落とし穴の話⑥
ダヴィは引き出しをごそごそひっかきまわし始めた。「どこだったかな」と言いながらがちゃがちゃと音をたてて何かを探している。
それにしても厄介なことになった。
ここで働くだって? 冗談じゃない。
僕にはシャルロット様を幸福な結末へ導く使命がある。こんなところで油を売っている暇はない。早く強くならなければならない。
ダヴィは家に帰すといったが、それまでどれくらいかかるかわからない。わざわざ貴族の僕を誘拐するくらいだ。一か月や二か月ではないだろう。何年も拘束されるに違いない。いや、そもそも解放してくれるという言葉自体、嘘かもしれない。
一刻も早く、逃げ出そう。逃げ出して、家に帰るんだ。
そこでまた勉強と稽古の日々に戻る。そうすれば強くなれるはずだ。
たとえ一人でも、歩き続けていれば強くなれるはず……。
……僕はちらりとラグラン先生をみた。彼は背を向けてに壁にかかっている道具をみているようだった。
……彼は何を考えているのだろうか。
「おい、坊主」
ダヴィの低い声が聞こえた。
「聞いてるのか?」
「えっ、な、なんですか?」
「これだ。ほら、これをはめろ」
ダヴィは僕になにかを手渡した。
みれば首輪だった。
革製ではない。石か、金属か。とにかく硬い。
首輪なんて、なんだか犬か奴隷のようだ。僕が怪訝な顔をしていると、ダヴィは肩をすくめた。
「お前が逃げないよう、見張る必要があるからな。それはお前の位置を知らせるためのものだ」
「そんなものつけさせるなんて、プライバシーの侵害ですよ」
「プラ……? ふん。そんなものは犬にでも食わせとけ。ほら、いいからつけろ。嫌なら……」
ダヴィはぎゅっと拳をにぎりしめた。
「わかりました。つけますよ。痛いのはごめんです」
「利口だ」
仕方ない。つけるしかないようだ。まあ、位置がバレるくらいなら、逃げるのに支障はないかな。いざという時は外せばいい。
「はめたか?」
「はめました」
「……」
ダヴィは立ち上がり、僕の首輪をぐい、と引っ張った。
「いたっ!」
「ちゃんとつけたか……」
「つけましたよ、なにするんですか!」
「さっき言ったことは、嘘だ」
「えっ……」
ダヴィは無表情で僕を見下ろしている。
僕は顔から血の気が引くのを感じた。
噓ってなんだ。どの言葉が嘘だ。
じゃあ、この首輪はなんだ……?
「その首輪は遺物を加工して作ったアーティファクトだ。それをつけるとな、」
ダヴィはにやりと笑い、髭をなでた。
「帰り道がわからなくなるんだ」
帰り道がわからなくなる?
馬鹿な。そんなこと、あるはずがない。
……。
いや、たしかに、帰り道がわからなくなってる。この山を下りることまではわかるが、その後どうすれば帰ることができるのか、わからない。まるでもやがかかったように思い出すことができない。駅馬車を乗り継いだ記憶はあるが、詳細が思い出せない。
いや、問題ない。
僕は領主の息子だ。たとえ帰り道がわからなかったとしても、名前さえ、家名さえわかっていれば、それを人に言えばいい。それで案内してもらえる。
そう、○○○○家だと言えば……。
「……え?」
家名がわからない。
いや、家名どころではない。ファーストネームすら、思い出せなくなっていた。
困惑している僕をみてダヴィが笑う。
「驚いたか? それは俺が作ったアーティファクトだ。強力だろう」
「名前も、思い出せません……」
「へえ、そんなとこまで考えたのか。でもま、これでわかったろ?」
ダヴィは首輪を軽くつついた。
「お前はここで働くしかない。俺が首輪を外すまで、お前は帰れないんだからな」
ゾッとした。
甘かった。この男を甘く見ていた。この世界ならこういう代物があるってことは、よくわかっていたのに……。
僕はおもわず首輪に手を伸ばしていた。なりふり構っていられない。これ以上ここにいたら、どれだけの枷をつけられるかわからない。
今すぐこの首輪を外して、魔術をつかって逃げよう。
それしかない!
しかし、僕の手は首輪に触れることができなかった。正確には、触れようとすると凄まじい不快感に襲われるのだ。
「うぇっ……! げほっ、げほっ……! なんだこれ……。触れない……」
「その首輪はいわゆる呪われてるアーティファクトだ。外せないぞ」
「そ、そんな……」
僕は頭が真っ白になった。
なんてこった。
打つ手がない。思いつかない。
僕は、こんなところで、こんなことで、詰んだのか?




