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落とし穴の話④

 三人でお茶を飲んでいると、荒々しい足音が近づいて、小屋の戸を開いた。開いて、その場に立ち尽くし、じっとラグラン先生を見つめている。


「ラグラン、ラグラン、ラグラン……」

「どうしました、ダヴィ?」

「ああ、お前、ラグランか! おう、久しぶりだな! 二年ぶりか!」

「十年ぶりです」


 僕はおもわずお茶を吹き出しそうになった。

 驚くべき時間感覚のズレである。ウラシマ効果だろうか。

 ダヴィと呼ばれた男はどすどすと部屋に入り、立ったままテーブルをじろっとながめた。その瞬間、少年はすさまじい速さで自分のカップをつかんでお茶を飲んだ。僕はたまたまカップを持っていた。

 そしてダヴィは、唯一テーブルの上に置かれていたラグラン先生のカップをつかんで飲み干した。


「それ、私のですよ!」

「何の用だ?」


 客の飲み物を飲み干しておいて、その文句を無視し、自分の質問を投げかける……。

 驚くべき傍若無人ぶりである。


「何の用って……」

 ラグラン先生は目を細めてダヴィをにらんだ。

「手紙を送ったでしょう。覚えてますよね?」

「ん? ああ、あれか」


 ダヴィは怪訝そうに顔をしかめ、ちらりと僕をみた。

 僕? 僕に関係することなのか?

 それより、手紙っていうのは……。ラグラン先生が最近手紙をやり取りしていたのは、まさかこのおっさんなのか?

 恋人でもできたのかと思っていたのに、このおっさん?

 ひげ面で、油のようなもので汚れに汚れた服を着ている、このおっさんなのか?


「……ずいぶん小さいな」

「五歳だって言ったでしょう」

「もっとでかいかと」

「まあいいです。リングはあるんですね?」

「ああ」

「効果は?」

「注文通り」

「契約は……?」


 ラグラン先生はおずおずと右手を差し出した。

 その手をダヴィはがっちりと握った。ひげがにやりと持ち上がる。


「成立だ」

「あの……」

 僕は握手を交わしている二人に声をかけた。

「お二人はどういうご関係なんですか?」


 二人はお互いに顔を見合わせ、同時に言った。


「友達です」

「知り合いだ」


 ダヴィの返事を聞いて、ラグラン先生はむっとしたように眉をひそめ、ため息をついた。


「……まあ、いいです。これでようやく借金も帳消しですね」

「よく言う。俺が連絡しなけりゃ踏み倒すつもりだったろう」

「まさかあ」

「あの……」


 僕は二人のやりとりに割って入った。どうしても質問したかった。

 ダヴィはラグラン先生と会話をしているが、さっきからずっと僕をみている。じろじろと、隠そうともしない。

 なんとなく、嫌な予感がした。ひょっとして、この二人が話している内容に、僕も関わっているのではないのだろうか、と……。


「お二人は何の話をしているんですか?」


 二人は、無言で、無表情で、お互いの顔をみた。

 話をするのをためらっているのではない。

 どちらが話すのかを示し合わせているのだ。


「クリム、君は……」

 振りかえったのはラグラン先生だった。

「君は、今日からここで働くんだ。もう家には帰れないよ」


 ……え?

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