苦痛の雨音
それから、スクエラは目を合わせてくれなくなった。
話しかけようとすると逃げられるようになった。
そして、スクエラと仲直りできないまま、晩餐会の前日になった。
「スクエラとは仲直りできたのかい?」
「いえ……」
ラグラン先生の問いかけに僕は首をふった。
外は雨が降っている。
そのせいか、気分が滅入って仕方なかった。
「やれやれ、君はとんだ女たらしだね」
「……」
僕がすねて無言でいると、ラグラン先生は本を勢いよく閉じた。僕は驚いた。先生が大きな物音を立てるなんてめったにない。
「今日の授業はここまでにしよう」先生はいつも通りの優しい声で言った。「ただし、スクエラと仲直りすること。これが宿題だ」
「先生は意地悪ですね」
「いやいや」先生はからかうように指をふった。「むしろ善人だよ。善人の鑑といってもいい」
「なんですかそれ」
「いいからいいから。とにかくスクエラと仲直りすること。さもないとお父上に頼んで、来週の授業は全部剣術だ」
「……冗談でしょう?」
僕がおそるおそる尋ねても、先生は返事をしなかった。
そして、怪しげな笑みを浮かべたまま僕の部屋から出て行った。
***
一時間後、僕はスクエラの部屋の前で突っ立っていた。
手はノックしようと時々持ち上がるのだが、しばらくするとまた下がった。
どうにも踏ん切りがつかない。
実は授業が終わってから、ずっとこんな調子だった。
スクエラと会ってもなにを言えばいいかわからない。
部屋で考えていても埒が明かないから来てみたけど、ノックすることすら難しかった。
ええい、ままよ! なるようになれ!
僕がノックしようとした瞬間、ドアが動いた。
僕はびっくりして、開くドアに額をぶつけ、尻もちをついた。
「あ、ごめんなさい……。えっ、クリム!?」
スクエラはいつも通り「大丈夫?」と言いかけて、動きを止めた。差し出しかけた手をひっこめる。
「……何の用?」スクエラは腕組みして目をそらした。「私は嘘つきには用はないの」
「手厳しいなあ」僕は立ち上がった。「仲直りしようよ」
スクエラはじろりと僕を横目でにらんだ。
「まるで私が悪いみたいな言い方だわ」
「そう聞こえたなら、ごめん。悪いのは僕だ」
「じゃあ、なにが悪いかわかってるの?」
どこかで聞いたことのあるフレーズだと思った。
ああ、そうか。母上だ。母上が父上を追い詰める時の常とう句なのだ。言われる方はこんな気分なのか……。
父上にはもう少し優しくしてあげてもいいかもしれない。
「ねえ! 聞いてるの?」
「う、うん。聞いてる」
現実逃避は終わりだ。
僕は息を吸った。酸欠になりそうだった。
「でも、ごめん。僕、なにが悪いのかよくわかってないんだ……」
「じゃあ……、じゃあ、もう帰ってよ!」
スクエラは叫んだ。
ぼろぼろ泣きながら、僕の部屋のほうを指さして、怒鳴る。
「なにが悪いかわかってないなら、謝ったってしょうがないじゃない! 帰ってよ!」
「あの、スクエラ……」
「帰って!」
ダメだ。取り付く島もない。
僕はスクエラのいう通りにそのまま回れ右して部屋へ戻った。
間違えた。言うべき言葉を間違えた。
きっと僕が悪いのだろう。
でも、じゃあ、なんと言えばよかったのだろうか……。
そんな風にスクエラのことを考えつつも、別の頭では来週の授業が本当に剣術一色になるのではないかと心配していた。
僕は自分のそういうところが嫌になりながら、雨音を聞きながらトボトボと部屋へと戻っていった。