落とし穴の話⑤
「ど、どどどどういうことですか!?」
「だから、君は今日からここで働くんだって」
ラグラン先生はいつもの笑顔でそう言って、体を起こして、ダヴィを指さした。
「私は彼にお金を借りていてね。返すアテがなくて、もうどうしようもないから、君を売ろうと思って」
「僕を、売る?」
「そうだ。お前は売られた。俺が買ったんだ」
淡々とダヴィが言った。
「なにも珍しい話じゃあるまい」
「きっ、貴族の子供を売り買いするなんて、珍しいどころの話じゃないですよ!」
「珍しくないさ。それは君の認識の問題だよ。身近にもいただろう?」
「えっ……?」
「スクエラちゃんだよ。あの子だって、似たようなものだろう?」
「……なんですって?」
「君の家は、彼女の家の名前をお金で買ったんだ。婚約者という形でね。……違うかな?」
ラグラン先生……、いや、もう先生などとは呼ぶまい。ラグランの言葉で、僕は頭に血がのぼるのがわかった。
「お前っ、いま、なんて言ったんだ! スクエラを侮辱するのか!」
「ふふ、スクエラちゃんの名前を出した途端にこれだ。さっきまで私のことを先生と呼んでたくせに。よっぽど好きなんだねえ」
ラグランは、見たことも無いような酷薄な笑みをうかべた。
「いや、お気に入り、というべきかな? 君のご両親が買った子だものね」
「撤回しろ、ラグラン! 許さないぞ!」
「許さなければ、どうするんだい? こないだ初級の魔術が使えるようになった程度の実力で」
「……っ!」
僕はかっとして、火の魔術を使おうとした。しかし、魔術を発動する前に、僕はテーブルにおでこをしたたかに打ちつけた。
後頭部を誰かにつかまれて、叩きつけられたのだ。
顔を上げると、ダヴィは僕をじろっとにらんだ。彼がやったのか。にらみ返そうとしたが、すぐにラグランの方にふいっと視線をそらされた。僕もそちらを見ると、さっきまで座っていたソファにラグランがいなくなっていた。何かが落ちる音でそちらを見ると、ラグランが壁際の棚に寄りかかって倒れていた。
なるほど。僕がダヴィにテーブルにおでこを叩きつけられたように、ラグランはダヴィに殴り飛ばされたのだろう。
「やり過ぎだ」
ダヴィは言った。
「そのへんにしろ。俺の家で暴れるな」
「お前が言うな!」
ラグランが叫んだ。いい気味だが、発言には同意だ。
ダヴィは僕を見下ろした。僕は彼をにらみ返した。
「お前の代わりに俺が殴っておいた。満足したか」
「おでこが痛いです」
「痛み分けだ。それで満足しとけ」
ダヴィは腰をかがめて、僕に視線を合わせた。
「お前は、俺が買った。魔術が使える奴が欲しくてな」
「なにをするんですか?」
「働いてもらう。なに、言うとおりに働いていれば、手荒な真似はしないし、いずれ家にも帰してやる」
……本当だろうか。
僕はダヴィの顔を凝視した。年季がいってひび割れた木の幹のような顔で、表情がまるで読めない。とてもではないが、信用できない。「死ぬまでお前を働かせてやる」と言われた方がまだ信憑性がある気がする。
しかし……、その疑念をわざわざ口にすることもないだろう。
「わかりました」
僕は肩を落とし、うなだれた。
「言う通りにします。家に帰してくれるんですよね」
「ああ、約束する。……おっと、そうだ。ちょっと待て」




