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落とし穴の話③

 赤紫の煙の根元にきた。

 小さな小屋がいくつか建っていた。そのうちの一つに煙突がついていて、煙はそこからゆっくりと立ち上っていた。


「作業中かな……」


 ラグラン先生がそうつぶやくのを僕は聞き逃さなかった。

 そうか。ここに来るのが目的だったのか。


「お知り合いの家なんですか?」

「え? ええまあ、そんなところですね」


 ラグラン先生は一瞬僕をふりかえってうなずき、すぐに小屋に視線を戻した。

 どことなく、見覚えのある光景だ。見覚えがあるのは前世の記憶のせいだろう。ゲームの記憶だろうか。あるいは、テレビか何かでみた光景だろうか。

 いや、あの赤紫色の煙には、たしかに覚えがある。なんだったか……。


「すみませーん! ダヴィさん! いらっしゃいませんか!」


 ラグラン先生はいままで聞いたことがないほど大きな声を張り上げたので、僕はかなりびっくりした。

 先生もこんな大声出せるんだな。

 しかし、しばらく待っても返事はない。

 ダヴィ、というのが知り合いの名前なのか。

 先生は肩をすくめてもう一度叫ぼうとしたとき、がさっと足音がした。


 見れば、少年が腕組みして立っていた。ぱっと見で十五歳くらい。物陰から、不審そうに眉をひそめてこちらを見ている。


「あ、どうも、こんにちは」先生は手をふった。「ラグランといいます。すみませんが、ダヴィさんがどこにいるか―――」


 しかし、少年は最後まで聞かずにふいっと、物陰から顔をひっこめてしまった。話しかけていた相手がいなくなって先生は、上げていた手をゆっくりと下ろした。


「今の、誰ですか?」


 あまりに先生の背中が痛々しかったので、先に僕から声をかけた。先生に「怪しかったのかな?」とか聞かれて、うなずきたくはなかった。


「ダヴィさん、の息子さんですか?」

「さあ、知らない」

 先生は首をふった。

「もう十年以上来てないからね。息子さんかもしれないし、あるいはお弟子さんかもしれないね」


 弟子か。たしかに見た感じ鍛冶屋っぽい雰囲気だ。見たことも無い煙がのぼってるし。

 ダヴィさんは何をしている人なのか尋ねたかったが、それを口にするより先に、割り込みがあった。


「今、手が離せないってさ」


 さっきの少年が小屋の入り口からこちらに近づいてくる。相変わらず不審者を見るような目つきだった。


「あっちにおれたちの家があるから、案内するよ」

「こっちは、なんですか?」

「工房。ほら、置いてくぞ」

「ま、待ってください」


 少年は一切足を止めずにスタスタと歩いていった。僕とラグラン先生は置いていかれないように足早でついていった。





 ***





 通された小屋はごく簡素なものだった。玄関扉を開けるとすぐに居間になっていて、暖炉の前に古びたソファが置いてあった。


「ここでちょっと待っててくれ。じきに来るだろうから」

「わかりました」

 ラグラン先生はすぐにソファに腰掛けた。

「では待たせてもらいます」

「いま、茶ぁいれてやるよ」

「お気遣いなく」


 少年は無言で手を振り、部屋の奥へ消えていった。どうやら宣言通りお茶をいれてくれるらしい。


 それが、部屋の奥から聞こえてくる音だけで伝わってきた。

 手始めに、がちゃん、と陶器の割れる音が聞こえてきたからだ。


「大丈夫ですか!?」

 ラグラン先生が立ち上がると、少年が奥から顔だけのぞかせた。

「へ、平気だ……」

「しかし、」

「平気だから、座ってな……」


 そう告げると少年の顔は引っ込んでいった。

 ラグラン先生はゆっくりと僕をみた。


「どう思う?」

「ええと……」


 しかし、僕が返事をする前に、台所からふたたび、がちゃーん、という音とともに「ちくしょう!」という叫び声が聞こえてきた。僕たちは顔をみあわせた。


「平気ではなさそうですね」

「そうだね、手伝ってくるよ」

「僕も行きます」

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