新入生歓迎会1
新入生の入学を祝う歓迎会は一日がかりで行われる。午前中は教師や上級生たちによる華やかな魔法披露が行われ、空には色とりどりの魔力の花火が打ち上がった。
校庭には多くの出店も並んでおり、これらもまた上級生たちの作った魔道具や、魔法で精緻に加工された宝石であったりと、どれも宮廷の献上品に劣らぬほど上等なものばかりだ。
「まぁまぁ、これは素敵だわ!良い石を使っているわね」
サリーナは目を輝かせ、夢中で加工された宝石を吟味している。宝石商の娘としての血が騒ぐのか、鋭い審美眼で一つ一つの輝きを確かめていた。
リリアがその様子を微笑ましく見守っていると、人混みの向こうから見覚えのある二人の影が近づいてくる。
「やあ。リリア嬢、サリーナ嬢。祭典を楽しんでいるようだね」
声をかけてきたのは、エリオットだ。ノルンも隣にいる。
エリオットは公務の合間を縫ってきたのか、いつも以上に凛とした王子のオーラを纏い、隣のノルンは相変わらず不機嫌そうな顔をしながらも、リリアの姿を捉えた瞬間にその琥珀色の瞳を微かに揺らした。
偶然にも、この賑やかな祝典の真っ只中で、四人は顔を合わせることとなった。
この行事は、午前中の魔法実技や出店は一般にも広く公開されている。訪れる客のほとんどが生徒や教師の家族だが、時折、視察を兼ねた王族や他国の貴族が姿を見せることもあるという、国を挙げた一大行事なのだ。
「……二人とも、従者も付けずに出歩くのは危険だよ。これだけの人がいれば、何が紛れ込んでいるか分からないからね」
エリオットは穏やかに、けれど忠告を含んだ声で言う。隣のノルンも絶えず周囲に鋭い視線を走らせ、警戒を解いていない様子だ。
華やかな祭典の影には、家族を装って潜り込んだ他国の密偵や、正体不明の不穏な影が混じっている可能性を、彼らは鋭く察知していた。
「今も君たちに声をかけようとした生徒がいたよ? 僕たちが来なければ、今頃囲まれていただろうね」
エリオットの言葉に、サリーナは余裕たっぷりに扇を揺らして、悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、私たち人気者みたいね? それとも、このドレスがあまりに素敵すぎて、目が離せなくなってしまったのかしら」
「……馬鹿を言うな。お前らが不用心なだけだ」
ノルンが苦々しく吐き捨てるが、その目はリリアの無事を確認してどこか安堵している。その様子を見て、エリオットがリリアの隣へと歩み寄った。
「せっかくの祝典だ、彼女たちをエスコートして回ろうか?」
エリオットのその言葉に促され、四人でしばらく出店を回ることになった。
空中に浮かびながら七色に煌めくわたあめや、振るたびに星屑のような光を放つ飴など、並んでいる食べ物も魔法学園ならではの不思議なものばかりで、リリアたちの目を楽しませた。
「見て、リリア様! この飴、口に入れると小さな魔法の花火が弾けるんですって」
「本当ですね、サリーナ様。……あちらの飲み物も、温度によって色が変わっていくみたいですよ」
賑やかな喧騒の中、エリオットとノルンは付かず離れずの距離で二人の周囲を固め、時折差し出される不思議な食べ物を一緒に楽しみながら、祭典の穏やかなひとときを過ごしていた。
「あら、この本……」
リリアはふと、人混みの隅にある古びた魔法書の店に目を奪われた。棚に並ぶ羊皮紙から漂う微かな魔力の香りに引き寄せられるように歩み寄る。
夢中で背表紙を追っているうちに、いつの間にかエリオットたちの話し声が遠くなっていることに気づいた。
「はぐれてしまったわ……」
焦って周囲を見渡したその時、背後から上品で穏やかな声がかけられた。
「リリア様ではありませんか?」
振り返ると、そこには見事なプラチナブロンドの髪をまとめ上げ、慈愛に満ちた笑みを浮かべる貴婦人が立っていた。
ノルンの面影を色濃く残す琥珀色の瞳――ノルンの母、ヴァルディアン公爵夫人である。その隣には、厳格ながらもどこか誇らしげに目を細める公爵の姿もあった。
「ヴァルディアン公爵様、公爵夫人閣下。大変失礼いたしました、ご挨拶もせずに……」
リリアは慌てて最敬礼を捧げようとしたが、夫人がそれを優しく手で制した。
「いいのですよ、リリア様。そんなに畏まらないで。貴女のような可愛らしい方が、こんなに熱心に魔法書をご覧になっているなんて、感心いたしましたわ。ねぇ、あなた?」
夫人は隣に立つ夫に同意を求めると、リリアの手を包み込むように取り、まるで本当の娘を見るような温かい眼差しを向けた。公爵もまた、リリアの清廉な佇まいを認め、「……勉学に励むのは良いことだ」と短く、けれど穏やかに言葉を添える。
「……あいつ、何勝手に一人で歩き回って……っ!」
そこへ、血相を変えて人混みをかき分けてきたノルンが合流した。
自分の両親と親しげに話すリリアの姿を捉えた瞬間、彼は言葉を失い、その場に立ち尽くした。
「父上、母上……」
ノルンの声はどこか硬く、よそよそしい響きを帯びていた。普段の彼からは想像もできないほど、両親との間には埋めがたい距離感があるように見える。
「ノルン、良いところに。リリア様とは仲良くしているのでしょう? この子は本当に優秀で自慢の息子なのですわ。ねえ、リリア様、ぜひこれからもノルンの力になってくださるかしら」
夫人はリリアの手を握ったまま、熱のこもった声で語りかける。公爵もまた、頷きながらノルンの肩に手を置いた。
「そうだ、お前は我らヴァルディアン家の誇りだ。その類まれなる才能を、正しく国のために役立てるのだぞ」
一見すれば、息子を深く愛し、その将来を嘱望する麗しい両親の姿だった。しかし、リリアの心には言いようのない違和感が広がっていく。
二人の瞳の奥にある熱は、単なる親の期待や愛情と呼ぶには、あまりに過剰で、どこか盲目的でさえあった。
(なぜかしら……。公爵様も夫人も、まるで何かに取り憑かれているみたい。ノルン様の言葉一つ、動き一つに、これほどまでに心酔していらっしゃるなんて……)
リリアは、幸せそうな家族の会話の中に潜む「不自然な歪み」に、背筋が冷たくなるのを感じていた。
ノルンは、そんなリリアの困惑を察したのか、苦々しげに顔を歪めた。彼はリリアの手首をそっと掴むと、両親から引き離すように一歩前へ出る。
「……もういい。父上、母上、俺たちは行くところがあるんだ。リリア……行こう」
逃げるようにその場を去ろうとするノルンの横顔は、両親から「自慢の息子」と称賛された者のそれではなく、自身の忌まわしい影に怯える子供のようだった。
いつのの間にか、ノルンの大きな手がリリアの指先を包み込むように繋いでいた。
人混みを抜けて少し静かになった木陰で、ノルンは繋いだ手に力を込めると、苦しげに吐き捨てた。
「……悪かった。うちの両親は、俺に期待しすぎなんだ。……異常なまでに、な」
リリアは、先日の会議で話していた「ノルンに対する異様なまでの肯定」を、今のやり取りから肌で感じていた。公爵夫妻の瞳は、息子を愛する親のそれというより、教祖を崇める信者のように見えたのだ。
けれど、あんなに優しく誇らしげに語っていた両親に対して、ノルンの物言いは少し冷たすぎるのではないかとリリアは感じた。
「ですが、ノルン様……少し言い過ぎではありませんか? 公爵様も夫人も、あんなに貴方を想ってくださっているのに」
「想っている? ……違う、あれはそんな綺麗なもんじゃない。俺が何をしても、どんな酷いことを言っても、笑って俺を肯定する。異常だろ?」
ノルンは繋いでいた手をぐいと引き寄せ、リリアの身体を自分の方へと急接近させた。
あまりの勢いに、リリアの華奢な体がノルンの逞しい胸板にぶつかる。見上げれば、琥珀色の瞳が至近距離で自分を射抜いていた。
「……リリア、お前もあいつらと同じになるのか? 俺が何をしても、『ノルン様だから』と許して、頷くだけの人形に」
その瞳には、世界中から肯定されながらも、誰からも「本当の自分」を見てもらえないという、痛切なまでの孤独が滲んでいた。
リリアは怯まずに、至近距離で彼を見つめ返す。
「……いいえ、私は頷くだけの人形になんてなりません。間違っていると思えば、何度でも貴方を否定します。……今だって、両親をあんな風に言うのは、間違っていると思います」
「……っ、お前……!」
ノルンがムキになり、さらに顔を近づける。リリアの翡翠の瞳には、一切の迷いもない。熱い吐息が触れ合うほどの距離で、二人の視線が激しくぶつかり合う。
リリアの鼓動は早鐘を打ち、ノルンの瞳には独占欲と、否定されたことへの奇妙な歓喜が混ざり合っていた。
そのまま、時間が止まったかのような沈黙が流れる。ノルンの指先が、リリアの頬をなぞろうとした、その時。
「あらあら。お邪魔だったかしら」
聞き覚えのある凛とした声に、二人は弾かれたように離れた。
そこには、呆れたように扇を揺らすサリーナと、穏やかな微笑みの裏に鋭い光を宿したエリオットが立っていた。
「サリーナ様……っ!エリオット殿下……! 」
顔を真っ赤にするリリアに対し、エリオットは自然な動作でリリアの隣へと歩み寄った。
「はぐれてしまったときは心配したけれど、杞誉だったようだね」
エリオットは安堵の溜息をつくと、少しだけ眉を下げてリリアを見つめた。
「……さて、そろそろダンスパーティーの準備をしなければ。僕は王族として、どうしても対応しなきゃいけない相手がいてね。立場上、自由が利かないのがもどかしいよ」
もうすぐメインイベントのダンスパーティーが幕を開ける。エリオットは王子として、招待された他国の王族や高位貴族の令嬢と踊る義務があるのだ。
「……君と最初の一曲を踊れないことが、とても残念だ」
そう言いながらエリオットがリリアの手を握ると、隣にいたノルンが露骨に「チッ」と大きな舌打ちをした。
「……何が残念だ。お前は一生、その御立派な義務に縛られて踊ってりゃいいんだよ」
呆れたように吐き捨てるノルンだったが、その態度にはどこか余裕がなかった。そこへ、サリーナがわざとらしく扇で口元を隠し、ノルンに視線を送った。
「あら、それはノルン様も同じではなくて? 貴方も公爵家の跡取りとして、無下にできない『お約束』があったはずでしょう?」
「……っ、お前、余計なことを……!」
ノルンが顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
リリアの前でそれを言い出せないノルンの動揺を見て、サリーナは楽しげに目を細めた。




