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魔法能力試験

 あれから季節は巡り、王都には輝くような夏がやってきた。

 学生たちの装いも長袖から涼やかな半袖へと切り替わっている。制服の生地は風をはらむ薄手のものへと変わり、歩くたびに軽やかに揺れるようになった。


 祝典のあの日以来、ミラ・フェンディからの不気味な接触はぱたりと途絶えている。しかし、その静寂こそが、より大きな嵐の前触れであるかのように思えてならなかった。


 一学期の集大成として行われる「魔法能力試験」。

 各々の属性に合わせ、熟練の教師と対峙しその実力を示す伝統的な試験だ。郊外から離れた高原にある試験会場からは、王都の守り神として崇められる「聖峰」が美しくそびえ立っているのが見えた。


「見て、リリア。あちらに見えるのが、この地で古くから信仰されている聖峰ですわ」


 サリーナが指差す先には、夏の陽光を浴びて神々しく輝く山並みがあった。


「その昔、人々はあの一番高い場所まで登り、大地に恵みをもたらす女神リュミエルを讃えたと言い伝えられているわ。今では危険だということで、麓から祈るだけになりましたけれど」


 サリーナの言葉を聞きながら、リリアはその山を見上げた。その瞬間――。


「……っ」


 リリアの胸の奥が、鋭い熱を帯びて疼いた。自身の力が、何かに激しく反応している。それはミラの放つ毒々しい魔力ではなく、もっと根源的で、巨大な「力」のうねりのようなものだった。


(なにか、来る……。あの山の向こうから、何かがこちらを見ている……?)


 リリアが自分の胸元を強く押さえ、顔を青ざめさせたその時、背後から彼女の肩を支える手があった。


「リリア、どうしましたの? 顔色が悪いわ」

 

 サリーナが心配そうにリリアの顔を覗き込む。


「あら、ノルン様もですわ。険しい顔は通常運転ですが、今日は眉間の皺がいっそう濃いですわね」


 リリアはノルンに視線を向けると、彼もまた、山の向こう側から漂ってくる異様な気配を察知したのか、その琥珀色の瞳を鋭く光らせていた。

 不思議なことに、この聖域に近い場所では、彼らの魔力が普段よりも研ぎ澄まされ、勝手に高まっていくようだった。


(ハク様からいただいたブレスレットが、震えているわ……)


 ブレスレットは熱を持ち、リリアの魔力を必死に抑えているようだった。


 ノルンの周囲に漂う「引力」はより深みを増し、離れた場所で順番を待つミラの瞳も、かつてないほど妖しく光っている。女神リュミエルの聖域が、彼らの中に眠る特別な力を、無理やり引きずり出そうとしている。

 三人は聖域の影響を色濃く受け、高まる魔力の奔流を必死に抑え込んでいた。


「サリーナ様、私は……大丈夫です。少し、緊張しているだけですから」


 リリアは震える手で胸元を押さえ、心配するサリーナを背にして一歩前へ出た。

 いよいよ試験開始の合図が響く。リリアは疼く胸をなだめながら、教師が待つ演習フロアへと足を踏み出した。


 リリアにとって、自分の魔法は常に細心の注意を払わなければならないものだった。十二歳の「祝福の儀」では明確な属性が判明せず、ただ計り知れない強大な力が宿っていることだけが示された。

 その結果、周囲からは「底の見えない異質な力を持つ者」として、どこか遠巻きにされてきた過去がある。


「リリア、決して目立ってはいけない。平凡な魔法使いとして、静かに過ごすように」


 父からの言葉を胸に、彼女は自身の「無効化」という特異な力を隠し続けてきた。故郷ポルトでのガゼルやハクとの過酷な特訓を経て、ようやく表面的な「水属性」を発現させることに成功したが、それすらも本来の魔力量からすれば、ほんのしずくに過ぎない。


 試験官としてフロアの奥に立っているのは、中年の女性教師、ミラーナだった。彼女は眼鏡の奥から、品定めをするような冷徹な視線をリリアに向ける。


「……始めなさい、リリア・ロゼッタ。貴女の実力、見せてもらいますよ」


 ミラーナが杖を振ると、鋭い風の刃がリリアに向かって放たれた。

 高原の空気は、聖峰から流れる神聖な魔力によって満たされている。他の生徒たちは「いつもより魔力が練りやすい」と喜んでいたが、強大な器を持つリリアにとっては、それはむしろ最悪の環境だった。


(落ち着いて……。父様の言う通り、あくまで平凡に。水の防壁を最小限に張るだけでいいわ)


 リリアは魔力の奔流を必死に抑え込み、掌から柔らかな水の膜を展開した。

 放たれた風の刃は、その水の膜に触れた瞬間、抵抗することなく吸収されるように静かに消えていった。 本来なら弾け飛ぶはずだが衝撃すら残さない、あまりにも完璧な「無力化」を伴う防御だった。


「……あら、美しいわね。さぁ、次はどうかしら?」


 ミラーナ教師は、リリアの魔力の「質」に微かな違和感を覚えながらも、眼鏡を押し上げ、さらなる追撃の構えをとった。

 しかし、聖域の力は残酷なまでにリリアの意志を裏切ろうとしていた。ミラーナが放つ第二波、巨大な火球が迫った瞬間、リリアの胸の疼きが最高潮に達し、抑え込んでいたはずの魔力が、彼女の意図しない「色」を帯びて指先に集まっていく。


(だめ……空気に含まれる魔力が強すぎて、私の力が引きずり出されてしまう……!)


 高原を満たす女神の魔力は、リリアという巨大な器に共鳴し、無理やりその蓋を抉じ開けようとしていた。

 リリアの翡翠の瞳が、聖峰の輝きを反射して一瞬だけ白銀に染まった。


 指先に集まったのは、水でも火でもない、何もかもを無に帰す純白の閃光。それが放たれようとした刹那、リリアは喉の奥で悲鳴を上げ、その光を無理やり自分自身の内側へと押し戻した。


「くっ……あ、ぁ……っ」


 ドォォン! という衝撃音と共に、火球はリリアの足元で爆発した。

 無理な魔力制御による反動と、聖域との共鳴による負荷。リリアは朦朧とする意識の中で、なんとか持ち堪えようと地面を強く踏み締めた。


 「……そこまで。リリア・ロゼッタ、貴女、もう少し期待していたのですが」


 ミラーナ教師は眼鏡のブリッジを神経質に押し上げ、手元の記録板に厳しい筆致で何かを書き込んだ。


 「魔力量のは多いようですが、使い方が非常に雑ですわね。まるで子供の水遊びです。上級クラスに在籍している自覚を持ちなさい。今日の評価は……そうね、『及第点には届くが、物足りない』といったところでしょうか」


 「……申し訳ありません」


 リリアは深く頭を下げた。胸の奥ではまだ力が暴れようと疼いていたが、ひとまずは正体を隠し通せた安堵が勝っていた。冷や汗を拭い、逃げるように演習フロアを降りる。


 しかし、結界の境界線を越えた瞬間、ひんやりとした不気味な気配が彼女の足を止めた。


「素敵な力だわ、リリア様! あんなに必死に、美味しそうな部分を隠していらっしゃるなんて」


 顔を上げると、そこにはいつの間にか距離を詰めていたミラ・フェンディが立っていた。

 夏の陽光を浴びているはずなのに、彼女の周囲だけは陽炎のように景色が歪み、冷たい影が落ちている。


「リリア様。そんなに無理をして閉じ込めなくても、私が全部吸い取ってあげますのに。そうすれば、貴女も楽になれるでしょう?」


 ミラの言葉は、まるで甘い毒のようだった。彼女の白く細い指先が、リリアの紅潮した頬に触れた――その瞬間だった。


 「っ……!」


 ミラの喉から、短い悲鳴が漏れた。

 指先がリリアの肌に触れた刹那、ミラの全身を巡っていた禍々しい紫の魔力が、目に見えるほどの勢いで「消失」し始めたのだ。それは吸収されるのではなく、まるでこの世から最初から存在しなかったかのように、煤となって霧散していく。


「な、何なの……!? 私の力が、消え……っ!?」


 ミラは弾かれたように手を引っ込め、目を見開いて絶句した。自分の力が通じないどころか、その根源さえも削り取られたような喪失感に、彼女の顔から血の気が引いていく。

 聖域の影響で高まりきった魔力と、それを無理やり抑え込んでいた精神の均衡が、今の反撃で完全に崩れてしまった。


――バチンッ!!


 鋭く硬い音が響く。

 リリアの手首に飾られていたハクからもらったブレスレットが千切れ飛ぶ。


「あ……」


 リリアの視界が、急激に歪む。瞳から光が消え、膝から力が抜けた。高原の涼やかな風も、周囲のざわめきも、すべてが遠い世界の音のように遠ざかっていく。リリアの身体はゆっくりと、地面に向かって崩れ落ちた。


「姉様!!」


 その叫びと同時に、誰よりも早く駆け寄ったのはルカだった。

 彼はリリアが地面に崩れ落ちる寸前、その華奢な体を必死に受け止めた。リリアの顔は蒼白で、意識はすでに深い闇の底にある。


「姉様! しっかりして、姉様!」


 ルカの声に重なるようにして、周囲の学生たちが騒ぎ出した。さっきまで冷淡だったミラーナ教師も、慌ててフロアから駆け下りてくる。


「何があったのです! ……フェンディさん、あなた、今何を……」


 ミラーナ教師の鋭い問いかけに、ミラは震える自分の指先を見つめたまま立ち尽くしていた。


「私、は……ただ、彼女を助けようと……」


 ミラが絞り出した言葉は、ルカの冷徹な視線によって遮られた。駆けつけたノルンとエリオットも、倒れゆくリリアの姿を射抜くような眼差しで見つめている。


「……っ」


 ノルンの周囲に渦巻く力が、彼の怒りに呼応して暴力的なまでに膨れ上がった。周囲の学生たちがその逃げ場のない重圧に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように後ずさる。


「ノルン、やりすぎだ。周囲が持たない。……ルカ、いいかな?」


 エリオットが静かに制すると、ルカの腕からリリアをそっと、けれど奪うように優しく抱き上げた。


「医務室へ運ぶ。……ノルン、君も来るんだ。話がある」


 エリオットは、リリアを壊れ物のように大切に抱きかかえると、背後に立ち尽くすミラには一瞥もくれず、凍りついた演習場を後にした。

 深い眠りの中、リリアは再びあの声を聴いていた。

 真っ白な霧が立ち込める聖峰の頂で、一人の少女が悲しげに微笑んでいる。


『……乙女よ、目覚めの時は近い。この均衡が崩れた世界で、貴女は何を望むのでしょう』


 少女がリリアの額にそっと指先を触れると、全身を焼くようだった魔力の疼きが、波が引くように穏やかに静まっていった。


『今はまだ、眠りましょう。次に目覚める時、貴女を繋ぎ止めるのは――』


 少女の姿が黄金の光となって弾け、リリアの視界を真っ白に塗り潰した。


 次にリリアが目を覚ましたとき、そこには夕暮れの茜色に染まった静かな医務室の風景が広がっていた。

 高原の涼しい風が、開け放たれた窓から入り込み、薄手のカーテンを優しく揺らしている。


「ここは……」


 ふと右手に重みを感じて視線を落とすと、そこにはベッドの傍らに座り込み、リリアの手を包み込むように握りしめたまま、深く眠りに落ちているノルンの横顔があった。


 いつもは険しい表情が、今は嘘のように解けている。そのプラチナブランドの長い睫毛が、規則正しい寝息に合わせて微かに震えていた。


「……ノルン、様……?」


 掠れた声でその名を呼ぶと、握られていた指先がピクリと反応した。

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