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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――不機嫌ハラスメント「フキハラ」について

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 前回、「アンガーマネジメント」について書いた。その流れで、今回は「不機嫌ハラスメント」について書いてみたいと思う。

 毎日の生活の中で、ちょっとしたきっかけで相手を怒らせてしまうことがある。朝、早く起きて支度をしている時、いつもより大きな音を立てて睡眠を妨げてしまったり、頼まれていた買い物をうっかり忘れてしまったり。相手は不機嫌になり、何も言わずに出ていってしまう。一度火がついてしまうと、怒りの感情を鎮めるのは難しい。「機嫌直してよ」と口で言ったところで、機嫌というのはそんなに簡単に直るものではないのだ。

 相手の怒りが収まるまで、何食わぬ顔で過ごす。大丈夫、時間さえ経てば。でも、頭ではわかっていても心のどこかで動揺があり、いつも同じようにしていることがうまくできなかったりする。人間関係というのは難しいものだ。特に身近な人との間では。

 そんななか、たまたま回ってきた仕事がいわゆる自己啓発の本だった。「自分自身の心の声を聞いてあげましょう」「あなたはいつでもあなたの望む自分になれる」おおまかな分類でいうとスピリチュアル系、といったところか。どちらかというとあまり得意な分野ではない。でも、自分自身の心のありようによっては、そこにある言葉が沁みてしまうこともある。そうか、今この本は来るべくして私のところに来たんだな、などと考える。

 最近は経済分野など、細かい調べものをする仕事が多かった。ひたすらネット検索をして、正解を探す。今回の本はそういった調べものはなく、純粋に誤字脱字や表現についての違和感がないかという観点で読んでいく。気になる表現にあたったとき、紙の辞書を何冊か引いてみたり、何かもっといい言い回しはないかと手を止めて考えてみたり。たまにはこういう仕事も楽しいかも。そんなことを思いながら読んでいく。

 この本には「自分が感じる違和感を大切に」といったことも書いてあった。ここで気になったのが、「違和感を感じる」という表現。「感」が二度出てくる、いわゆる重複表現だ。すぐに「違和感がある」「違和感を覚える」などの代替表現が浮かぶ。

 ネットで検索してみる。すると、「違和感を感じる」は必ずしも誤用とはいえないのではないか、という記事が目に留まった。NHK放送文化研究所の放送用語に関する記事だ。調査によると、この「違和感を感じる」という表現をおかしいとは思わないという人は6割を超えるという。「校歌を歌う」「旅行に行く」「被害を被る」なども重複表現だが、確かにおかしいとはあまり感じない。それに対し、「頭痛が痛い」はやはりおかしいと感じる。このNHKの記事ではどこが境目となるのかという見解が詳しく書かれており、興味深く読んだ。ここでは細かく触れないが、重複して使われている漢字の意味がどの程度重なっているか、ということが関係しているという。でも、「違和感を感じる」をおかしいと思う人も3割強はいるということなので、校正をする際にはやはり文章の流れのなかでそのつど判断していく、というのがもっとも妥当な解決方法なのかもしれない。

 ここで、「ハラスメント」という言葉についてもネットで検索してみた。いまの時代はAIもすぐに答えを示してくれる。

「ハラスメントは、行為者の意図に関わらず、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたりする言動です。民法の不法行為に該当し、場合によっては刑罰の対象となることもあります」

 これがAIの回答だ。ネット検索ではハラスメントの意味についてじつにさまざまな回答があったが、このAIの回答のなかの「行為者の意図に関わらず」という表現が目に留まった。行為する側は必ずしも相手を傷つけるつもりはない、ということだ。「フキハラ」に関して言えば、行為者は自分の感情のままに行動しているだけで相手を傷つけようとする意図はないのかもしれない。では、それを受ける側の感情は? どうしたらいいの?

 ここで、少し冷静になって違和感を覚えた表現について書いてみる。「行為者の意図に関わらず」の「関わらず」という漢字。この「かかわらず」は漢字をあてると本来は「拘わらず」であり、常用外の漢字なので「かかわらず」とヒラク(ひらがなにする)のがいいとされている。ちなみに「関」には以前は「カン」と「せき」の二つの読み方しかなく、「かかわる」という読みが追加されたのは2010年のことだそうだ。

 自己啓発の本には、「苦手な相手とは距離を置いていい」と書いてあった。でも、時と場合によってはそうできないこともある。ではどうしたらいいか。こんな言葉もあった。

「間違っていてもいい。完璧じゃなくていい。自分を許そう」

 相手を怒らせた原因が自分にあったとしても、起きてしまったことは仕方ない。思わず言ってしまった言葉も、なかったことにはできない。すべて許そう。なるほど。そうだよね。何だかちょっと気分が軽くなった気がする。


 ここまで書いてから、ざっと読み返してみた。何だか、スピリチュアルにちょっと引きずられた文章だな。そう、影響を受けやすいんです。ヒーローものの映画を観たあと、何だか強くなったような気がする、とか。この仕事をしていて、すぐに影響を受けてしまうというのは、果たしてどうなんだろう。まあ、それも許してもいいか。


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