スクエラの話④
その日一日、クリムは罰として、離れに軟禁されることになった。離れは古い建物で、ところどころ壊れており、隙間風がさして寒いのだと聞いた。クリムは離れに閉じこめられ、食事を届けに来る使用人以外と話すことを禁じられることになった。
翌日、クリムは罰から解放されて、自室に戻ってきた。昼食の席でクリムはお義父上から追加でお説教をもらい、それで罰は終わりになった。
その昼食の後、私はクリムの部屋を訪ねた。
「……どうしたの?」
彼は言った。
「なにか用?」
「入っていい?」
「……」
クリムは一歩下がってドアを開いた。
「いいよ」
部屋の真ん中で私は立ち止まった。どこかに座る気になれなかった。
「どうして、私をかばってくれたの?」
「別に……」
クリムは近くのベッドに腰かけた。
「ああするのが一番いいと思っただけ。他にいい方法が思いつかなかっただけだよ」
クリムは床に視線を落とした。
「普通に父上たちに言ったら、君の印象が悪くなるだろうと思った。特に父上は……、感情的なところがあるから。知らせるのはリスキーだと思ったんだよ。下手すれば、君は追い出されるかもしれなかった。君は、そんなのごめんなんだろう?」
「……うん」
「僕はどれだけ叱られても、どうってことはない。多少、罰はあるけど、追い出されたりはしない。そうだったでしょ?」
クリムは両手を広げて微笑んだ。
「もう元通りの生活に戻った。こうすれば、君と僕で、負荷が分散するでしょ?」
「……なに言ってるか、わかんない」
「ごめん、難しかったかな」
「わかんないよ……」
私はうつむいて、彼に見えないように顔をおおった。
「うう……」
「えっ、どうしたの? あ、お腹、痛いの?」
「ぢがうもん!」
「えっ、なっ、泣いてるの? なんで……?」
「知らない!」
「ええ……?」
私はしばらくの間クリムの部屋で声を殺して泣いた。クリムはただ黙ってそこにいた。
***
「どうして助けてくれたの? てっきり私のこと、嫌いなんだと思ってた」
泣き止んだ後、私はクリムに聞いてみた。
クリムは私に興味がないのだと、ずっと思っていた。なのに、昨日は自分が怒られるとわかっていて、私のことを助けてくれた。
なんだかちぐはぐだ、と思った。
「……」
クリムはすぐには答えなかった。
唇をきゅっと結んで顔をしかめている。クリムにしては珍しく表情がある気がした。どういう感情なのかは、わからないが。
「ねえ、教えてよ、クリム」
わからないので、とりあえず距離をつめた。
これは母に教わったテクニックだ。男の子にはとにかく距離をつめるのが効果的だと。男なんて単純だから、距離をつめるだけで好意をいだいていると勘違いするものだと。突き詰めればこの方法で父も落としたようなものだとも……、いや、この話は余計だった。
クリムは身をよじり、距離をあけようとした。私は拒絶されたように感じていささかショックだったが、母はこういうこともあるとも言っていた。この場合は二パターンあって、本当に嫌がっているか、ただの照れ隠しかの二択だと。
見分ける方法も教わっていた。
彼の様子を見るためにまず耳を見た。たしかに赤くなっている。
後者っぽいか……?
「ねえ」
私はストレートに聞いてみることにした。
「どうして距離をとるの?」
「……」
クリムは黙ったまま動かない。耳がますます赤くなっていた。
後者だ。
本当に嫌がっているなら、言葉で拒絶するなり立ち上がるなりする可能性が高い。
続行だ。
私が距離をつめると、クリムも距離を取った。
それを繰り返して、私はベッドの端っこまでクリムを追い詰めた。「これ以上追い詰めたら立ち上がっちゃいそう」というギリギリで私は止まった。
とはいえ。クリムにかなりのプレッシャー感じさせていると思う。
「ねえねえねえ、教えてよ、クリム?」
「はあ……」
しばらくしてクリムは観念したようにため息をついた。ふっと肩の力が抜けるのがわかる。だって触れているから。
「別に、君のことは嫌いじゃない」
「ウソよ」
「ウソじゃないよ。適当なこと言わないでよ」
クリムはじろっと私をにらんだ。
「言っとくけど、こんな風にやたら距離が近いのは好きじゃないからね」
「嫌いでもないのね?」
「嫌いになる可能性はあるよ」
「なんで私を助けてくれたの? 私のこと嫌いだったんでしょ?」
「だから嫌いじゃないって言ってるのに……」
クリムは深々とため息をついた。
「どうすれば信じてくれるのかな……?」
「じゃあ、助けてくれた理由を言ってよ」
「さっき言ったよ」
「よくわかんなかったわ」
「……君のことは、可愛いと思ってる……」
「えっ?」
「……」
「い、いまなんて……。今なんて言ったの?」
「さっき言った」
「いつ、から?」
「最初……。はじめて会った時、から……」
それを聞いた瞬間、私はしまった、と思った。
私は婚約なんて望んでなかった。
ここに来たのだって、両親に命令されたから。
適当に言うことを聞いていれば、褒めてくれるし、両親から離れられる。
でも誰かの思惑で人生を決められるのなんてまっぴら。
クリムの「婚約者」を演じて、大人になったら隙を見てバイバイしよう。
そう思っていたのに。
心臓をわしづかみにされた気分だ。
私は気づけば恋に落ちていた。
ああ、そうか、そうなのか。
私はもう、逃れることはできないのか。
私の価値観はすっかり書き換わってしまった。
誰かの思惑で人生が定められてしまったとしても、
これからどれだけ苦しいことになるとしても、
私はこの人のことを見ていたい。
この人に私のことを見ていて欲しい。
そう願ってしまう。願ってしまった。
油断したなあ。こんなはずじゃなかったのに。
まあ……いいか。
そんなに悪くないかもしれない。
「ねえ。クリム」
私はさらにクリムにくっついた。
「……なに?」
「私にも紙とペン、貸してよ」
「? なにするの?」
「私も、絵を描こうと思って」
「ふうん」
クリムは立ち上がって、机の引き出しから余りの紙とペンをひっぱり出した。
「はい」
「ありがとう」
「絵を描くの?」
「うん、クリムがいつも楽しそうに描いてるから」
「ふーん……」
「クリムも描くんでしょ?」
「うん」
「机、半分貸してね」
「いいけど……」
私がにっこり笑っているのをみながら、彼はいった。
「でも、気が短いスクエラには向かないと思うよ」
「なんですってぇ!?」
……やっぱり、ぜんぶ気のせいかもしれない。




