またこの夢か……
目を開いた瞬間、そこは命の気配というものが一切存在しない“無機質の世界”だった。地平も空も曖昧でただ白とも黒ともつかない色が永遠に広がっている。
ここは、通常の人間が立ち入ることすら許されない領域。神域と呼ばれる場所だ。
その中心には根源の扉と呼ばれる巨大な扉がそびえ立っており、この奥には世界を意のままに書き換える“何か”が眠っているという。
扉の前では、かつて友だと信じていた青年が地に伏せる俺を見下ろしながら醜悪な笑みを浮かべていた。
『ヒヒヒ……ありがとよォ。不知火。テメェのおかげで“最後の扉”が開く……!』
『騙したな……天野!!』
喉が焼けるように叫ぶが、後悔しても遅い。俺がこいつの言葉を信じなければ——こんな未来にはならなかった。
胸の奥に黒い絶望がじわじわと広がっていく。
『ヒヒヒッ!!いいねぇ、その絶望に満ちたツラ……。ダチのよしみだ。二人仲良くここで世界が終わるのを仲良く見物してるんだな!!…あばよ、相棒』
俺にはもう立ち上がる力さえ残っていない。だが、その代わりに——あの人が立ちはだかった。
先輩の背中が、ゆらりと揺れる光の下で力強く輝いていた。
『今は無理でもキミの魔法はいつか沢山の人を護る力になる。……それまでは私が護るわ。』
その言葉が、胸の奥の何かをえぐった。
分かっている。届かない。届くはずがない。それでも俺は、必死に——腕を、伸ばした。
『先輩っっーーー!!!!!!!!!』
声が掻き消えると同時に、世界がゆっくりと崩れ落ちていく。
――——かつての記憶は、今や“覚めることのない悪夢”となって俺を縛り続ける。この夢が終わる日は、果たして来るのだろうか。―――
「……くん……」
「……もやくん」
「燈也君!!起きなさい!遅刻するわよ!」
「んあ?あ……あと5分だけ…」
季節は4月の上旬。暖かい日差しが差し込む自室の中で、不知火燈也は布団に潜り込んだまま完全に出て来ない。そんな彼を起こそうと、使い魔のリエラがせっせと声をかける。
「起きてってば!」
しかし当の本人は布団の中で丸まったまま。二度寝するには、最高すぎる季節だ。
リエラは小柄な20cmの身体で必死に揺らすが、びくともしない。
「はぁ……こうなったら仕方ないわね」
ヤレヤレといった様子で溜息を吐きながら、10cm程の魔導書を取り出し何やら詠唱を始めるとリエラの身体から緑の光が溢れ出す。
『天翔ける星の精霊よ。私の呼び声に集い、具現化せよ』
≪幻想の聖鎚!≫
眩い緑光が溢れ、魔導書から豪華な装飾の巨大ハンマーが生成された。次の瞬間、リエラはそれを全力で振り上げる。
「さっさと……起きろぉぉぉぉーーー!!!」
ドゴォォォォォン!!
「ぐはっ!!」
炸裂音とともにハンマーが腹部に命中した燈他が勢いよく飛び起きる。
「くそ!何しやがる!?もう少しで永遠の眠りにつくところだったじゃねーかよ!!!」
「それぐらい元気なら大丈夫ね。さぁ文句言ってる暇は無いわよ!今何時だと思ってるの?」
魔法を解除しながら、リエラは呆れ気味に言った。
「何時って……ゲッ!もうこんな時間かよ!?」
腹部をさすりながら時計を見ると午前8時を過ぎている。
まずい、このままでは完全に遅刻だ。遅れたらあの流水姉にどんなお説教を食らうか分からない燈也は顔を青くしつつ、急いで準備を始めた。
青年の名は“不知火燈也”。青龍学園に通う高校2年生であり現在はいとこの漣家で世話になっている。目つきが悪く紺色の髪に赤のメッシュ。ブレザー型の制服の下にフード付きのジャージを着ている。
その横に飛んでいるのが“リエラ”使い魔でありパートナーだ。
パステルグリーンの長髪、背中に背負った魔導書、頭のミニハットが特徴的だ。口うるさいが、サポート能力は優秀だ。
使い魔とは魔導書に宿る人格でありマスターと認めた者に力を貸す。
「ほら、早く」
「…くそ……あとで覚えてろ」
燈也は肩で息をしながら恨み節をこぼすが、もちろんそんなものが通じる相手ではない。
「夜遅くまでゲームしてるからよ。少しは反省しなさい」
リエラが容赦なく指摘する。
「ぐっ……うるせー!お前だって一緒にやってたくせに」
「私は寝ぼすけさんとは違うわ!ほら、つべこべ言わずに走って走って!」
「言われなくても分かってるってーの!」
他愛の無い口喧嘩をしながら学校へ急ぐ二人だが…
「きゃあぁぁぁ~どっ、どいてくださぁ~い!!!」
朝の安穏を書き消すような女の子の悲鳴が突き抜ける。
「燈也君、後ろ!!」
リエラの切迫した声に反射的に振り返ると、視界の奥からホウキにしがみついた少女が、出鱈目に飛び回りながら猛スピードで迫ってくる。
「んなっ!?」
このままだと間違いなく直撃コースだ。
(考えてる暇ねぇ!!)
「くそっ……防御魔法!」
反射で掌を突き出す。透明な膜のような魔法陣が瞬時に展開し、突っ込んできたホウキの勢いを鈍らせる。
咄嗟だったこともあり完全に勢いを止めることまでは出来なかったが……
「っと!」
間一髪のタイミングで抱きとめるように受け止める。舞い上がった砂埃がゆっくりと地に落ちていく。
「だっ……大丈夫?」
リエラが駆け寄り、心配そうに覗き込む。
「ああ……なんとかな」
燈也は砂を払いつつ、少女に手を差し出す。
「怪我はないか?」
「あっ……はい!」
少女はハッとし、慌ててその手を取って立ち上がる。
「あの……助けていただいてありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
少女は申し訳なさそうに頭を下げ謝罪と感謝を燈也に伝える。
少女は肩ぐらいまでの淡い赤色の髪に星型の髪飾りをつけており、着ている制服のデザインを見る限りどうやら同じ学園のようだ。
「気にすんな。お互い怪我も無かったわけだし……」
すると丁度、学校の予鈴が鳴り響く。
「おっと!のんびりしてる場合じゃねぇ…走るぞ。」
燈也は慌てて少女の手を掴み走りだす。
「はっ……はい!」
そんな二人の姿をリエラは目を細め見守っていた。
「おい!リエラも早く来いよ。」
「ええ……分かってるわよ」
燈也に呼ばれリエラも後を追っていく。桜が舞い散る道を駆けてゆく三人の姿は物語の始まりを告げるかのようであった。
桜並木を駆け抜けると、視界が一気に開ける。その先にそびえる巨大な建物こそ燈也たちが通う学び舎である青龍学園がある。正式名称は “青龍魔術学園”。四大魔法学校のひとつとして名を馳せる名門であり、いくつもの学校が合併して形成された国内でも指折りのマンモス校だ。
自由と個性を重視しており、種族や家柄に問わず幅広い生徒が集められている。
生徒数が多いため、本校舎は主に1、2年生、分校は3年生が使用しておりその校舎は、
第二次魔法大戦後に大規模な増築と改修を経て誕生したばかりの最新で近代的なガラス張りの外壁と、魔法設備が整っている。
制服は紺に稲妻をイメージした黄色を基調としたブレザー。だが校則が緩いので生徒達はある程度自由な着こなしをしている。
走り疲れへとへとになりながら教室に辿り着く燈也。 中ではクラスメイトたちが、朝のテンションそのままにワイワイと騒いでいる。
「はぁ~疲れた」
燈也は自分の席にぐったりと倒れ込み、机に額を押しつけた。
努力の甲斐もなく、今日も華麗なる遅刻である。
「よう、不知火~。今日も重役出勤だな」
後ろから聞き慣れた、ちょっと鬱陶しいぐらい明るい声。
振り返ると、制服の前を開けて黒タンクトップ、胸元には十字アクセサリー。金髪に黒メッシュのチャラさ全開男“風間郷夜”が立っていた。
クラスメイトであり俺の悪友、一言でまとめるならバカだ。
「風間か……何のようだ?」
燈也が面倒くさそうに顔を上げると、郷夜は胸を張り自信満々に言う。
「連れないな~。親友のオレ様が折角良い情報を持ってきたってのによ……」
訝しげに聞き返す。この男が「良い情報」と言って碌なことがあった試しはない……。
「良い情報?」
「ふふっ、聞いて驚け! なんと隣のクラスに銀髪ロングで氷みたいにクールな超絶美少女の転校生が来たらしいぜ!!」
「なんでそんな詳しいんだ……?どうせあったこともないんだろ?」
「そいつは俺の情報網の力さ!!」
(流石は女好きの風間だ……。どこからそんな情報を仕入れてくるのか……。)
「……そうか」
「ってなわけで一緒にナンパしに行こうぜ。」
まあ、そんなことだろうと思った。これ以上なく風間らしい結論だ。
「……断る」
「ノリが悪いな~。それじゃあ俺一人で楽しいデートと洒落込んでくるかな」
(こいつの自信はどこから湧いてくるんだ……?少なくとも俺はこいつがナンパ成功した瞬間なんて一度も見たことないんだが……)
燈也は心のツッコミを飲み込み、適当な相槌で流す。
「……頑張れよ」
「フッ……任せな!この“風の貴公子”と呼ばれるオレ様にかかればちょろいもんさ。」
なお——呼んでいるのは本人だけである。
「ああ……ぶん殴ってやりてぇ…」
「ん……?なんか言ったか?」
「なんでもない」
「ふーん、まぁいいか。ところでお前の小さなお嬢様はどうしたんだ?」
思い出したかのように郷夜が尋ねる。
「ああ、リエラのことか?さっき用事があるらしくてどっか行ったぜ。」
「そうか……ドンマイ」
なぜか憐れむような目で肩に手を置かれた。
「おい!?どういう意味だ、コラ!」
抗議する燈也の声が廊下に漏れた、そのとき——
「コラァァァァ!!燈也ァァァァ!!」
燈也でも風間でもない、怒りMAXの甲高い声が響き渡り、乱暴に教室のドアが蹴り破られる。
「あんた、また遅刻したわねぇぇぇ!!!」
「ゲッ!?るっ……流水姉ッ!」
その怒号を聞いた瞬間、燈也の背筋が凍りついた。
教室の入口に立つ少女“漣流水”。その姿を認識した途端、燈也の顔色はみるみる青ざめていく。
燈也と同じ高校2年生。燈也のいとこであり、出張続きの両親に代わって漣家を取り仕切る“実質的な姉貴”。
海のように澄んだ青髪は片側だけインテークヘアにまとめられ、揺れるイルカのアクセサリーがトレードマーク。
強気で負けず嫌い、加えて格闘技もやっているため、燈也は頭が上がらないのだ。
「げっ、じゃ無いわよ!今日という日は許さないわよ!」
流水が燈也の首元ををガシッとつかむ。
「いや……今日は色々あったんだよ」
「そんな言い訳が通用するわけないでしょうが!!」
締め付けが徐々に強くなる。ヤバい。リアルで呼吸が……視界が……暗く……。
「お~!夫婦喧嘩とは……相変わらず熱々だな、お二人さん」
この修羅場にも関わらず郷夜は呑気に茶々を入れてくる。
「なっ!!!そんなんじゃないわよ。誰がこんなヤツと!!」
「またまた照れちゃって……。どうせ家でもイチャイチャしてんだろ?」
真っ赤な顔で慌てて否定する流水をニヤニヤと笑いながら茶化す郷夜。
やめてくれ…それ全部俺に来るんだから……。と内心思う燈也だが言えるほどの余裕はない。
燈也の願い虚しく、郷夜はさらに踏み込む。
「もしかして、今日遅れたのも夜に二人で色々やってたからだったりして……」
「なななっ……!!!!んなわけあるかぁぁああああああ!!!!」
流水の怒りが臨界突破した。
次の瞬間、彼女の足元で水が渦を巻くように立ち上がり、螺旋状に脚へまとわりつく。
魔力で水を硬化させた、流水お得意の蹴り技だ。
「ぐへぇえええええ!!!」
郷夜は渦巻く水流に弾き飛ばされ、美しい放物線を描いて吹っ飛び、床へ豪快に落下する。 直後、追いかけてきた水が滝のようにバシャァと落ち、郷夜をずぶ濡れにした。
「わわわわっ!お姉ちゃん!暴力はダメだよ~」
騒ぎを聞きつけ、隣のクラスから小走りで現れた少女“漣癒水”。
姉の流水とは顔立ちがよく似ているが、柔らかいタレ目が印象的で、肩までのセミロングの髪には波を模したリボンをあしらっている。
控えめ、穏やか、そして回復魔法が得意という姉とは真逆の性格。燈他を“義兄さん”と呼び慕っており、見つけるといつも笑顔を向けてくる。
「大丈夫よ。まだ息もあるしちゃんと手加減してるから。……多分」
「そういうことじゃないんだけど……えっ?多分!?」
癒水がノックアウトされている郷夜に心配そうに駆け寄る。
「あ、あの…風間さん?……大丈夫ですか?」
「ハハハ!全然平気さ。心配してくれてありがとう癒水ちゃん。キミの優しさはまさにナイチンゲールのようだ。」
癒水の顔を見ると郷夜は瞬時に復活し、勢いよく彼女の手を握り、瞳をギラリと光らせる。
「ああ、麗しき白衣の天使よ。オレ様だけの天使になってくれないか?」
「あの……」
癒水は完全に困惑。
だが当然、この光景を流水が見逃すわけもない。
ズズンッ……と空気そのものが重くなる。
流水の髪が魔力を帯びてうねり、広がり、その姿はまるで深海で目覚めた海の怪物。
「かぁ・ざぁ・まぁぁ?アタシの前で妹を口説くなんて良い度胸してるじゃない?」
「ひぃぃぃ!!」
「まぁまぁ、お姉ちゃん。押さえて!押さえて!」
土下座する郷夜の横で、癒水は必死に姉をなだめる。
だが一度キレた流水の怒りは、嵐のように凄まじく、簡単には収まらない。
(やばい…完全にスイッチ入ってる……!)
怒りの矛先は郷夜に向いている。
ならば——ここから導き出される結論はただひとつ。
三十六計、逃げるに如かず!
郷夜が囮になっている今こそ、脱出の最大のチャンスだ。
「よし……今のうちに」
燈也はそっと席を離れ、気配を殺すこともなく全力で教室から走り出した。
その直後。
「うぎゃあああぁぁーーーーーー!!」
郷夜の断末魔が廊下まで響き渡った。
「風間…お前の犠牲は無駄にはしないぜ」
燈也は心の中で敬礼すると、そっと教室から距離を取った。
「さて……1時間目は面倒くさいし、サボるか……」
燈也は周囲を見回しながら、都合のいい隠れ場所を探す。だがその途中、職員室の前に立つ“ある人物”が視界に入った
「……あれは?」
パステルグリーンの髪が揺れる。見慣れたシルエット。
「リエラ……?職員室の前で何をやってるんだ?」
廊下の壁に寄りかかるように立っているリエラ(正確には飛んでいるのだが……)の姿は気のせいかもしれないがどこか憂いを感じさせた。
だが理由を考える暇はなかった。
「燈也!どこ?出て来なさい!!!」
別方向から響く怒号。流水姉だ。
「やべ……このままじゃ見つかっちまう。隠れないと……」
リエラのことも気になるが、まずは後門の虎から逃げるのが最優先だ。
「どこかに良い場所は……そうだ!」
思い当たる隠れ場所がひとつ。人目を避け、足音を忍ばせながら階段へ向かう。
向かった先は—屋上への階段。青龍学園の屋上は立ち入り禁止で、生徒は基本入れない。
鍵も古く、魔力式センサーも取り付けられていない。つまり—逃亡者にとっては最高の隠れ家だ。
ギィ……と鉄扉を押し上げ、誰もいない屋上へ出る。
「ふぅ……ここまで来れば、しばらくは見つかんねぇだろ」
屋上の隅にある大きな給水槽。
その陰は扉から完全に死角になっている。まずバレないだろう。そこへよじ登り、身体を落ち着かせる。
「ここでほとぼりが冷めるまで大人しくしてりゃ……ふあぁ……」
逃げ回った疲れと春の暖かい陽気には勝てず、燈也はゆっくり目を瞑る。
星の海が広がる夜。
丘の上に座っているのは幼い燈也と少女。まだ小学生低学年くらいだった二人は満天の星空を見上げながら静かに話していた。
「また…会えるかな……?」
少女が涙を浮かべ、震える声で燈也を見つめる。
「当たり前だろ。絶対にまた会える。だから……もう泣くなよ。」
燈也は笑ってみせる。
幼い自分に絶対なんて保証できるわけがない。それでも少女を泣かせたくない。ただその一心で言葉を返した。自分自身にも言い聞かせているようだった。
忘れないように。必ず会えると、自分の胸にも刻み込むように。
少女は涙を拭き、少しだけ笑いそっと小さな手を差し出した。
「約束だよ。」
「あぁ……約束だ。」
二人は指切りを結ぶ。
―――また会えることを願って―――
―――いつか必ず会えると信じて―――
「ん……ふぁああ~……」
再び目を開けると、視界には夢で見たような一面の星空。だが風は冷たく、頬に触れる空気は紛れもなく本物だ。つまり……
「ヤベェ!!!寝過ごしたッ!!!!」
最悪だ…授業をサボった挙句、帰りも遅くなったとなれば流水に何されるかか分かったものではない。燈也は慌てて給水槽の上から降りる。
「よっと…」
着地しながら視線を上げるとそこに“誰か”が立っていた。
「あれっ……?お前は……?」
淡い赤髪の少女。朝、ホウキで突っ込んできたあの子だ。
「あなたは……確か……」
少女もこちらに気づき、ぱちりと瞬く。
「朝はありがとうございました。まだ名乗っていませんでしたね。私は加ヶ瀬怜花と申します。」
その名前は幼いころよく一緒に遊んでいた少女のものだ。よく見れば確かに面影もある。
「怜花……もしかして、あの怜花か?俺だよ、不知火燈也。久しぶりだな。」
「まさか燈也さん!?お久しぶりですね。全然気付きませんでしたよ。」
向こうも燈也のことに気付いたらしくぱっと顔を輝かせた。
「ああ、十年ぶりぐらいだもんな。俺も名前聞くまで分からなかったよ。」
「えっへん……私だって成長しているんですからね。」
「フッ……まぁ、ホウキの腕前は相変わらずみたいだけどな。」
ドヤ顔した怜花の、痛いところを燈也が突く。
「今日は調子が悪かっただけです。」
「へぇー、ならちょっと飛んでみてくれよ。」
「いっ……今はダメです!!」
「あれ~?やっぱり無理なのかよ」
「むぅ~無理じゃないです!でも今はダメなんです!」
必死に否定する様子が、幼いころとまるで変わらず、思わず笑みが漏れる。
「そうか~実に残念だなぁ~」
「ああ!!疑ってますねっー!!」
(いや、最初から気付いてるけどな)
必死な反応が面白くて、つい意地悪をしてしまう。
「燈也さんはいじわるですっ!」
「ははは!、悪い悪い。拗ねてるお前が面白くてな」
「もう!私だって怒るんですからねー!」
「ごめん、ごめん。本当に悪かったから」
少しやりすぎたかな、と頭を下げると、怜花は小さく息をついて——
「……今回だけですよ。」
「おう、ありがとよ」
怜花の変わらない優しさが荒んでしまった燈也の心を少しずつ溶かしていく。
「ところで燈也さんはこんな時間まで何してたんですか?」
(ギクッ! ……痛いとこ突いてきやがる……)
「もう一般の生徒は皆帰ってる頃ですよ?」
追撃が刺さる。
「いや~……実は昼寝してたらつい寝過ごしちまってな」
正直に話すしかなかった。言い訳が思いつかなかっただけだが。
「くすくす、燈也さんらしいですね」
「うるせー!そういうお前はこんな時間まで何やってたんだよ?」
話を逸らすために怜花に聞き返す。言っておくが決して照れ隠しではないからな!
「私は……星を見ていたんですよ」
「星……?」
「ええ……いつかこの星の海を自由に飛ぶのが私の夢なんです」
夢を語る怜花の瞳は、夜空の光を映してきらきらしている。
綺麗だ、と思った。
だが——
「夢ねぇ……」
「その調子じゃ先は長そうだな」
つい現実的な言葉が出る。
「ああ~!ヒドイですっ!」
「確かに私は魔法音痴ですし燈也さんみたいな凄い魔法も使えませんけど……。でも私だって燈也さんと同じ賢者を目指す魔法使いの端くれなんですよ」
賢者。魔法使いなら誰もが夢見る、最高の称号。
だが、燈也は——
「……やめたよ」
「え……?」
「部活も賢者を目指すのも辞めたんだ…」
それを夢見る資格なんて、もう自分にはない。
光を失った瞳に映っているのは、過去の過ちだけ。
「あっ……ごめんなさい」
「なんでお前が謝ってんだよ」
「……」
「……ったくそんな顔をするなよ」
怜花がしょんぼり肩を落とす。
悪いのは全部、自分だ。怜花じゃない。
だから燈也は、そっと怜花の頭を撫でた。
「あっ……」
「ホウキの乗り方ぐらいなら教えてやるからさ」
優しく、あの頃みたいに。
怜花の胸の奥に、暖かい何かが広がる。こぼれそうになった涙を指で拭い、彼女は笑った。
「ハイ!よろしくお願いしますね。燈也さん」
「言っておくが俺の特訓は厳しいぜ。ビシビシ行くからな」
「望むところです!」
星空の下で微笑みあう二人。
燈也は、自分でも理由が分からないまま“もう関わらないはずだった魔法”に自然と手を伸ばしていた。
でも不思議と悪い気はしなかった。
止まっていた時間が、ゆっくりとだが動き始めた気がする。
燈也の瞳は先程までとは違い、僅かだが、夜空の星みたいに輝きを取り戻したのだった。
次回予告 『第2想 Sランクを持つ者』
少女を襲うチンピラ達との激突することになった燈也。
多勢に無勢という危機的状況で燈也は魔法を発動する。
その魔法は 術式すら存在を許さない、理不尽にして絶対の力。
それを密かに目をつける者がいた。
「なるほど……アイツが、噂の《不知火燈也》か……」
暗闇で笑う影。その声色は甘く、そして残酷だ。
狙われたのは、燈也の力。いや——燈也そのもの。
学園に潜む陰謀が静かに口を開け、獲物を待ち構えていた。




