スクエラの話③
クリムの言う通り、部屋に戻った。きっと、本当は、残ってホワイト家の人に怒られるべきだったんだと思う。でも、怖かったから。すごく、怖かったから、クリムが部屋に戻っているように言ってくれて、ほっとして、部屋に戻ってしまった。
本当は残っていなきゃいけなかったのに。
自分の部屋の中で、ベッドの上で、シーツにくるまって座っていた。寒かった。怖くて寒くて、震えていた。この後、どうなるんだろう。クリムはどうしたんだろう。ひょっとして、クリムは、私をだましたんじゃないだろうか。ツボを壊したのは私だというつもりなんじゃないだろうか。それはその通りなんだけど……。
ひょっとしたら、私がわざと壊した、とか言うつもりなんじゃないだろうか。
そんな考えが頭をよぎって、怖くて怖くて不安でぐるぐると考えがめぐってしまう。私はいつの間にかしくしく泣いていた。
そうして涙を流していると、ふと誰かの怒鳴り声が聞こえたような気がした。
バレたんだ。そう思った。
ツボが割れたことを、あのお義父上にクリムが伝えたんだろう。あの怒鳴り声はあの人の声だ。あんな大声を出す人はこの家に一人だけだから。
私は身震いした。
あの人に怒鳴られる。それだけで済むだろうか。あの人も殴るのだろうか。追い出されるんじゃないだろうか。
私は廊下の扉をみつめた。
きっと今にも荒々しい足音が近づいてきて、あの扉を乱暴に開けるんじゃないかと思えて。
しかし、誰も扉を開けなかった。
何分経っても、何十分経っても、ドアは開かない。
その間もずっと怒鳴り声は続いている。
私は扉を開けて外に出た。
***
事故現場は私の部屋を出て、突き当りを左に曲がったところだ。私はなんとなく、おそるおそる、足音を殺して近づいた。窓はちょっと高い位置にあるので見られる心配はない。
曲がり角のところで、ジャンプしてのぞいてみれば、怒鳴り声の主はやはりクリムのお義父上だった。顔を真っ赤にしていることがここからでもわかる。
怒られていたのはクリムだった。少し離れて、使用人たちが掃除をしている。
「どういうつもりだ! どういうつもりでこんなことをしたんだ! 答えなさい!」
どういうことだろう。
クリムは私がツボを割ったと伝えたのではないのか。
それがどうしてクリムが怒られているのだろう。
私はつばを飲み込んで、角から出て、そちらへ近づいて行った。お義父上の怒鳴り声が恐ろしい。お腹の奥まで震えるようだ。あるいは背中を冷たい手でなでられているような。
寒い。近づくほどに寒くなる。
最初は気のせいかと思っていた。つまり、怖くて震えるのだと思っていたが、そうではなかった。風が吹いている。廊下を風が吹き抜けていくのだ。秋の朝の空気が廊下を走っていく。
割れていたのはツボだけではなかった。
中庭に面した窓も割れていたのだ。
なぜ?
さっきは割れていなかったと思うけれど、窓も知らぬ間に割っていたのだろうか?
「……。おはよう、スクエラ」
私が近づくと、クリムのお義父上は顔をしかめたままあいさつしてくれた。てっきり怒られるものだと、思っていたのだけれど……。
「お、おはようございます。あの、何が、あったんですか……?」
「見ての通りだ。クリムが窓から石を投げこんで、このあたりをメチャクチャにしたのだ」
「……」
クリムは黙って私に背をむけ続けている。
……は?
私は、それはもう混乱した。
石を投げこんだ? クリムが?
なぜ?
本当に?
なぜ?
ツボを割ったのは私だけど、
窓ガラスを割ったのはクリムで、
ツボを割ったのもクリムになった?
さっき会った時、窓は割れていなかった。
まさか。
まさか。あの後、割ったのか?
この状況にするために?
濡れ衣をかぶった?
私のために……?
わからない。
どうしてクリムが私をかばったのか、理由がわからない。
私は、いま名乗り出るべきだと思った。
正直に、自分の罪を告白して、クリムを少しでもかばいたい。私のために、ひどい目にあってほしくない。
「あ、あの!」
私は叫んだ。
「その花瓶、本当は私が割っちゃったんです!」
言った。言ってしまった。
お義父上の目が大きく見開かれる。
クリムは……、私ではなく、お義父上の表情をみていた。
その瞬間、私にはわかった。彼は予想していた。私がたった今言ったこと。それすらも、クリムの手のひらの上のことだった。
「そ、そうなんです、父上!」
クリムは絶妙に慌てた様子で言った。バタバタとせわしなく手を動かして説明し始める。
「実は、スクエラが花瓶を割ってしまったので、仕方なく……」
「……仕方なく、窓から石を投げこんでみせたと?」
「あ……」
クリムは言葉を失った「フリ」をしている。私には、私だけにはそれがわかった。だが、もちろんお義父上にはわからない。そもそもクリムはお義父上を騙すためにやっているのだから。
お義父上の横顔に血管が浮き出る。クリムの狙い通りに。
「そんなバカな話があるか、クリム! お前、こんな真似をして! 挙句、婚約者にかばわれて……、恥を知れ!」
クリムはショックを受けた様子で口を閉じ、うつむいた。
お義父上がクリムに罰を言い渡している間、私はクリムの狙いが完全に成功したのだと思い知って、唇をかみしめた。
お義父上の言う通りだ。
私は、恥を知るべきなんだ。




